7. デート
中間テストも終わり、僕は奈々ちゃんと一緒に水族館に行く約束をした。きちんとしたデートというのは初めてかもしれない。
当日――
駅で待っていると、淡いピンク色のワンピースを着た奈々ちゃんが僕を見つけて笑顔で走ってきた。ピンク色って可憐なイメージだけど奈々ちゃんが着ると……うん。やっぱり可愛い。
高校に入ってから、彼女は少し髪を伸ばして肩ぐらいの長さ。そんな奈々ちゃんがちょっと大人っぽく見えて、さらに意識してしまう。
「おはよう、はるくん」
「おはよう、奈々ちゃん」
手を繋いで電車に乗って揺られながら、少し遠くまでのお出かけ。奈々ちゃんは美術部の話をしてくれた。
「絵画展に出す絵を描いているの。それを文化祭にも展示すると思う。今年の絵画展、夏休みにあるから」
「どんな絵を描いてるの?」
「……ひみつ」
奈々ちゃんがいたずらっ子のような顔をしたので、またドキッとした。彼女は色々な表情を見せてくれるようになった。全然飽きない、何を話していても楽しい。
いいな……こういうの。
「……じゃあヒントだけでも」
「えー? クイズじゃないんだから」
「気になる……奈々ちゃんの絵」
確か去年の中学での文化祭では、幻想的な部屋の絵を描いていたな。じっと見ていたいような、心温まる絵だった。
「じゃあ……絵画展に来てくれる?」
「もちろん、一緒に行きたい」
「よぉし……私、頑張る」
そう言って可愛いくガッツポーズをするものだから、今にも心臓が飛び出そうだ。いつからこんなに彼女に夢中になってたんだっけ? うーん……忘れた。
電車を降りた先にある水族館は、小さい頃に行ったきりだった。こんなところに奈々ちゃんと一緒にくる日が来るなんて……。
中に入ると僕たちを青い光が包みこむ。少しひんやりとした空気感で人も多かったので、離れないように奈々ちゃんの手をぎゅっと握る。
水の中をゆったりと泳ぐカラフルな魚たち。視線が右から左へと流れて2人で同じ方向を見ている……と思いきや、奈々ちゃんが「あっ」と言って今度はまた右を向く。
大きなエイがひらひらとヒレを動かして、目の前を通り過ぎていく姿、迫力がある。
「わぁ……」
そう言う奈々ちゃんをつい見てしまう僕。ガラスに自分たちが映っているのも見えて恥ずかしいけど、嬉しい。
トンネル水槽に足を踏み入れると、イルカが僕たちの頭上を通り過ぎていく。やわらかな光が差し込み、海の中を散歩している気分。
「見て、はるくん。あっちにもイルカさんがいる」
「ほんとだ」
「イルカショーってあるのかな……」
僕はパンフレットを見て応える。
「えーと……11時からだ。この辺まわったら行こうか」
「うん!」
そしてイルカショーの会場に到着した。インストラクターの元気なアナウンスと観客の拍手で盛り上がる。
ぴょんとジャンプするイルカを見ていると、水しぶきが飛んできて、奈々ちゃんが「きゃっ」と僕の腕にしがみついてきた。
イルカも可愛いけど奈々ちゃんも可愛い……。
そしてイルカがジャンプするたびに僕の心臓も跳ねているような気がする……。(もちろん、イルカのせいじゃない)
「……大丈夫?」
僕も奈々ちゃんも少しだけ服が濡れている。
「うん、楽しい」
彼女の笑顔が眩しくて、また見てしまいそう。
イルカショーを楽しんだ後は、静かなクラゲの水槽コーナーに行った。青白い光の中、ゆらゆらと漂うクラゲを眺める。
「綺麗……」
「うん……」
ふんわり、ゆらゆら……僕たちもゆったりとした気持ちになって、もう一度手を握り合う。
「ずっと……奈々ちゃんとこうしていたい」
「え……? は、はるくん……」
