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【夏のホラー2026】 作品まとめ 【野井琅世】 

カツカツと鳴る音

作者: 野井琅世
掲載日:2026/07/02



 今日も杖で地面を突く。

 歩いている訳ではない。

 その場のアスファルトを突くだけだ。

 カツカツと音が鳴る。

 ただ、音を鳴らしていた。

 ただ、音を鳴らしている事が必要だった。

 もう、何日も、何週間も、何か月もこうしている。

 日付が変わる頃に家を出て、少し歩いた自動販売機の前で杖を突く。

 一時間程そうして、家に帰る。

 そんな毎日だった。

 こんな事を始めた切っ掛けを忘れる事は出来ない。

 忘れてしまいたいとも思うが、無理な話だった。

 余りに印象的な夜の話。

 それを話してみようと思う。






 俺の家は、線路沿いに建っている。

 赤子の頃から住んでいる家だ。

 そこから大学に通う日々。

 一人暮らしをしている友人を羨ましいと思う事もあるが、慣れ親しんだ実家の自室と言うのも気楽と言えば気楽だった。

 そんな暮らしの中で、ある時から違和感を覚えた。

 最初が何時だったのかは分からない。

 だが、一度違和感を覚えると、それ以降は気になって仕方なかった。

 それは何か。

 電車が停車する音が聞こえるという事だった。

 線路沿いと言っても、俺の家は駅の近くという訳ではない。

 電車の停車音が聞こえるはずが無かった。

 自室の窓から線路を見下ろしてみても、電車など停まっていない。

 最初は気のせいかとも思った。

 だが、電車の停車音は毎日聞こえてきた。

 毎日、毎日、日付が変わる頃に聞こえる。

 ちょうど、終電の電車が通り過ぎる時間帯。

 そして、その音は、少しずつ大きくなっている気がした。


 電車の停車音。

 ドアの開く音。

 何者かの足音。

 そして、電車のドアが閉まり、電車が出発していく音。


 そこまで聞こえる様になっていった。

 自分の頭か耳がおかしくなったのかと思った。

 そう思ってしまったがゆえに、家族には相談できず、ただ、悩む日々を送る。

 そんな日々の中、何時もの様に音を聞く。


 電車の停車する音。

 電車のドアが開く音。

 そして、一つ違ったのが、人の声だった。


「ここ、何処だよ……」


 知らない声だった。

 自分の声ではない。

 家族の声でもなかった。

 その声が、そう遠くない何処からか聞こえている。


「だれだ?」


 恐る恐ると声を掛ける。

 返答は無かった。

 その事に、少し安堵する自分が居た。


「こんな駅、知らねぇよ……」


 また、声が聞こえた。

 耳を塞ぎたいと思う反面、聞き逃したくないという気持ちもあった。


「嘘だろ……。検索にも引っかからねぇ……」


 実在しない駅。

 有名なオカルト話にあった話。

 まさか。

 そう思ったが、声は聞こえている。


「異界駅……?」


 声が、困惑した様に言う。

 声の主も半信半疑といった風だった。


「掲示板サイトに、オカルト板ってあったよな……」


 その声を聞いて、慌ててスマホを開く。

 この声が幻聴でないなら、書き込みがあるはずだ。

 スレ立てしてくれれば分かり易いが、どうなるかは分からない。

 関係ありそうなものは全て確認するくらいつもりだった。

 掲示板サイトを開き、オカルト板を探す。

 少し時間は掛ったが、どうにか見つけられた。

 関係ありそうなスレを探す。

 すぐに見つかった。

 慌てて開く。


【『さかいめ駅』って所に居るんだけど、実在する? ここって、ヤバい?】


 心臓がバクバクと鳴っている。

 書き込みの日付を確認する。

 つい、今しがただった。

 しばらく待つと、レスが付き始める。

 釣り認定もあるが、スレ主は必死に否定していた。


【『さかいめ』って、『境目』の事で、異界との境って事じゃないか?】


 そんなレスが付く。

 だとしたら、何故、俺に音が聞こえているか?

 それとも、ただ、タイミングが一致しただけで、俺は幻聴を聞いているのか?


