第一話 消息不明のダニエル
古城の地下。
ユダが潜伏していた古城。
捜索隊の一人が階段をゆっくりと降りていく。
湿気と土の匂いが沈む地下室。
灯したランタンが、石壁に揺れる影を作った。
「……やっぱり、ダニエルさんは連れ去られているか……ララもか……」
低く唸るように呟いた。
「クソ……探せねぇ……」
奥歯がきしむほど噛みしめる。
その視線はすぐに、棚を確認する。
「そして……やっぱりだ。何もない……。研究の痕跡もない……毒も……」
「ヤコブさんの読み通りか……」
彼はランタンを下げ、深く息を吐く。
「……また、毒の災害が起きるかもしれねぇ……」
暗い古城に、その重い声だけが響き渡った。
──
森の中。
風が木々の隙間を抜ける音だけが、遠く低く響く。
彼は湿った土の匂いを踏みしめ、慎重に進む。
やがて視界に、倒れた伝書バト――モーセの小さな身体を見つける。
「モーセ……」
膝をつき、そっと抱き上げる。
小さく固まった翼を優しく包むように。
「もう……見なくていいんだ……ゆっくり休め」
彼はその瞳を指で閉じた。
森の静寂が、胸に深く沈みこんでくる。
遠くで馬の蹄の音が響き、やがてヤコブとマタイが駆け込んできた。
「……ダニエルは……」
首を横に振る。
ヤコブの視線が、布に包まれたモーセへ落ちた。
その瞳がわずかに震える。
「……モーセ」
「……本当であれば埋めてやりたいが……解剖しなくてはいけない……」
その声は、かすかに掠れていた。
ヤコブは拳を強く握りしめる。
冷たい森の空気が、二人の胸をさらに締めつける。
「……ダニエルを、必ず取り戻す」
その言葉だけが、静かに森へ吸い込まれていった。
──
夜のリリン村。
「本部勤務、か……」
リクは小さく呟いた。
昼間の総監ヨハネの言葉が胸の中で何度もよみがえる。
最弱の霊獣と言われ、農業村へ派遣され――
王都では瘴気を浄化し、今回は襲撃に巻き込まれ――
そして今度は本部勤務……。
思考が揺れ始めた時、扉がこんこんと叩かれた。
「リク君! 明日出発だろ! 飲もうぜ!」
赤ワイン片手にタロが笑顔で現れた。
「タロさん……」
ダンさんは畑の引き継ぎで、デカダンたちは送別会の準備で慌ただしく走り回っている。
タロはワインを注ぎ、ぐっとグラスを掲げた。
「乾杯!」
「これ、けっこう良いワインなんだぜ」
「えっ、そんなの俺と飲んでいいんですか?」
タロはふっと笑う。
「……実はさ。俺、こっちに来て五年になるんだ。現実に残してきた娘、ちょうどリクと同じ年頃でな」
「娘と酒を酌み交わすのが夢だった。叶わねぇけど……」
タロの声が揺れる。
「お前と風呂入って、星空見て、カレー作って……ほんと、楽しかったんだよ」
涙がすっとこぼれた。
「リク……お前は俺の子供みたいなもんだ……」
胸が熱くなる。
「……タロさん……」
「お前が村を離れるのは寂しいけど、本部勤務なんて昇格だろ! 応援しなきゃな!」
そう言ってタロは赤ワインを一気に飲み干す。
「頑張れよリク! 本部勤務!」
リクは強く頷いた。
「……ありがとうタロさん。俺、頑張ります」
ふと、思い出して青ざめた。
「あっ……俺、ハンナに『農業村リリンに戻ってきたら付き合ってほしい』って言っちゃったのに! どうしよう、タロさん!」
タロは苦笑し、肩をすくめた。
「転勤みたいなもんだろ? こまめに連絡すりゃ大丈夫だ」
「恋愛のコツはな――相手を不安にさせないことだ」
「……はい。ありがとうございます」
リクは思った。
自分も、いつかこんな大人になりたいと。
──
泥酔したタロを家まで運び、布団に寝かせる。
「タロさんご馳走様です……おやすみなさい」
外へ出ると、湖の前にちょこんと座るダンさんの姿が見えた。
「ダンさん……デカダン達の送別会は終わったの?」
「そう! みんなでいちごチップス食べて、お腹パンパンで寝てる!」
「そっか。……横座るね」
二人で並んで座る。
「ダンさん……湖浄化されたけど水量は前の半分以下だね……」
「元の水量にはすぐに戻らないからな!
でも、自然は元に戻ろうとする! 雨が降って、水がたまり、生物が住めるようにまたなる!」
「でも……少し淋しいな……おいらここでずっと暮らしていたからさ」
「そっかぁ……ダンさんの故郷だからね」
リクは湖の草地へゴロンと横になった。
「俺もここに来て2年だけど、村の人優しくて、野菜美味しいし……
タロさんとサウナで整って星空見て……
それから……王都の瘴気、ダンさんと浄化して……
ハンナとドラコがこの村に来て、ハンナに恋して……
農業村襲撃されて……」
「いろいろあったね……ダンさん」
ダンさんはぽつりと呟く。
「おいらさ……今まで霊獣使いとあんまり暮らして来なかったからさ……
でも契約してるから……離れていても霊獣使いが亡くなったのは分かるんだ。
悲しかったけど泣くことなんてなかった……」
そして、ダンさんの目に涙がたまり始める。
「でも……おいら……リクが死んじゃうかと思って怖かったよ」
リクはゆっくり身を起こし、微笑んだ。
「大丈夫だよ。ダンさん……俺はずっといるから!」
「……」
ダンさんは自分で涙を拭き、いつものように大きく笑おうとした。
「ありがとう! リク!」
「明日から一緒に王都勤務だね……もう寝ようか、ダンさん」
夜は静かに流れ、湖面に星が散っていた。
続く




