第8話 巨大岩をどかし、救助せよ
ハリケーンが去った朝、王都の霊獣管理協会本部には緊迫した空気が漂っていた。
「北東部に大型霊獣隊を派遣!」
「西部方面ではAランク魔物の暴走も確認――!」
伝書バトが空を飛び交い、霊獣と霊獣使いたちに次々と指令が割り振られていく。
その一角で、誰も注目しない小さな赤印が地図に記された。
《農業村リリン・山岳地 小民家 居住者3名 落石により孤立中》
それを見た総監・霊獣 不死鳥使いヨハネが、ふっと息を吐きながら呟いた。
「……ここは、ダンゴムシの霊獣を向かわせろ……一番近い」
副総監・霊獣伝書バト使いヤコブが眉をひそめる。
「ダンゴムシじゃ何もできませんよ。救助は無理です」
「それでいいんだ。国は“霊獣を送った”という体裁さえ残ればいい。民衆の不満を抑えるのが先だ」
ヤコブは、しばし言葉を失い、悔しそうに唇を噛んだ。
「……了解しました」
ヤコブは口笛を吹き、特命伝書バト・霊獣ナナを呼び寄せた。
手紙をしっかりとくくりつけ、静かに言う。
「行け、ナナ。農業村リリンの霊獣、ダンドドシンのもとへ――」
ナナは風のように空へ舞い上がり、一瞬で姿を消した。
「……すまないな、こんな国で」
───
数時間後、農業村リリンに特命伝書バト・霊獣ナナが到着した。
リクは受け取った赤い封筒を破り、ダンさんと顔を見合わせる。
《孤立家屋 居住者3名 落石により救助要請 即時出動せよ》
「リク、行くぞ!」
「了解!」
俺とダンさんは、すぐに飛び出した
───
山へとたどり着いた二人の前に広がっていたのは、まるで灰の谷。
帝国灰石――斬れず、割れず、燃えない灰色の巨岩が幾重にも折り重なり、あたりを封じていた。
その先に、かすかに煙突から上がる細い煙。
「屋根は……無事だ。まだ、生きてる!」
「けど、おいらたち、通れない……!」
ダンさんが灰石に触れて、首を振る。
「帝国灰石。斬っても割っても、どうにもならない」
リクは歯を食いしばる。
「……魔法とか、力があれば……!」
そのとき、ダンさんがぽつりと呟いた。
「だったら、おいらたちが“壊す”んじゃない。“沈める”んだよ」
「……えっ?」
───
静かに、だが確実に始まったのは、小さな虫たちによる、長く孤独な救助だった。
ダンさんの合図で、デカダンをはじめとする小さなダンゴムシたちが、ぞろぞろと地中にもぐっていく。
彼らが削るのは、巨大な岩ではない。
その真下にある、柔らかな地層。
少しずつ、わずかずつ――地中の層を削り、空間を作り、岩を“自重で”沈ませていく。
ほんの数ミリ。だが、それが積み重なれば、岩は自らの重さで姿勢を崩す。
「焦んなよ、リク!」
「……わかってる」
リクは土砂をかき分けて道を探し、ダンゴムシたちは音もなく、地中を進んでいく。
──
五時間後、太陽は西へ傾いた。
空気が静かになり、夜がやってきた。
――ゴゴ……ゴゴゴゴ……
静寂を破る、地鳴りのような音。
ダンさんが地面からぬっと顔を出し、にんまりと笑う。
「抜けたぞ。全部、沈んだ!」
───
リクは走る。
できたばかりの狭い隙間を、這うようにして通り抜け、家の扉を叩いた。
「無事ですか!? 農業村リリンの霊獣使いリクです! 救助に来ました!」
中から返ってきたのは、泣き声だった。
母がいた。父がいた。
そして、小さな女の子が――
全員、無事だった。
家族は外に出て、空を見上げた。
娘がぽつりと呟く。
「……ダンゴムシさんが、助けてくれたの? ずっと……がんばってくれてたの? ありがとう」
「おいら……女の子に感謝されると、照れるぅ!」
ダンさんはその場に丸まり、ぼすん、と寝転がる。
ほかのダンゴムシたちも、ひとつ、またひとつと丸まり、転がっていった。
静かで、地味だけれど、確かにそこにいた英雄たちだった。
特命伝書バト・霊獣ナナは近くの木に止まり、最後までその光景を見守っていた。
任務を終えたことを確認すると、空高く羽ばたき、王都へと戻っていった。
リクは静かにその背中を見送り、そして夜空を見上げる。
星が瞬き、風が吹いた。
閉ざされた世界に、ようやく夜が届いた。
彼はそっと、ダンさんの背中に手を置いた。
「……誰に見られなくても、ダンさん達はやるんだね」
返事はない。ただ、小さな虫たちが、静かに眠っている。
リクは微笑み、ぽつりと呟いた。
「……地味だけど、やっぱり……かっこいいよ、ダンさん」
───
そしてそのころ――王都に戻った霊獣ナナが、副総監・ヤコブのもとに帰還していた。
「えっ……ダンゴムシが、岩を“沈めて”救出したって!?」
指令官たちがざわつく。
「まさか……あいつら、土を豊かにする魔法しかなかったろう?」
「たまたま岩が崩れただけじゃないのか?」
ナナはくちばしで「違う」と言わんばかりに首を振るが、総監ヨハネは笑って言った。
「ハトの話を真に受けるな。どうせ偶然だろう」
総監ヨハネの肩に乗っていた不死鳥も同じように笑う。
ナナがぎろりと睨みつけたそのとき、ヤコブが彼女の頭を優しく撫でた。
「……ナナ、お前はすごいよ。飛ぶの速いし、ちゃんと見てる」
ナナはくるくると嬉しそうに回り、ヤコブの肩にすり寄った。
(私もずっと、“ハトしか使えない奴”って笑われてたけど、今では霊獣管理協会本部の副総監だからな……)
(ダンゴムシの霊獣かぁ……似たもの同士かもな)
続く
登場人物紹介
◎ヤコブ=アルカディール 42歳 185cm
霊獣「伝書バト」の使い。霊獣管理協会の副総監。
◎ヨハネ=エクサドル 53歳 177cm
霊獣「不死鳥」の使い。霊獣管理協会の総監。
組織のトップとして国を守護する。
◎霊獣「伝書バト」 ナナ 20歳
霊獣伝書バトのメス鳩。人語は話せない
ヤコブの霊獣伝書バトの中で最速
◎霊獣「不死鳥」マリア 350歳
回復魔法が使える 中身ヤクザ。
オスなのにキラキラネームで自分の名前が嫌い