11. 同じ景色
宿泊先に到着した。学生たちが多く泊まっている場所だ。修学旅行にも利用されるらしい。
窓の外、遠くの方に都会の夜景がちらほらと見える。そこから少し離れているのでこの辺りは緑も多い。
畳の部屋で写真を見せ合いながら、テーマパークの話で盛り上がる。
「もう、お化け屋敷克服したような気がする!」
あんなに怖がっていたのにこう言う奈々ちゃん。でも絶対1人では行かせられないよな。
「ただし妖精のゴーストに限る! かなぁ」
「それ、克服って言うの?」
「言わないか。やっぱりはるくんとじゃないと無理だ」
「ハハ……」
ずっとお化け屋敷、苦手でいいよ。僕にくっついてくれないと寂しいし。
布団を敷いて横になる。
「ねぇはるくん」
「ん?」
「……私のどこが好きだったの?」
全部です、と言いかけたが……そういえばいつから僕ってこうなったのだろう。
「私は中3の時にドッジボールでボールをキャッチしてくれたの、すごくかっこいいなって思って……でもはるくんは、みんなにも好かれてるから自分は無理かなって思ってた」
いつの話だ? そんなこともあったか。ドッジボールって男子同士で投げ合うの最高に楽しいんだけどな。女子がいるとちょっと気を遣うかも。
「そうだったんだ。僕は……いつも奈々ちゃんが頑張っているところが好きかな。奈々ちゃんと一緒なら自分も出来るような気がして」
そう言うと奈々ちゃんは布団に隠れてしまった。
「出ておいでよ」
ひょいと顔だけ見せた奈々ちゃん、可愛いらしくてドキっとする。
「だって……見ててくれてたんだって思うと嬉しくて」
「僕のことも見ててくれた?」
「うん。だんだん話せるようになって……」
気づけば奈々ちゃんは少し涙ぐんでいた。どうしたのだろう。何か言おうと一生懸命考えてくれている。
「……はるくんのおかげ。私が今、笑っていられるのも……はるくんがいたから」
その言葉に胸が熱くなる。
僕の中にも、溢れそうな想いがあった。
あの時、笑えなかった僕の隣でホッとさせてくれたのは……君なんだ。
「僕も奈々ちゃんがいたから、笑顔になれるんだよ」
彼女は僕を見てさらに涙をこぼした。だけどそれは悲しいからではなく、喜びと安心からくるものだった。
「はるくん……もう私……幸せすぎて泣いちゃうよ」
「泣いてもいいんだよ、僕だって涙出そう」
布団の中、肩が触れ合ったまま、僕は言う。
「やっぱりそういうところも可愛い」
奈々ちゃんは顔を赤らめて、枕に顔を半分埋めていた。
涙が枕に染み込んでいくようにおさまりつつある。
「はるくん、そればっかりなんだから」
「だって本当だし。あと……大好き」
「……私も」
笑いながら、もう一度「大好き」と重ねる。
互いに目を見つめていると、自然と笑みがこぼれる。
「……奈々ちゃん、おやすみの前に」
そっと唇が触れて離れる。
けれど見つめ合ったまま、どちらも動けなかった。
肩を抱いた腕に、彼女の体温がゆっくりと伝わってくる。胸の鼓動が速すぎて、まるで自分の心臓じゃないみたいだ。
「あっ……はるくん……」
甘い吐息が頬をかすめる。
それだけで頭の中が真っ白になる。
――もう一度、欲しくてたまらない。
その気持ちが抑えきれず、僕は彼女を強く抱き寄せた。
布団の中で、互いの脚が少し触れ合う。
その小さな感触さえ、火照った身体には刺激が強すぎて。
「奈々ちゃん……」
名前を呼んだ声が、かすれて震えた。
あと数センチで唇が重なる。
だけど――ここで止めなきゃいけない。
分かっているのに、身体が言うことを聞かない。
「……っ」
ぎゅっと額を奈々ちゃんの額にくっつける。
その瞬間、彼女の指が僕の服を掴んだ。
「はるくん……離れたくない」
彼女のその言葉と潤んだ表情で、理性が溶けそうになる。僕だけの奈々ちゃんにしたい――時間も空間も2人だけのものだ。
それでも一線は越えないように、必死で抱き締める強さだけに変えた。
胸の奥で爆発しそうなほどの熱を抱えたまま、僕たちはいつしか眠りに落ちていった。
