第2話 魔法の白い糸と、小豆島(しょうどしま)
ボーッ、と響くフェリーの汽笛とともに、僕たちは香川県の土庄港に降り立った。
ここは瀬戸内海で二番目に大きな島、小豆島だ。初夏の日差しを浴びて、青々としたオリーブの木々が風に揺れている。
「緑がいっぱいですね! 空気も、なんだか甘い匂いがします!」
ミアは丸メガネをずり落ちそうにしながら、港の景色をキョロキョロと見渡した。
頭の上の猫耳が、興味津々といった様子でピクピクと動いている。
「オリーブとか、ごま油の工場があるからね。さあ、予約しておいた車を取りに行こうか」
(レンタカーなんて借りるの、いつぶりだろうな……)
都内の満員電車に揺られる毎日に慣れきっていた僕は、潮風を胸いっぱいに吸い込みながら小さく伸びをした。
手続きを済ませて白いコンパクトカーに乗り込むと、ミアはシートのフカフカした感触に目を丸くした。
「ケンタ、この鉄の馬はすごくお腹の中が柔らかいんですね! それに、勝手に走り出しましたよ!?」
「だから馬じゃないってば。これはエンジンっていう機械の力で走ってるんだ」
「えんじん……。やはりケンタの世界は、とんでもない魔法技術で溢れていますね……!」
窓の外に流れる海沿いの景色を見つめながら、ミアは興奮冷めやらぬ様子で窓ガラスに張り付いていた。
やがて、お腹の虫がグーッと小さく鳴る音が車内に響く。
ミアはハッとして、顔を真っ赤にして両手でお腹を押さえた。
「あはは、ちょうどお昼時だもんね。よし、小豆島で一番美味しいものを食べに行こう」
◇◆◇
僕たちがやってきたのは、昔ながらの製法で作られた手延べそうめんが食べられるお店だ。
木造りの落ち着いた店内に入ると、出汁のいい香りがフワリと鼻をくすぐる。
運ばれてきたお盆の上には、氷水の中で涼しげに泳ぐ真っ白な極細の麺がたっぷりと盛られていた。
「……ケンタ。この、白くて細い糸はなんですか? まさか、魔物の糸で作った織物……?」
ミアは割り箸を持ったまま、おそるおそる鉢の中を覗き込んだ。
彼女のいた荒野の世界には、こんなに白くて細い食べ物は存在しなかったらしい。
「魔物の糸じゃないよ。小麦粉を練って、細く細く伸ばした『そうめん』っていう食べ物だ。ほら、こうやってつゆにつけて……」
僕は見本を見せるように、そうめんをつゆにくぐらせてズルッとすすった。
いりこ出汁の豊かな風味と、小豆島特産の醤油の甘みが口の中に広がる。
「さあ、ミアも食べてみて」
「……はいっ」
ミアは僕の真似をして、不器用な手つきでそうめんをすくい上げた。
つゆに浸して、チュルリ、と一口。
その瞬間、丸メガネの奥の瞳が、これ以上ないくらいに大きく見開かれた。
頭の猫耳が、ピンッ! と真っ直ぐに立ち上がる。
「んんんっ!? チュルチュルしてて、すごく冷たいです! それに、この黒いお水……海の味がして、とっても美味しいです!」
「それは『いりこ』っていう、小さな魚から取った出汁の味だね」
「お魚の味なんですか! 魔法みたいです……! こんなに細いのに、噛むともちもちしていて……いくらでも食べられちゃいそうです!」
ミアは目をキラキラと輝かせながら、次々とそうめんを口に運んでいく。
ズルズルッ、チュルチュルッ。
静かな店内に、美味しそうに麺をすする音が響く。
(よかった。これなら、連れてきた甲斐があったな)
美味しそうに頬張る彼女の姿を見ているだけで、僕の心の中にあった仕事のストレスが、嘘みたいにスーッと消えていくのを感じた。
「あむっ……ケンタ、もっと食べてもいいですか?」
「もちろん。せっかくの旅行なんだから、お腹いっぱい食べなよ」
空っぽになった器を前にして、猫耳をペタンと寝かせておねだりするミア。
僕は思わず笑い声を上げながら、追加のそうめんを注文するために店員さんを呼んだ。
「面白かったら、下部の☆☆☆☆☆を★★★★★にしてください!出版への大きな力になります!」




