第九話 ダンさんの新しい魔法
封印記録保管庫を出た瞬間、こめかみがすっと軽くなった。
リクは、そっとこめかみに指を当てる。
「毒の針、抜けたのかな……」
「でも……元スパイを番人にするなんて、凄いですね」
「まぁ……そうだな……マタイさんが『自分が嘘を見抜けるから面倒見る』って言ったらしい」
「ミカさんは一度見た文章は忘れない頭脳を持ってるからな……地下牢獄で閉じ込めるよりも封印記録保管庫でいる方が良いと、上も判断したんだろうな」
(※現実世界で言うと検索機能みたいな感じなのかな……)
「外には出れないがミカさんが欲しい物は与えられる。本や、甘い物とかな……」
「リザエルに戻るよりも、保管庫の方が居心地が良いらしい」
「そうなんですね……」
廊下を歩いていると、やがてマタイの指導官室に戻ってきた。
「変わった間取りですね……」
「入る時も、出る時も、マタイさんに見てもらってからじゃないと戻れないからな」
エトは扉をノックする。
「救助隊所属エトと臨時捜索隊リク、ただ今、封印記録保管庫閲覧終わりました」
「はい。どうぞ」
戻ってきた二人を、マタイはじっと見つめる。
「大丈夫ですね……」
「それと……」
さらに、ダンさんのほうをじっと見つめるマタイ。
「やっぱり……ダンドドシンの魔法が一つ増えていますね」
「えっ!?」
「過去鑑定スキルで霊獣を見ると、その霊獣の新しいスキルや魔法が追加された時、わかるのです」
「フク! 鑑定スキルで詳細を」
止まり木に止まっていた霊獣[フクロウ]フクは、バサバサっと羽ばたき、マタイの肩に乗ると、ダンさんをじっと見つめた。
「スキャン!」
「土を豊かにする魔法の他に……最近追加された魔法あるね……きっと死の危険があったからかな……魔力のレベルが上がったんだな……」
「新しい魔法は……」
リクとダンさんは、二人揃って生唾を飲み込む。
「『泥団子を100%命中させる魔法』!!」
「はぁ!?」
「泥……団子?」
指導官室が、一瞬だけ静かになる。
「泥団子を100%命中……? おいら、攻撃できるのか?」
「わからない……」
マタイは、微妙な顔をする。
「私は……過去、あなた達に対して、訓練機関中、失言をしてしまいました……」
「『土を豊かにする魔法』の事を、私は『ハズレ』と言ってしまいましたから……本当にすみませんでした……。指導官失格ですね」
マタイとフクは、二人とも目線をそらし、肩を落とす。
ダンさんは手を上げる。
「おいら、別に何とも思ってないぞ!実際、王都浄化出来たの、たまたまだったし……新しい魔法、役に立つのかまだわかんないし!」
「ありがとうございます。ダンドドシンは優しいですね……」
視線を下から、そっとリクに向ける。
「ダンドドシン、リク君。都合が良すぎるかもしれませんが……あなた達は、この霊獣使いの古い常識や理を変えてくれると信じています。あなた達には期待しています」
「ありがとうございます」
「マタイさんはな。嘘つく人間が嫌いで、あまり人と関わりたがらない……マタイさんが人を褒めるのは、なかなかないからな」
エトが親指を立てながら話す。
「そうなんですね」
指導官室を出て、帰路につく途中。
ダンさんが、リクの肩からぴょん、と飛び降りた。
「おいら、ちょっと水分補給してくる」
「俺等、トイレ行くわ」
エトはそう言いながら、歩きつつ廊下の奥へ向かっていく。
夕陽が沈みかけ、辺りはオレンジ色に染まっていた。
本部内の噴水の前に来ると、ダンさんは小さな手で水をすくい、口に運ぶ。
ぴちゃり、と音を立てて飲み込んだ。
「……ん? 前と味が違う? なんか、水質変わったか?」
首をかしげる。
「気のせいかな……」
「おーい、ダンさん!」
少し離れたところから、リクの声が飛んでくる。
「はーい!」
ピョンっと飛びリクのほうにコロコロと向かっていった。
ミカは、封印記録保管庫の高い窓から、遠ざかっていく二人の背中を見つめていた。
小さな肩に乗る、丸い影。
「……霊獣ダンゴムシ……」
ぽつりと、誰にも届かない声でつぶやく。
「王国サハラで……生きて、残っていたのね……」
しばらく、動かなかった。
やがて、そっと胸元に手を当てる。
「あなたは……」
震えるほど小さな声で、名を呼ぶ。
「……滅びたアグリス王国の……希望の方……」
静かな室内に、その声だけが小さく響き――
やがて、何事もなかったかのように、消えていった。
続く




