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6. 大会

 5月に入り、卓球の地域大会が開催された。星山岡(ほしやまおか)高校は、過去数回だけだが全国大会に出場経験がある。まずは地域大会で優勝することが目標だ。


 中学時代とは全く違う。朝練もあって放課後もずっと練習漬けだった。しかも大会一週間後には中間テスト。

 慣れないスケジュールだったけど先輩たちからも励まされて、共にここまで頑張ってきた。


 奈々ちゃんとゆっくり会える日はなかったけれど、チャットのメッセージを送り合って、時々通話もした。

 大会前日には『頑張ってね』というメッセージとウサギが応援しているスタンプが来る。

 

 中間テスト前なので彼女は応援には来れないが、スマホの画面を見ていると心が支えられ、落ち着いていくのを感じた。



 ※※※



 ――順調に勝ち上がり、決勝戦となった。

 僕も普段の練習の成果を出せたと思う。

 

「いつものあの高校か」

 そう言う先輩。やはりライバル校とは毎年対戦することになるらしい。


 僕は第1試合、シングルスに出場した。試合の流れを決める大事なポジションだ。

 僕のような1年生が第1試合なんて、と思ったが先輩たちに「竹宮君なら任せられる」と力強い言葉をかけてもらい、やる気が出てくる。


 

 後ろに先輩たちが控えている安心感はあるものの――大事な試合、絶対に勝ち取る。


 

 サーブは相手から。ピンポン球の動きをよく見ながらラリーを続けていたが僕は慎重すぎたのだろうか。一瞬の隙を取られて相手にポイント先取を許してしまった。


「大丈夫だぞー! 竹宮ー!」

「これからだー!」


 いつだって先にポイントを取りたいと思っているのに――こういうこともある。切り替えないと。

 だが、いつの間にか相手のペースに飲まれてゆく。サーブもレシーブもわずかに遅れ、スコアボードには「2―7」の表示。


 あっという間に5点差。


 だが――


 僕は諦めない、この舞台に立ちたくてこの高校に入ったんだ。まだ第1試合なのでここで負けてもまだわからない。それでも僕は取り返したかった、あと5点を。


 ラケットを握り直し、深く息を吸い込む。自分の呼吸音だけが耳の奥に響く。

 スマッシュを決めなくてもいい。どんな形でもいいからとにかく返すんだ。


 そして相手のスマッシュをギリギリで拾い、ネット際に落とす。一本返すと、流れがわずかにこちらへ傾いた。


「いいぞー!」

「ナイスー!」


 先輩たちや観客席の温かい声援。まだいける……!

 とにかく足を止めずに必死で食らいつく。一歩ずつ前にゆくように試合は進んでいき、ついに「6―7」まで来た。あと一本で追いつける。


 

 相手のサーブを思い切って攻めた。鋭い打球がサイドラインぎりぎりに決まり、会場がどよめく。


 

 ついに「7―7」。

 相手と目と目がぶつかり合う。強打がきたが、どうにかバックハンドでしのいだ。相手に焦りが見える。


 

 あと少しだ――そう強く思った瞬間、僕は先輩たちだけでなく、ここには来ていない奈々ちゃんにも背中を押されたように感じた。


 

 そして――僕が先にマッチポイントを掴んだ。

 最後は向こうが思い切りスマッシュを決めてきたがギリギリで返せた。その後も威力のある球がきたが、それをカウンターを叩き込んだ。


 

 相手コートにピンポン球が突き刺さった瞬間――

 歓声が爆発した。



 逆転、勝利だ。



「よし! よし! 竹宮君よくやった!」

 先輩たちが迎えてくれる。

 この第1試合の流れのまま、僕たちは地域大会に優勝できた。


「やった! 次は県大会だな!」

 みんなで肩を叩いて喜びを分かち合う。

 初めての大会で優勝できたこと――それは僕に大きな自信をくれた。



 ※※※



 隣では女子卓球も決勝戦が行われていた。あの葵さんがいるから大丈夫だろうと誰もが思っていた。


 しかし、僕たちが見たのは彼女たちの敗退。

 何があったのだろうか。


 葵さんは悔しそうに俯いている。いつも余裕そうに僕に声をかけてくるのに、今日は顔色も良くなくずんと沈んだ雰囲気。


 帰りに僕は気になって、彼女の方に向かった。こんな時に話しかけるべきかと思ったが、葵さんがいたから僕は上達したようなものだ。お礼も言いたい。


「葵さん、お疲れ様」

「竹宮君……」


「あの……大丈夫?」

「……本当にお人好しだな。竹宮君は」


 澄んだ瞳は変わらないものの、その奥はきっと辛そうに揺れている。


「中学の時からだった……他校に強い子がいてね。その子にはどうしても勝てない。あと一歩のところでいつも取られる」

「そうなんだ……」

「その子も別の強豪校に入って今日も来ると思ってたら――決勝戦に出てきたんだよ」


 それで葵さんは、その子に勝てなかったのか。


 

「あの子に勝ちたくて必死だった。だけどあたしが頑張れば頑張るほど、向こうも上手くなっていくんだよ。一体いつになれば報われるのか」


 

 その言葉は悔しさを飲み込んだように静かで、胸の奥に刺さるものがあった。

 僕をあっさりと負かした葵さん以上に強い人が、女子卓球にいるなんて……勝負の厳しさというのをひしひしと感じる。



「僕がこんなこと言っていいのかわからないけど……きっと葵さんならもっと上にいけると思う」

「ありがとう。あ、男子卓球は次があるよね。応援してるからさ」

 

「葵さんのおかげだよ。中学とは会場の雰囲気も相手の強さも全然違って……葵さんと練習していなければ僕はここまで来れなかった」

「竹宮君はまだ伸び代があると思う。あたしもこれから頑張るよ」

「うん」

 

「で、奈々美ちゃんには連絡した?」

「あ……」


 どうして奈々ちゃんのことを言われるかな……。

 

「そういうのは早くしてあげないと。今から通話しな」

「え?」

「ハハッ……まぁ後でごゆっくりと。緊張するならあたしが連絡してあげるからさ」

「いや、大丈夫だって……」



 ※※※



 自宅に帰って奈々ちゃんと通話をした。

「え? すごいよはるくん! おめでとう!」

「ありがとう」

「逆転するなんて……かっこ良かったんだろうな」


 彼女にかっこいいと言われてめちゃくちゃ嬉しくなってしまう。

「奈々ちゃんもありがとう。ずっと応援してくれて」

「ううん。はるくんが頑張ったからだよ」

「いや、奈々ちゃんが……」

「はるくんが……」


 こんなやり取りでさえ幸せになってくる。

 奈々ちゃんの声を聞いているだけで胸がいっぱいになってくるんだ。


「あのさ、奈々ちゃん……好き」

「え……? え……?」

 電話口の向こうで照れたような声がまた可愛い。


「私も……はるくんが好き」

「うん……好き」

「え……何回言うの? はるくんたら……」


「中間テスト終わったら遊びに行こうよ」

「うん!」


 電話を切った後も、胸の鼓動はしばらく止まらなかった。


 



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