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9. 絵画展

 月日が流れ、夏休みのある日――

 市の絵画展にうちの高校の美術部が参加したため、奈々ちゃんと一緒に観に行くことになった。


 いつものように駅で待ち合わせ。建物のすき間からも日射しが攻撃してくるような厳しい暑さだ。

 そんな中、向かい側からふわりと歩いてくる奈々ちゃんは、紺色チェックのワンピースで涼しげ。そして可愛い。


「おはよう、はるくん」

「おはよう、奈々ちゃん」


 少し歩いて市民ホールの2階の展示室まで来た。

星山岡(ほしやまおか)高校美術部』と看板があって本格的だ。


「ずっとここに展示できたらいいなって思ってた、だから嬉しい」


 そう言う奈々ちゃんは、中学の時からここの絵画展に憧れていたんだっけ。


「一途に努力しているの、尊敬する」

「はるくんも卓球一筋だよ?」

「確かに」


 あとは奈々ちゃん一筋だよ、という言葉が思いついたけど、静かなホールの雰囲気。言うのはやめておいた。


 入ってすぐに1年生の展示があった。どれも個性的だ。テーマは自由らしく、タイトルが書かれた紙が下に貼ってある。

『家族』という様々な人の表情を描いた優しい絵や、『未来の姿』といった近未来都市で、空だけが真っ暗になっているダークなものもあった。


 奈々ちゃんの作品は――


 まず繋いだ手が目に入る。一つは少し皺のある大きな手でもう一つは小さめの手。手の質感や影が丁寧で立体的だ。そして背景には壊れた橋が見えてうっすらと虹がかかっている。曇っている空にほんの少しの虹色が綺麗だ。


 タイトルは、『繋ぐ』――世代を超えた人との繋がり、橋を繋ぐような微かな虹。


「すごい……この手、リアルだね」

「ありがとう。苦労したよ」

「繋ぐってそういうことか……人々や世界の繋がりみたいで深いね」

「そうかな。あのね……」


 奈々ちゃんが僕に耳打ちで話したいようで少ししゃがむ。


 

「はるくんと手を繋いだから思いついたんだよ」


 

 僕だけに聞こえるその声がくすぐったい。思わず彼女の手を握ってしまう。


「僕も奈々ちゃんと繋がっておくから」

「ちょっとはるくん……」


 奈々ちゃんが照れながら僕にくっついてきた。2人で寄り添いながら絵を眺めている。



 ――すると、そこにあの上品な声がした。


 

「あら、お熱いこと」



 振り返るとそこには、西桜さんがいた。


 西桜さんはノースリーブのワンピース、というか短めのドレスのように見える。相変わらず麗しい姿である。


 僕たちは急に恥ずかしくなってぱっと手を離した。


 

「梅野さんの絵を鑑賞していると、気持ちが穏やかになるのよ。誰かと繋がっているって分かると安心するわよね」


 

「西桜さん、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい」

 奈々ちゃんの緊張もほぐれていくようだ。西桜さんに褒められてホッとしたのだろう。



「おい、麗子(れいこ)! 先行くなよ」


 

 この声は――



(あおい)、遅いわね」

「こっちはゆっくり見てんだからさ」


 白シャツで颯爽と現れた葵さん。この2人は知り合いだったのか?

 独特な雰囲気を纏った2人のオーラに僕と奈々ちゃんは少し圧倒されている。


「葵ちゃん、来てくれてありがとう」

「もちろん、奈々美ちゃんの絵を真っ先に……あ、麗子の絵も見に」

「西桜さんと友達だったんだ」


 相変わらず葵さん、奈々ちゃんに対して親しそうだな。僕はもう一度奈々ちゃんの手を取った。絶対離さないから。


「私たち、幼馴染なのよ」

「そう、小さい頃からずっと一緒なんだ」

「梅野さん、葵には気をつけてね。すぐ女の子に声をかけに行くから」

「おい、麗子だってイケメンばかり描いてコレクションにしているだろう?」


「あら、これは私のモチベーション維持。筋肉美を描いている時が一番はかどるの」

「単にマッチョが好きなだけだろ?」

「葵だって女子全員に好かれたくて鏡ばっかり見てるじゃないの」

 

「女の子はみんな可愛いからね、特に奈々美ちゃんは」

「それ、別の子にも言ってなかった? “特に君は”って」

「なっ……見てたのか?」


 葵さんと西桜さん、息ぴったりだな。

 2人ともミーハーみたいな感じだろうか、おかしくて笑いそうになってしまう。

 奈々ちゃんも普段見ない2人の様子にきょとんとしている。


「あ、そうだ西桜さんの絵も観に行こうよ」

 僕は話を変えようと提案する。


「こっちだよー! すごいんだから」

 奈々ちゃんに手を引かれて僕たちは少し奥まったスペースに進む。



 そこにあったのはスケールの大きい一枚の絵画。


 画面いっぱいにうねるような大きな波の中央、少し向こう側に城がそびえ立っている。傾いている城は今にも群青の海に飲み込まれそうだ。暗黒の空には月光、そして稲妻も見える。


 これは嵐の中で沈みゆく一つの城。

 タイトルは『沈没』――


 息を呑んだ。

 これが高校生の作品か……?


「はるくん、近くで見て」

 奈々ちゃんに引っ張られて絵の近くに寄る。

 

 波に……顔がある……?


 よく見ると波の一つひとつに叫ぶような表情が丁寧に描かれている。両手を挙げて助けを求めるような波もいる。何という世界観だろうか。


「沈みゆく白亜の城、叫ぶ波、闇か。麗子、疲れてんな」

「その感想はないでしょう? まぁ時々集中力は切れそうになったけど」


「西桜さん……壮大だね」

 僕は一言だけしか感想が言えなかった。



「ありがとう、竹宮君。どんなに美しい城でも、大波に飲まれることがある。その波も、本当はこんな姿になりたくなかった……それを知るのは、空だけかも」



 彼女の解説を聞いてようやく納得する。普段から何を考えてるんだろう、この人は。


「空も雷が鳴ってて荒れ模様ってことか。月光といえばベートーヴェンだな」

「そうね、葵。切ないけれど希望があるような曲ね」


 葵さん、全て分かったかのような顔をしている。昔から西桜さんの絵を見てきたからだろうか。


 一通り鑑賞してホールの外へ出た。

「今日はありがとう、私たちはこれで失礼するわ」

「またね、奈々美ちゃん」

「こら、行くわよ葵」


「またねー!」と奈々ちゃんが手を振っている。

 葵さんと西桜さん……2人とも部活ではエース級だけど普段は僕たちとそう変わらないのかな、と思った。


「行こう、奈々ちゃん」

「お腹空いたね」

「何食べたい?」

「うーん……はるくんは?」

「奈々ちゃんは?」


「……」

「……」


「なかなか決められないね、はるくん」

「よし、じゃああそこのレストランコーナーにでも行こうか」


 僕たちも手を繋いで歩き出した。

「奈々ちゃんお疲れ様。本当に良かった、あの絵」

「はるくんに言われるの、一番嬉しい」

「僕も奈々ちゃんが応援してくれるとやる気が出る」


「さすが卓球一筋だね」

 そう言われたので、僕は彼女の耳元で小声で言う。


 

「……奈々ちゃん一筋だから」


 

 彼女の肩がぴくんと動き、照れたように笑い合った。

 


 

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