第三章最終話 隣国の王
昼過ぎのノルディア。
エステルは窓辺で静かに両手を組み、祈っていた。
壁の時計に視線を移す。針は予定の刻をすでに過ぎている。
「……まだ報告がないということは――農業村は助かったのね」
胸を撫でおろしたエステルは、膝の上にいたヨセフの頭をそっと撫でる。
(もう……あんな悲惨な光景は、二度と見たくない)
――そのとき。
トン、トン、と扉が控えめに叩かれた。
(ハンナ?……違う。戻るには早すぎる)
エステルはそっと窓から外を確認する。
上空の朱雀の反応はない。霊獣の気配もない。
(一般人……?)
「どちら様ですか?」
「すみません……魚がたくさん獲れてしまって。よかったら貰っていただけませんか?」
覗き窓から確認した男は、ぼろぼろの上着にひげ。
バケツには確かに魚が入っている。
(……ノルディアの漁師さん?)
「どうぞ、開いていますよ」
ドアを開けると、男は人の良さそうな笑みを浮かべた。
そして――細い目がわずかに開き、青い瞳がのぞいた。
「……エステル后殿」
「──!!」
次の瞬間、潜んでいたカラスたちが一斉に飛び立ち、真っ黒に染めた。
───
「──ま!───様!」
「お母様!! お母様!」
遠くから誰かが呼ぶ声。
エステルはゆっくりと目を開けた。
視界には、心配そうに覗き込むハンナの顔。
「……ハンナ? 私は……寝てしまって……?」
エステルは椅子に座っており、あたりを見渡した。
日はすっかり暮れ、夜になっていた。
「お母様のお陰で、農業村リリンは無事よ! 村の人たちも守れたわ!」
「そう……良かった……」
「でも……ヤコブおじ様が言ってたの。
『霊獣使いの中に、裏切り者がいるかもしれない』って」
エステルは静かに息をのむ。
「……早く城に戻らないといけないわね」
立ち上がろうとしたとき、ハンナがエステルの手首を掴んだ。
「お母様、この……右手の跡、どうしたの……?」
「え……?」
手首には、何かに強く掴まれたような細い痣が残っている。
(いつ……?
外出してないはずなのに……)
「……どこかにぶつけたのかもしれないわ。気にしないで」
そう言って微笑むが、胸の奥に冷たいものが残っている。
「ハンナ、元気で。……リク君と仲良くね」
窓から入った夜風に髪が揺れた。
その足元に、どこからともなく数羽のカラスが舞い降りる。
エステルの姿は黒い影とともに夜空へ溶けていき、
残るのはかすかな羽ばたきの音だけだった。
───
王都、城内。
王族しか立ち入れぬ守護塔──麒麟の塔。
第二王子ルカの居住区は城の中心にあり、
国家機密と白霊米が厳重に保管されている。
胸騒ぎに目を開いたルカの耳に、霊獣[麒麟]の声が響いた。
「……ルカ。敷地内に何か入ってきた」
「侵入者か?」
「敵意は感じない。だが……王族の誰でもない」
ルカは息を呑み、即座に結界前へ向かう。
月明かりさえ届かぬ闇の中、麒麟は静かに第二結界を展開していた。
「来るぞ、ルカ」
その瞬間──影が、門の前に現れた
「……誰だ! そこを越えれば麒麟の裁きの光で──!」
しかし麒麟の結界は反応しなかった。
「なっ……!?
どうしてだ……なぜ結界が反応しない!」
闇を切り裂くように立つ影。
その顔に、ルカは戦慄した。
「……あなたは──」
「五年前の外交でお会いした。
リザエル王……!」
月光が顎髭と青い瞳を照らす。
「久しいね、ルカ殿」
声は紳士的だが、その奥底は氷の底のように冷たい。
「しかし……驚いたよ」
リザエル王は倉庫へ視線を向ける。
「白霊米が、まだ残っていたとは」
ルカの呼吸が止まる。
「霊獣の魔力を引き出す古代穀物。三百年前、我が国の祖先が……
サハラの霊獣が強すぎるがゆえに、産地すべてを焼き払ったはずだが?」
王は肩をすくめて笑った。
「なのに君たちは……王族だけが密かに持ち続けていた。ずるいじゃないか」
「力を独占し、繁栄を独り占めして……まぁいいか……人様の国の事だ……」
ルカの拳が震える。
「……何を企んでいる」
「企み? さてねぇ」
王の瞳は微笑みながらまったく笑っていない。
「しかし……農業村リリンなぜか壊滅が出来なかった……」
「本来であれば、村の壊滅がサハラ全土に一報が届いてるはずなんだけどね……また何かに邪魔されたかな……」
「マルコ王子は爪が甘いねぇ……隕石の時も、今回の件もだ……」
「マルコ……!?」
ルカが叫ぶが、王は軽く手を振るだけだ。
「さて。そろそろ終わりにしようか」
王は空を指で切る。
「ルカ殿──なぜ私がこんなに喋っていると思う?」
パン、と軽い音が響いた。
瞬間、世界がぐにゃりと揺れ、
ルカも麒麟も膝から崩れ落ちる。
「──君はこの会話を覚えていないからだよ」
王は振り返らず、白霊米の倉庫へ静かに消えていく。
もう一度。
パン、と手を叩く。
「よし。よくやった……我が霊獣」
「さあ、白霊米を持ち帰ろうか」
暗がりの中、王は薄く笑った。
「すべてはリザエルの未来のため。
皆が笑って暮らせる……平和な世界のためにね」
その横で細い影がゆらりと蠢いた。
第三章
農業村リリン死守編 完結
――そして物語は、新たな局面へ。
第四章
ダニエル救出編 へ続きます!
霊獣管理協会《本部》勤務となったダンさんとリク。
二人は新たに登場する霊獣使いの先輩とペアを組み、
行方不明となった指揮官・ダニエルの救出任務へ向かいます。
自国・第一王子マルコと、
隣国リザエル王の真の関係とは――?
そして、リザエル王の目的、
霊獣と能力に秘められた謎が、徐々に明らかになっていきます。
ダンさんとリクの新たな戦いと成長を、
どうぞお楽しみに♪
続く




