第3話 海を割る大魔法と、天使の散歩道
お腹いっぱい素麺を食べた後、僕たちは島の南西部にある海岸へと車を走らせた。
駐車場に車を停めて少し歩くと、潮の香りがぐっと強くなる。
松の木を抜けた先、目の前に広がった光景を見て、ミアはピタッと足を止めた。
「……ケ、ケンタ! 海が、海が割れていますっ!」
彼女は丸メガネをずり下げながら、信じられないものを見るように沖を指さした。
頭の上の猫耳が、驚きでピンと真っ直ぐに逆立っている。
ミアの視線の先には、海の中から浮かび上がった真っ白な砂の道が、隣の小さな島へと続いていた。
ここは『エンジェルロード』。一日のうち、干潮の時間の前後にだけ海から現れる不思議な道だ。
「ケンタは、海を操る大魔法使いだったんですか!? こんな巨大な海を真っ二つに割るなんて……!」
「いや、僕の魔法じゃないよ。これは潮の満ち引きって言って、お月様の引力っていう自然の力が海水を引っ張っているんだ」
「お、お月様の力……! 空に浮かぶ星の力を操るなんて、やはりこの世界は途方もない魔法に満ちていますね!」
目をキラキラと輝かせるミアに、僕は苦笑いしながら砂浜へと足を踏み入れた。
ザクッ、ザクッ、と濡れた砂を踏む音が響く。
(月と地球の引力なんて、異世界から来た彼女にとっては特大の魔法みたいなものか)
僕も彼女の後を追って、海の中にできた道を歩き始めた。
透き通るような海水が、足元でチャプチャプと心地よい音を立てている。
「冷たくて、気持ちいいです! ケンタ、早く来てください!」
ミアは波打ち際ではしゃぎながら、パチャパチャと水を蹴り上げた。
水しぶきが初夏の日差しに反射して、キラキラと輝いている。
「走ると転ぶよ。ここは濡れてて滑りやすいから」
「あっ……!」
僕が注意した矢先、ツルッと足を滑らせたミアがバランスを崩した。
僕は慌てて手を伸ばし、彼女の小さな手をギュッと握りしめる。
「ほら、言わんこっちゃない」
「えへへ……ごめんなさい。でも、ケンタの手、すごく温かいです」
ミアは僕の手を握り返すと、嬉しそうに身をすり寄せてきた。
実はここエンジェルロードには、『大切な人と手をつないで渡ると願いが叶う』というロマンチックな噂がある。
まさかこんな形で手をつなぐことになるとは思わず、僕は少しだけ顔が熱くなるのを感じた。
◇◆◇
砂の道を渡りきった先にある小さな丘、『約束の丘展望台』まで登ると、眼下には美しい瀬戸内海と今歩いてきた道が一望できた。
カラン、カラン、と澄んだ鐘の音が海風に乗って響き渡る。
展望台に設置された『幸せの鐘』を、ミアが嬉しそうに鳴らしていた。
「ケンタの世界は、本当に綺麗で、優しくて、美味しいものがいっぱいです! わたし、ここに来られてすごく幸せです!」
満面の笑みを向ける彼女の姿に、都内のオフィスでパソコンと睨み合っていた日々の息苦しさが、潮風と一緒に遠くへ飛んでいくのを感じた。
「僕も、ミアと一緒に来られてよかったよ。次はオリーブの公園に行って、魔法のホウキに乗ってみようか」
「魔法のホウキ!? ケンタ、やはりあなたは大魔法使いなんですね!」
冗談を真に受けて目を丸くするミアに、僕は思わず声を出して笑った。
青い海と空に囲まれた瀬戸内の旅は、まだまだ始まったばかりだ。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




