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第四話 ヤコブの屋敷

 霊獣管理協会本部を出てから歩き始めて三十分ほど経った頃。


「着いたぞ」

ヤコブの屋敷に到着したリクとエト。


「でかい屋敷だな!ヤコブは貴族なのか?」

「いや、ヤコブさんは平民だけど家柄は商人だからな」

外塀に設えられた門を開けると、

視界いっぱいに広がる庭が現れた。


中央には噴水があり、その奥には鳩舎が見える。

「リクっ! 噴水ある! おいら嬉しい♪」

「よかったね……ヤコブさんの屋敷、ほんとに広いね」



 扉を開けると、優しげな女性が迎えてくれた。

「ヤコブさんから話は聞いています。どうぞゆっくりしてね。妻の春香です」


「はじめまして、リク=サクラです。こっちが霊獣[ダンゴムシ]のダンドドシンです」

「ダンさんって呼んでくれ!」 

ダンさんはピッと小さな手をあげる。


春香は優しく微笑む。

「よろしくね」


(……日本人だ……ヤコブさんの奥さん、日本人だったのか)


 春香は簡単に屋敷を案内する。

「ここが食堂、向こうがキッチン。ここにあるパンや果物は好きに食べてね」



階段を登り二階の部屋に案内する。

「リク君とダンさんはこちらの部屋を使って」

「リク、俺は隣の部屋だ。何かあればすぐ呼べ」

エトは親指を自分に向ける。

「ありがとうございます」



「エト、ご飯作ってるから温めてリク君と食べてね」

春香が優しく声をかける。

「わかりました」


リクは春香を見て会釈する。

「春香さん、ご飯ありがとうございます」


「いいのよ。大変な案件がある時は、ここに皆泊まる事が多いの……任務に集中して欲しいから」


「そうなんですね」


「私は今からヤコブさん達にお弁当持っていくわ。ゆっくりしてね」


エトは心配そうに春香を覗き込む。

「奥さん大丈夫ですか?」

「えぇ……夫が一番大変な時期だから、せめて陰ながらサポートはするわ」


「明日、ハト達の面倒は俺とリクが見ますから、春香さんは明日休んでください」


「エト……ありがとう」


春香は上着を羽織り、そっと家を出ていく。


───


 エトは温めたスープをよそい、食堂に並べる。

「リク! 飯にしようか」

「ダンドドシンはキャベツの芯でいいのか?」


「おいらキャベツ大好き!」 

エトはふっと笑う。


リクはキョロキョロとあたりを見渡す。

「あれ……サスケは? さっきまでいましたよね?」


「あぁ……今あいつ食事に行ってる」

「食事?」


「あいつ1番の好物、ゴキブリだからな……」

「えっ……」

リクはスプーンを握ったまま固まる。


「よく本部の人の家にゴキブリ食べにいく」

「そうなんだぁ……」


ダンさんの身体がビクリと震える。

「おい……エト、おいらは大丈夫か?食われないか?」


「ダンゴムシは食わないから安心しろ」


エトが笑う。

(エトさん……見かけ怖いけど、面倒見いいし優しいな……)


 エトはスープをリクに手渡した。

「ありがとうございます」


「いただきます!」


「王都のキャベツうまっ!」

その様子にエトは少しだけ微笑み、静かに口を開く。


「リクはダニエルさんと面識はないのか?

「そうですね。お会いした事がないです」


「俺は今は捜索隊として活動しているが、

本来は救助隊所属、基本捜索隊と仕事する事が多い。災害が起きた時、指揮官ダニエルさん達とペアになって、ララが嗅覚で瓦礫から人を探して、サスケの怪力と糸で瓦礫どかして運んだり……」


「ただ……もうすでに亡くなってる人とか、遺体の損傷が激しくて回収が困難な時もある……」

「ダニエルさんは『必ず、遺族の元に帰す』って絶対に見捨てない」


「そうなんですね……ダニエルさんお会いした事ないけど、本当にいい人なんですね」


 エトが思い出すように眉を寄せる。

「そういえば……今思い出した。契約の儀式の後のスキンシップ期間中、リクの同期達が食堂でダンドドシンを馬鹿にした時あっただろ?」

「あっ……はい…」


「ダニエルさんと俺が見かけて、すぐ本部の訓練場にアン、ドゥ、トアを呼び出してめっちゃくちゃ怒ってたな……」


「『お前らは霊獣馬鹿にできるほど、そんなに強いのか!』って、ダニエルさん王都で一番の武闘家だから3人とも簡単に投げ飛ばして……」


「『俺を素手で倒せるくらい強くなってみろ!』って3人ともかなり反省してたな」

「えっ……」


「『よし反省終わったな』って笑って、

 『俺の実家、飯屋やってるから皆で飯行こうぜ』って」


「えっ……」


「俺は性格の悪い後輩は、もっといたぶるけどな……そういう人なんだよダニエルさん」


「王都の霊獣使いは皆、ダニエルさんの事好きだと思うぜ」

「上官からも部下からも頼りにされてる」


 リクはアンの言葉を思い出す。

『ダニエルさんにはいろいろ世話になった』


「絶対助けます」


「ありがとうリク……」




───


 夜。

眠っていたリクは──すすり泣く声で目を覚ました。


静かに廊下へ出る。


玄関に、帰宅したばかりのヤコブ。

春香は、彼の胸に抱かれた布包を見つめて泣いていた。


「モーセ……おかえり……」


ヤコブは目を伏せる。

「……すまない。私のせいだ」


春香は震える声で言った。

「頑張ったねモーセ……」


「ヤコブさん、そういえば……モーセの子供が、いないの……」

「なに?」

ヤコブの目が大きく見開かれる。


「鳩舎にも居なかった……もしかして……あの日、モーセについて行ったのかも……」



「……モーセの亡骸の近くにはいなかった……」

「もしかしたら、帰ってくるかもしれない」



ヤコブは唇を噛みしめ、春香を抱き寄せた。

「春香……私はもう本部に戻る。

 ダニエルが無事であることを祈っていてくれ」

「……皆を頼む。リク君とエトも」


 まるで立ち止まれば崩れてしまうかのように、ヤコブはわずか十数分の滞在で再び屋敷を出た。


扉の陰でそれを見ていたリクは、静かに目を閉じた。

(ヤコブさん……)


 副総監としての責任と、部下への情。

その両方を抱えて立ち続ける姿に、胸が締めつけられた。


(ダニエルさん……どうか無事でいてください)


夜は静かに深まっていく。





続く

ヤコブの妻・春香は、

本編

『第二章 第12・13話「もう戦争が起きないように(前編・後編)」』

( https://ncode.syosetu.com/n4553ku/27/ )

に登場する、

霊獣・火竜バビロン(※現在のドラコ)の使い・ミルカの生まれ変わりです。

一方、ミルカが前世で片思いしていた

不死鳥使いの青年の生まれ変わりが、

現在の副総艦ヤコブです。

150年前の戦争で生き別れとなった二人。

そして今世では、

長い時を経て再び巡り合い、

夫婦として共に生きる運命を選んでいます。


スピンオフ作品について

スピンオフ作品

『婚約破棄された私が紳士な指揮官に溺愛される〜前世では戦争で生き別れた二人、今世では幸せになります〜』

( https://ncode.syosetu.com/n7916la/ )

本作『ハズレダンゴムシ』より14年前の物語。

副総艦ヤコブが、28歳の若き指揮官だった時代

異世界転移してきたOL・春香と出会い

140年の時を超えて、再び結ばれる物語。


※Nolaノベルでは完結済み

※女性向け恋愛小説

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