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2. 彼女

「君、奈々美ちゃんに何か用?」


 澄んだ瞳にサラサラの髪。

 爽やかだけど、僕に向かってはっきりと言うその姿に思わず尻込みしてしまう。


 

 今……彼は何て言った……?


 “奈々美ちゃん”って……!?


 もうそこまでの仲になったのか……?



「あ……彼が竹宮くんだよ」


「へぇ、君なんだ。奈々美ちゃんの相手は」

 

「は……はい」


 どうして僕、敬語になっているのだろう……。

 ただ、僕と梅野さんの関係は知っているのか?


 

「竹宮くん、同じクラスの葵田(あおいだ)(りょう)さん。女子だよ」



「え……?」



 じょ……女子だと……!?

 僕は驚きと安堵が混じって、力が抜けてしまいそうだったのをどうにか耐えて必死で背筋を伸ばす。


「ご……ごめんてっきり……その……」

「あたしのことは気にしなくていいよ、もう慣れっこだからさ、竹宮君」


 葵田(あおいだ)さんはやっぱり穏やかな声で僕に話す。

 そうだ。中学の時だってズボンを選ぶ女子がいたじゃないか。なのに彼女は本当に男子かと思うぐらい、背も高くて、梅野さんと歩いていると自分よりもお似合いなんじゃないかと考えてしまうぐらいだった。


 ほっとしたのか、ふわりと春の風が舞い戻ってきた気がした。

 僕たちは3人で駅まで向かって歩いていく。


葵田(あおいだ)って言いにくいだろう? (あおい)でいいよ。みんなそう呼んでる」

「あ……じゃあ葵さん」


 葵さんが微笑み、「あっ」と思い出したかのように言った。


「入学式の帰りにも2人で歩いてたね」

 葵さんに言われて「うん……」と恥ずかしそうに僕の方を見ている梅野さん。


 僕も思い出す。あの時、葵さんが梅野さんと親しそうに見えたから……取られるんじゃないかと考えてしまった。


 それで梅野さんとの距離が縮んだようなものだ。


 だから今、こうして仲良くいられるのは葵さんのおかげかもしれない。それはそれでいいのだけど……やっぱりさっき近すぎなかった? 女子ってそんなものか?


「じゃあ、あたしはこっちだから。奈々美ちゃん、また明日」

 葵さんの家は駅の向こう側らしい。


「また明日ね! 葵ちゃん」と梅野さんが笑顔で言う。


 梅野さん、“葵ちゃん”って呼ぶのか。

 いいんだけど……この2人がこんな風に呼び合うなんて、はたから見たら“そういう仲”にしか見えないって。

 

「うん! そうだ、竹宮君」

 いきなり葵さんが僕に近づいてきたので、やっぱり構えてしまう。


 そして――彼女は耳元で囁くようにこう言った。



「奈々美ちゃんって、可愛いね」


 

「え……?」


 

「何驚いてるの? フフ……じゃあね」


 

 彼女があっという間に去って行く。

 僕は妙な感情を残されたまま、その場に突っ立っていた。

 まるで風のような人。穏やかと思えば急にふっと強く吹き、そのまま余韻を残して通り過ぎて行くような……。


「竹宮くん、行こ?」

「あ……ごめん。何だかぼーっとしてて」

「もしかして、葵ちゃんのこと男子って思ってた?」

「うん。梅野さんと仲良さそうですごく焦った」


 彼女は僕を見て照れながら頬を染める。

 いつものことだけどそういう顔をされると、やっぱり可愛いと思ってしまうんだよな……。


 電車に乗って地元の駅に到着し、改札を出て僕はすぐに彼女と手を繋いだ。


「竹宮くん、嬉しい」

「僕も」


 高校まではそこまで遠くないとはいえ、いつもの場所に戻ってくるとほっとする。

 だけどさっきの葵さんの言葉が忘れられない。女子だけどあれは僕に対する“挑戦状”のように聞こえた。


 だから梅野さんを取られたくないという気持ちは、ますます大きくなってくる。


「あのさ……梅野さん」

「なに?」

 

「……僕も奈々美ちゃんって呼びたい」

「え……? え……?」


「あ……奈々ちゃんって呼びたい」

「……」


 彼女は少しうつむいて僕にぎゅっとくっついてきた。

 お互いの心臓の音が響き合う。


 奈々美ちゃんだと葵さんや他の人と同じになるから……奈々ちゃん。


「じゃあ……私は……晴翔(はると)くん……はるくん……どっちがいいかな」


 はるくん――そう言われるだけで胸の奥がくすぐったい。


「はるくん、がいいな」

「うん! じゃあ……はるくん」

「奈々ちゃん」

「はるくん」

「奈々ちゃん」


「どうしよう……何だか照れちゃうね、竹宮くん……あ、じゃなくて……はるくん」

「奈々ちゃん、可愛い」

「え? ちょっと……その……」


 名前で呼ぶだけでこんなに愛おしくなるなんて。

 まだまだ僕たちはこういうの、初心者マークがついたままだけど、少しずつ進めたらいいのかな。


「は……はるくんも……かっこいいです……」

 緊張したのか敬語でそう言う彼女を見て、つい笑ってしまう。奈々ちゃんといるだけでいつだって笑顔になれるんだ、僕は。



 ※※※



 それからオリエンテーションなどを経て、部活動が始まった。僕は卓球部。

 星山岡(ほしやまおか)高校は卓球の強豪校で、僕はずっと前からここに入りたいと思っていた。


 男女共に卓球部が熱心で強くて、地域大会だけでなく県大会や全国大会も狙えるぐらいだ。


 初めての部活の日。放課後に体育館に行くと先輩達が迎えてくれる。全員強そう……。

 

「よろしくお願いします」


 球拾いをしながら様子を見ていると、さすが強豪校と言われるだけあって、先輩たちのスピード感や表情が中学の時とは全然違う。そして何よりも声かけやお互いへのアドバイスが多くて活発な雰囲気が伝わってくる。


 人数がそこまで多くないからこそ皆が仲良さそうで、早く自分も仲間入りしたいなと思った。

 そして1年生たちも練習に入る。


「竹宮君、上手いな。もっと伸びるよ」


 部長にそう言われてますます頑張ろうと思っていたその時だった。



「キャー! すごい!」

 隣の女子卓球部で歓声が上がる。


 

 カコーン! と鋭いスマッシュを決め、女子卓球部の先輩をあっさりと打ち負かす、その姿は。


 

 葵さん――



「フフ……やっぱり楽しいね。卓球」

 

 彼女は息も切らさず爽やかな口調で言った。

 


「すごいね! 葵さん!」

「かっこいい!」

「ドキドキするー!」


 女子卓球部の1年が葵さんに羨望の眼差しを向ける。

 先輩方も強さを認めているようだ。早速エース誕生といったところだろうか。


 男子卓球部員もその姿に驚いている。彼女はふっとこちらを向き、僕を見つけると「あ、竹宮君じゃないか」と言って来てくれた。


「葵さんって……強いね」

「まぁね。そうだ、ちょっと待ってて」


 彼女は先輩に何かを伝えに行ってすぐに戻ってきた。


「……物足りないからさ。男子卓球部で練習してもいいって」

「え……?」

「だからさ、竹宮君」


 彼女は僕を真っ直ぐ見据えて言う。


 

「――あたしと勝負しようか」


 

 その瞳に、遊びじゃない本気の色が宿っていた。


 



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