第25話 本部勤務を命ずる
夕暮れの村に、橙色の光がゆっくりと沈みはじめていた。
ヨハネは、ペテロとサライから聞いた湖の異変の報告を静かに聞き終えると、深く眉間に皺を刻んだ。
ダンさんはいつものようにリクの肩の上で丸くなっている。
「リク……おいら今日つかれた……」
「そうだね……俺も、ちょっと疲れたよ」
ひと息ついたところで、ヨハネが二人の前に歩み寄る。
その瞳は、いつもの穏やかさとは違う、沈んだ決意を帯びていた。
「リク君……少し時間をくれ。ダンドドシンもだ」
「はい!」
「おいらも!?」
ヨハネは短く、しかし重く告げた。
「リク=サクラ。そして霊獣ダンドドシン。
──明日より、霊獣管理協会《本部》への勤務を命ずる」
「えぇっ!? おいらも!?」
「……」
「一時的な措置だ」
ヨハネは視線を外さずに続ける。
「戦争を企てた者が毒と解毒剤を持ち去った可能が高い……。
もしそれが国のどこかで使用されれば──農業村リリンに留まる君たちでは、間に合わない」
リクは息を呑んだ。
「王都はすべての中心だ。
何かあれば、すぐに派遣ができる」
そして、静かに言葉を重ねる。
「……もう一つ。これは、君たち自身の安全のためでもある」
「……俺たちの?」
「今回の襲撃は、ダンドドシンの《浄化能力》が狙いだ。
毒と解毒剤──両方が揃えば、それは最悪の兵器になる。
だが……君達がいれば、それは成立しない」
ダンさんが小さく震えた。
「えぇ……」
「だから……また狙われる可能性が高い。
今回は予知夢が救ったが、次は……間に合う保証はない」
言葉のひとつひとつが、冷たい現実として胸に落ちる。
「本部には腕の立つ霊獣使いたちが揃っている。
簡単には手出しできまい」
「住まいも用意しよう。まずは身柄の安全を確保することが最優先だ」
リクは拳を握りしめ、ゆっくりと頷いた。
「……わかりました」
ヨハネは深く頷き返す。
「明日、教会の前で合流しよう。
──村人たちにも伝えておきなさい」
リクは頭を下げた。
「リク……おいら、リリン村の畑……デカダン達に引き継ぎしないと……休めない……」
リクはダンさんと共に村を歩く。
浄化が終わった南の畑は、毒は消えたものの、作物はすべて茶色く枯れていた。
教会の窓ガラスは割れ、村人たちはまだ疲れた顔のまま、片付けを続けている。
「リク!! 良く浄化できたな!」
タロが駆け寄ってくる。
「タロさん……!?」
「腕どうしたの?」
タロの右肩から右手にかけて包帯が巻かれていた。
「釣り竿振りすぎて、脱臼してな……」
「俺凄いだろ!魔物バンバン倒したんだぞ!」
「タロさん……」
(村の中心にも魔物が……来たんだ)
リクは拳をぐっと握りしめる。
「リク君とダンさんだ!」
子供達が集まってくる。そして養鶏場のマダムがゆっくり歩み寄ってきた。
「奥さん……腕……」
良く見ると、大きなかさぶたのような傷跡が見えた。
「いや……久しぶりに熊とか狼退治しただけよ……不死鳥の魔法のおかげですぐ直ったわ」
「皆……」
「なぁ……村人の皆の力、信じてよかっただろ?」
タロはニカッと笑う。
「ダンさんが浄化の魔法使ってくれたから、リリン村は救われたんだ」
「野菜は全部、変な毒のせいで枯れちまったけどさ……」
「また、リリン村の野菜カレー作ろうな」
リクは目線をそらす。
「あの……その…実は」
「明日から本部勤務になったんだ……一時的にだけど」
「そうなのか……」
胸が重くなり、息が少しだけ詰まる。
「なんだ!昇格じゃねぇか!」
タロはニコッと笑う。
「えっ……」
「本部勤務おめでとうリク!」
肩をバンバン叩かれる。
養鶏場のマダムがリクにハグする。
「頑張ってリク君」
「奥さん……」
「リク君!頑張って!」
「僕たち、村元通りになるように頑張る!」
(……本当はさ。村をちゃんと元に戻してから行きたかったよ……)
「じゃあ!リク!今日の夜は俺の家で飲み付き合えよ!」
「ありがとうタロさん」
───
夕暮れの湖面を覗き込むと、空の色と同じ鈍い橙が揺れていた。
リクは空を仰ぐ。
胸の奥に、言葉にならないざわつきがある。
リリン村の危機は退けた。
命も、家も、守れた。
それなのに──。
(……なにかがおかしい。まだ終わってない。
もっと大きな……見えない何かが動いてる……)
風が冷たく吹き抜け、背筋を押す。
その時、ふいに、誰かに見られているような感覚がリクを包んだ。
(……また、来る。絶対に)
「……これから、何が起きるんだ……?」
リクの呟きは、湖へと静かに溶けていった。
続く