彼女が恥ずかしそうにうつむく。
思わず「可愛い」と言う僕。
「あ……クラゲさん可愛いね」
「クラゲじゃないよ」
「え……?」
「今日ずっと……奈々ちゃんが可愛い」
彼女は僕を見つめて固まったままだ。
ちなみに奈々ちゃんがこうなることは中学の時からあったので、見慣れてはいる。固まっても可愛い……なんて。
「はるくん……恥ずかしい」
「ハハ……」
水族館を一通り満喫した後に、レストランでランチを楽しんだ。そのあと、奈々ちゃんが言う。
「はるくん、あの観覧車乗りたいな」
大きな観覧車は水族館のすぐ近くにある。連日人気で少し並ぶらしいけど、彼女がそう言うなら僕も乗りたくなってきた。
「うん……観覧車、行こうか」
手を繋いで乗り場に並ぶ。家族連れや僕たちのような男女ばかりだ。
ようやく順番が来て僕たちは乗り込む。最初は向かい合わせに座っていたけれど、少し上に動いたところで僕はすぐに奈々ちゃんの隣に移動する。
すると急にひらめいた。
「わかった。奈々ちゃんの絵は観覧車だ」
「ふふ……違うよ。だけど描いてもいいかも。前も、はるくんと一緒に見た景色……あとで付け加えたから」
「そうなんだ」
「忘れられなくって」
僕だって……奈々ちゃんと一緒に見たものは忘れない。この観覧車も彼女が描くとどう映るのだろう。
「わぁ……高くなってきた。ねぇはるくん、私たちの住んでる所ってあっちかな」
「そうだね、そっち方面」
何回同じこと考えているんだろうとは思うけど、奈々ちゃんが嬉しそうに話す姿が可愛い。
壮観な眺めを2人で見ていると、そのうち静かになった。
2人だけの特別な空間……僕はそっと彼女の手を取る。
奈々ちゃんは僕を見て恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「あのさ……奈々ちゃん」
「な……何……?」
「奈々ちゃんの顔が見たい」
「え……」
そっと髪を撫でると、奈々ちゃんがようやく顔を上げてくれた。やっぱり赤くなってる。
そんな顔するから……こうしたくなるんだよ。
「んっ……」
僕は奈々ちゃんと唇を重ねる。
肩を抱き寄せてもう一度軽く触れる。色んな味が混じり合って胸が熱くなってくる。
「はる……くん……」
彼女の瞳が潤んでいる。
いけない……やり過ぎた?
そう思っていたら、奈々ちゃんの方から僕に抱きついてきた。
「は……恥ずかしいけど……今の……良かった」
「本当……?」
「だから……もう一回……して? はる……んっ……」
彼女が言い終わる前に、すでにキスは始まっていた。
柔らかくて……愛おしくて……ずっと……こうしていたいなんて……僕の中で止まらない感情がぐっと溢れてゆく。
「好きだよ……奈々ちゃん」
「私も……はるくんが……大好き」
大好きという言葉――僕の鼓動が一段と速くなる。
「奈々ちゃんのこと……大好きだから」
「はるくん……」
観覧車から外に出るとやけに涼しく感じる。
僕たちは2人揃って火照った感じになってしまったようだ。手を繋ぐと奈々ちゃんが僕にくっついてきた。ずっとこのままでいたい。
そして帰り道。
今日で、僕の奈々ちゃん夢中度はさらに上がっていることに気づいた。
「……やっぱり可愛い」
「また言ってる」
「じゃあ、ずっと言う」
奈々ちゃんは顔を赤くして、小さな声でつぶやいた。
「……そんなこと言われたら、もっと一緒にいたくなっちゃう」
嬉しくて、僕はさらに強く握り返した。
夕暮れの道を、2人の影が並んでいて1つの形のように見える。
明日からも、そしてこれからも――この手を離さずにいたいと思った。