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5. 向き合う

 自宅に帰る途中の電車の中で、奈々ちゃんにメッセージを送る。


『次の日曜日、空いてる? 会えないかな』


 電話でもいいかもしれないけど、奈々ちゃんに会いたい。会ってちゃんと話がしたい。

 しばらくして彼女から返信が来た。


『空いてるよ。会いたいです』


 会いたい――その言葉を見てじんとくる。

 僕だって君に会いたかったんだ。

 せめて連絡ぐらいすれば良かった。


 まだまだこういうのって……慣れない。

 付き合うとか、デートするとか……高校生活もある中でどういうのが正解なんだろうか。



 ※※※



 次の日曜日。

 それまでにも廊下でたまに奈々ちゃんを見かけたが、お互いちらっと見ただけで話すことはできなかった。

 そして5月には地域の卓球大会がある。僕は葵さんとの特訓のおかげもあって少しずつ上達していた。


 やっぱりこの忙しい中で奈々ちゃんとうまく向き合えるのか……少し不安になってくる。


 駅前で待っていると、向こうから水色のワンピースを着た奈々ちゃんが来た。彼女のワンピース姿を見たの、久々でドキッとした。可愛い。


「おはよう、奈々ちゃん」

「おはよう、はるくん」


 彼女の顔を見るとホッとする。中学の時からの同級生だから、ではなくて奈々ちゃんだからだ。きっと。

 僕たちはショッピングモールに入る。奈々ちゃんが文房具を見たいと言ったので雑貨・文房具のフロアに行った。


 彼女はそこにあるスケッチブックを手に取って話す。

「西桜さんが持ってたから……私も気になって」

「そうなんだ」



「……そこに、はるくんが描いてあった」


 

 小さく笑ったように見えたけど、視線はスケッチブックから動かなかった。あの時の寂しそうな表情だ。やっぱり西桜さんが僕をデッサンしたのを気にしていたみたいだ。


 スケッチブックを買いに行ってから、僕たちは駅前の公園に向かった。


「私……はるくんを描きたい」

 奈々ちゃんはそう言って僕の顔を見つめている。


「うん。僕も……奈々ちゃんに描いてもらえるなら嬉しい」

 そう言うと彼女はうつむいて顔を赤くしている。それだけで僕は彼女が愛おしく感じてしまう。


 ベンチに並んで座り、奈々ちゃんが僕の横顔を鉛筆で一生懸命描いている。シュッシュッと描いては消し、描いては消し……を繰り返していて西桜さんの時とは全然違う。


 だけど奈々ちゃんが真剣な表情で僕の方を見ていると思うと、めちゃくちゃ振り向きたくなる。

 ずっと座っていると、朝の陽射しが徐々に温かくなってきて、少し汗ばんできた。たぶん、奈々ちゃんに見られているのもある。


「はぁ……できた!」

 奈々ちゃんがそう言って僕にスケッチブックを見せてくれた。


 彼女のデッサンは、西桜さんほどの技術力はなかったけれど、どこか温かみのある優しいものだった。そして何よりも頑張って僕を描いてくれたのが嬉しかった。


「奈々ちゃん、すごいよ。ここまで描けるなんて」

「あ……けど……西桜さんの方が上手いよね」

「それは……」


 奈々ちゃんがゆっくりと顔を上げて話し出した。

 

「あのね、はるくんと西桜さんが、美男美女でお似合いだって噂が流れてきたの」

「え?」

「それで……西桜さんがはるくんをモデルにしてデッサンしてたっていうのも聞いて、実際に美術部で西桜さんに……はるくんの横顔の絵、見せてもらって」


 教室で西桜さんと話していると妙に視線を感じたのは……そういうことだったのか。奈々ちゃんは不安だったようで今にも泣きそうな顔をしている。


「みんながそう言うから……私……心配になっちゃったの……本当は私が先にはるくんの絵、描きたかったのに……」

「ごめん、奈々ちゃん。そんなことになってたなんて知らなくて」


 

「はるくんって……みんなに優しいよね」


 

 ――どういうことだろう。


 

「それがはるくんの良いところなんだってわかってる。だけど……私のことも気にしてほしいな。このままでいいのかわからなくなっちゃって。わがままかもしれないけど……」


 そうか。僕があまり連絡もしなかった上に西桜さんのことがあったから……。


「そうだったんだね、話してくれてありがとう。メッセージできてなくてごめん」

「ううん、それは私も同じだから」



 ここで彼女と向き合わないと。

 大事なことは早めに伝えた方がいいって――あの先生にも言われたのだから。



「僕は奈々ちゃんのことが好きなんだ。西桜さんは、たまたま隣の席になっただけだから」

「はるくん……」



 ホッとしたように奈々ちゃんの頬を一筋の涙がつたう。

 それを指でそっと拭うと、彼女は小さく笑った。

 


「実は僕も奈々ちゃんに話したいことがあるんだ」

「なに……?」


 こんなことを言ったら笑われるだろうか。

 僕だって……君とあの人のことが気になっているなんて。

 

「葵さんのことなんだけどさ」

「え、葵ちゃんがどうかした?」

「……奈々ちゃんとすごく仲良くて、嫉妬してる」


 彼女は驚いている。まぁそうだよな。葵さんは女子だから。けれど明らかに奈々ちゃんのことを……。


「葵ちゃん、女子だよ」

「女子だけどさ、どうしても奈々ちゃんと葵さんが一緒にいると……付き合ってるように見えるというか……その……距離も近いし」


 あの人が奈々ちゃんの前でする仕草全てが、何だか気に食わない。

「葵さんが女子であっても、奈々ちゃんを取られるんじゃないかと思ってしまって。欲張りかもしれないけど」


 

 お互いに同じようなことを考えて、なかなか言えなかった気持ち。だけど口に出すことで向き合えるのなら……。


 

「はるくんも、色々考えていたんだ」

「うん……そうだな」


 

 奈々ちゃんが僕に優しく寄りかかる。

「葵ちゃんは女友達。はるくんは私の好きな人」


 

 “好き”という言葉に胸が高鳴り、彼女の背中に手を回して引き寄せた。もう絶対に離したくない。


 

「はるくん……話せて良かった。連絡する勇気もなくて」

「僕の方こそ……もっと奈々ちゃんと話すべきだったんだ」


 初心者マークが外れる気配のない僕たちだけど、それでも少しずつ前に進めるといいな。

 奈々ちゃんを見ていると、彼女が顔を上げてこちらを見る。


 

 顔が……近い。

 すでに心臓の音が響いている。


 

 息をするのもためらうような一瞬が過ぎて――

 そっと彼女の顔に手を添えて、ゆっくりと唇を重ねた。奈々ちゃんの身体がぴくんと揺れて、僕も心を震わせる。


 

 初めてのキスは柔らかくて、甘酸っぱいようなほろ苦いような――そんな味がした。


 

 そして唇を離すと顔を真っ赤にしている奈々ちゃん。そんな彼女が愛らしくて、ぎゅっと抱き寄せる。


 

「はるくん……嬉しい」

「僕も嬉しいよ、奈々ちゃん」


 

 僕たちの高校生活は、まだ始まったばかりだ。

 



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