――心がひとつになれた温もりを味わいながら。
※※※
翌朝、カーテンの隙間から差し込む光で一緒に目が覚める。
「……おはよう、奈々ちゃん」
まだ寝ぼけた声でそう言うと、彼女は小さく笑った。
「……おはよう、はるくん」
新しい一日が、静かに始まろうとしている。僕たちは朝食を取って宿泊先から出発した。
今日はテーマパークのキャラクターグッズ店、お土産屋めぐり。あるお店の前で奈々ちゃんが立ち止まり「ここ良さそう!」と言う。
中にはキャラクターのぬいぐるみや文房具など、多くのものが揃っていた。男子だけだとこういう場所に来ないので何だか新鮮に映る。
「……あった!」
奈々ちゃんの見つめる先には、卓球のラケットを持っている猫のキャラクターのキーホルダーがあった。こんなものがあるなんて知らなかった。他にも色々な服やアイテムを持った猫が並んでいる。
「これ……はるくんにプレゼントするね。次の大会がうまく行くように」
「え……嬉しいよ奈々ちゃん、ありがとう」
「お土産、何があるか調べてたら見つけたの。はるくんにぴったりだなって」
奈々美ちゃんが僕のために考えてくれた。それが何よりも嬉しくて彼女のことがさらに好きになる……というかどこまで夢中になるのだろう、僕は。
――もっと卓球を頑張れる。奈々ちゃんがこうやって応援してくれるのが、一番上達しそうだよな。
僕も奈々ちゃんに何か……渡したい。
同じキーホルダーコーナーを見ていると、絵の具パレットと絵筆を持った芸術家のような猫がいた。
「奈々ちゃん、これプレゼントするよ。これからも奈々ちゃんの絵を見たい」
彼女は目を丸くしてから、ぱっと笑顔になる。
「わぁ、可愛い! これならやる気出てきそう。ありがとう」
2人でキーホルダーを買い、店を出てお互いにプレゼントを渡した。
僕は少し照れながら言う。
「……奈々ちゃんに言ってなかったけど、今日、僕の誕生日なんだ」
「えっ……じゃあこれはちょっとした誕生日プレゼントだね」
8月8日――
その日が特別になるなんて、朝までは想像もしなかった。
小さなキーホルダーひとつなのに、胸の奥がいっぱいになる。同じ猫のキーホルダーを持っている……それだけで、これからの高校生活も一緒に歩いていける気がした。
「じゃあ、次は奈々ちゃんの誕生日だね」
「え?」
「9月20日。去年、菊川さんが言ってたの覚えてる」
「……そんな前のこと覚えててくれたの?」
「うん、忘れるわけないだろ?」
そう言った僕の耳まで熱くなっているのを、奈々ちゃんは気づいただろうか。
彼女の頬がほんのり赤くなって、僕まで照れくさくなった。
「嬉しい……ありがとう」
奈々ちゃんの笑顔が、何よりの宝物に思えた。
そして別の店で、お菓子も買って帰路につく。
夏休み――彼女との大切な思い出がまた1つ増えた。
※※※
「おはよう、奈々ちゃん」
「おはよう、はるくん」
2学期の始業式、奈々ちゃんと一緒に登校する。まだまだ暑くて、だけどもうすぐ秋になる気配もしてまた季節が進んでいく。
駅から学校へ向かう途中、後ろからあの声がした。
「奈々美ちゃん、竹宮君、おはよう!」
「おはよう、葵ちゃん」
「ねぇ梅野さん。私の作品、コンクールに出すことになったの。だから文化祭までに新しく描かないといけなくて。良かったら一緒にどう?」
「いいの? 西桜さんとだなんて嬉しい」
「竹宮君、そろそろ次の大会だろ? また相手になってやるからさ」
「ありがとう、葵さん。けど勝てる気がしない……」
「はるくん、頑張って♪」
「奈々ちゃん……!」
「葵ちゃんも頑張って♪」
「え……奈々ちゃん……」
「奈々美ちゃんに言われると俄然やる気が出るね」
「竹宮君、葵をボコボコに打ち負かして」
「おい、麗子……」
「フフフ……」
「ハハハ……」
僕たちはこんな風に笑いながら、高校生活を送っていく。
これからも同じ景色を見ていくんだろうな。
ね、奈々ちゃん――
終わり