【移動してみる。】


 そう、スレ主からの書き込みがあった。

 そして、すぐに足音が聞こえてくる。

 足音が遠ざかっていくのが分かった。

 どうしていいのか分からない。

 それでも、音の傍に居ないといけない気がした。

 ジーンズに履き替え、スマホを握って部屋から飛び出す。

 家族は眠っている様で、家は静まり返っていた。

 足音が遠ざかる。

 耳をそばだてて、必死に足音を追う。

 家の外に向かっている気がした。

 玄関に向かい、傘立ての傍に立ててあった杖を手に持った。

 祖父が、何処だったかの札所巡りで使った杖。

 特に意味がある訳ではない。

 ただ、縋る物が欲しかっただけだった。

 家から出て、耳を澄ます。

 足音は聞こえなかった。

 僅かな虫の音すら、煩く感じた。


【変な呪文? みたいのが聞こえる。】


 新たな書き込みがあった。

 だが、俺には聞こえない。

 どうしようかと思った。

 そして、意を決して、スレに書き込みをする。


【何でも良い。音を鳴らせ。声でも良い。】


 返答は無かった。

 それでも耳を澄ます。

 暫しの後、声が聞こえた。


「音を鳴らせって、どういう事だよ……」


 確かに、先程まで聞こえていた声だった。

 声の聞こえた方へ向かう。


「歌でも歌うか……?」


 声が、小さく歌い始める。

 歌声は震えていた。

 その声を辿る。

 自動販売機の前に辿り着いた時、この場所だと分かった。

 辿り着いたが、どうしたら良いかは分からなかった。


「おい」


 声を掛けてみたが返答はない。

 持ってきた杖で地面を突いてみる。

 カツカツと音がした。

 繰り返す。

 カツカツと音が響く。


【地面からカツカツって音がしないか?】


 書き込みをする。

 聞こえたら何だというのか。

 そうも思った。

 少しして、歌声がとまった。


【聞こえる。】


 書き込みの返答は短かった。

 ここから、どうすれば良いのか分からない。

 それでも、やるだけやってみようという気になっていた。


【その音に集中しろ。聞こえている呪文とかも無視しろ。】


 これで、戻って来れるかは分からない。

 それでも、杖を突き続ける。

 カツカツと音が響き続ける。

 掲示板を見る余裕は無かった。

 どれ位、そうしていたか分からない。

 杖を突く音が響き続けていた。

 意味はあるのか?

 そうも思った。

 それでも、気が付けば、すぐ脇に人が立っていた。

 眼を閉じ、俯いた若い男だった。

 先程までは居なかった。

 間違いない。

 肩を叩く。

 男の肩が跳ねた。


「戻れてるぞ」


 そう声を掛けると、男が恐る恐るといった風に目を開けた。

 少し怯えた表情で俺を見ている。


「この先を左に曲がって真っ直ぐ行くと、太めの道に出られる。後は、自分でどうにかしろ」


 そう言うと、男が駆け出して行った。

 掛ける声も見当たらず、黙ってそれを見送った。

 取り合えず、助けられはしたらしい。

 理由は分からない。

 男が辿り着いたという駅が、本当に、この世と異界の境にあるのだとしたら、此方との縁を強くしてやれればと思ったに過ぎない。

 それが上手くいったのか、祖父の杖に意味があったのかすら分からなかった。

 安堵から、力が抜ける。

 その場に座り込みそうになるのを堪え、スマホで掲示板を見る。


【変な男に助けられた。】


 『変な』は余計だろう。と、思った。

 思わず苦笑しながらも、自動販売機で缶コーヒーを買い、一口飲む。

 缶コーヒーの甘さを妙に美味く感じた。

 先程は煩く感じた虫の音が優しく聞こえる。

 気が付けば、聞こえるはずの無い音は、もう、聞こえなかった。






 音が聞こえなくなったのは、その日だけだった。

 俺の問題は解決などしていない。

 毎日、電車の停車する音が聞こえている。

 時折、声も聞こえた。

 あの日助けた男が、詳細を掲示板に書き込んだせいで、俺は今日も杖を突く。

 時折聞こえる声の主が、杖の音を探すからだ。

 戻って来た者もいる。

 悲鳴を残して何処かに消えてしまった者もいる。

 俺の家が、異界との境なのだろう。

 おそらく、あの男が言った『さかいめ駅』と言うのは、俺の家に重なっている。

 だから、俺に音が聞こえるのだ。

 どうしようも無かった。

 できる事は何もない。


 カツカツという音が響く。

 何時まで、こうしていられるかは分からない。

 音は、どんどんハッキリと聞こえる様になっている。

 最近、あの男が言っていた、呪文の様な声が聞こえてきた。

 俺の杖を突く音で帰って来られるのだ。

 この呪文の様な声が間近に聞こえる様になった時、俺が此方にいられるか分からない。

 ……いや、おそらく、向こう側に行くに違いなかった。

 そして、そうなったら、俺は帰って来ない。

 帰って来られる訳がない……。




 この、カツカツという音は、俺が鳴らしているのだから……。


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