第4話 農業村リリン
三日かけてたどり着いたのは、湖のほとりに広がる小さな村――農業村リリンだった。
深い緑に包まれた静かな土地。風は柔らかく、土はふかふか。
湖面は朝日にきらめき、畑の作物がその光を受け止めていた。
「ここが俺たちの家な。ログハウス! 湿気多め、日当たり良好!」
「……すごい。空気が澄んでる」
湖のすぐそばに建てられたそのログハウスは、木のぬくもりにあふれ、居心地が良かった。
ダンさんが自力で耕した畑には、すでに元気な芽が列をなして顔を出している。
隣に住んでいたのは、釣り人のタロさんというおじさんだった。
ゆるい笑顔に眠そうな目、そして驚くほど魚に詳しい。
「交換しようぜ。こっちのニジマス三匹、おたくのトマト三つと」
「そんな交渉が……成立する村なのか……」
気づけば、タロさんは俺たちのキッチンでニジマスを調理しはじめていた。
オリーブオイルを垂らし、ジュウと音を立てて焼かれるニジマス。
皮がパリッと焼き上がり、香ばしい匂いが漂ってくる。
「いやあ、嬉しいな! 霊獣使いを見るの、初めてだよ」
「ダンさんはいつも魚の骨でいいって言うけど……せっかくだから、みんなで取れたてのニジマス食べよう」
カリッと焼き上がったニジマスに塩を軽くふる。
ダンさんの畑で採れたトマト、キュウリ、レタス。チーズが二種に、全粒粉のパン。
並べられた食卓は、まるで絵本の一場面のようだった。
「では……」
タロさんは白ワインを、俺はぶどうジュースを。
ダンさんは水筒の水をちょこっと掲げた。
「リク君! 農業村リリンへ、いらっしゃ~い!」
「かんぱーい!」
歓迎の宴が、ログハウスの木の香りとともに始まった。
俺はトマトにかじりつき、思わず声を漏らす。
「……このトマト、味が濃い。甘いだけじゃない。……ちゃんと、生きてる味がする」
「だろ? 土ってのはな、生きてるんだよ。魂がある。声がある!」
ダンさんが誇らしげに胸を張った。
野菜嫌いだったはずの俺が、気づけばレタスもキュウリもばくばく食べていた。
ふと、タロさんが口を開いた。
「ダンさん、王都にスパイスってあった?」
「あったぞ。シナモン、ターメリック、チリも。訓練抜け出して買ってきた!」
その言葉に、タロさんの目が輝いた。
「リク君! 今度、魚と野菜でスパイスカレー作ろうよ! 夢だったんだ、うまいカレーを作るのが!」
「……」
(たぶんこの人、日本人の転生者だな……)
───
昼食後、タロさんが言った。
「うちに風呂あるから、入っていかない?」
「お風呂……?」
案内されたタロさんの家は、同じくログハウスだった。
木のテーブルとイス、コーヒードリップセット。壁には釣り竿が十本、丁寧に飾られている。
清潔で、必要なものだけが整った暮らし。
「風呂、こっち」
勝手口の外、小さな小屋が二つあった。
「向こうがサウナ」
「手前が風呂」
ドアを開けると、ふかふかのおがくずが敷き詰められていた。
「酵素風呂だよ」
「酵素……風呂?」
「ヒノキのおがくずに、微生物を混ぜて発酵させてる。発酵熱でじんわり温まるんだ」
タロさんが木の棒でおがくずをかき混ぜ、温度のちょうど良い場所を教えてくれる。
「じゃあ……失礼します」
腰にタオルを巻いて、横になる。
上からふんわりとかけられるおがくず。
(あったかい……木の香りに包まれて……なんだこれ、癒される……)
しばらくして、隣にタロさんも潜り込んでくる。
「異世界スローライフ、最高だろ?」
「……最高ですね。酵素風呂」
───
二十分後。
「タロさん、そろそろ出ますね……ちょっと暑くなってきた」
「じゃあ水風呂行くか」
「水風呂……?」
ニヤリと笑うタロさんが、窓の向こうを指差した。
――湖だった。
「ウォーー!!」
俺は全力で桟橋を駆け抜け、勢いよく湖へ飛び込んだ。
「いえーーーい!!」
──バッシャーン!
水中に沈みながら、そっと目を開ける。
透き通った湖底まで、どこまでも見える。
太陽の光が差し込み、水中で揺らめいている。
まるで、光の階段――天と地をつなぐ道のようだった。
(……綺麗だ)
火照った身体を包み込む、冷たい水。
顔を出し、息をつく。
「ぷはぁーっ!」
そして、空を見上げながらつぶやいた。
「異世界スローライフ、サイッコー!!」
湖に浮かびながら、目を閉じる。
鳥のさえずり、森の匂い、水面のゆるやかな音。肌を撫でる太陽の光、心を包む静けさ。
(前の世界では、“生きてる感じ”なんてしたことなかった)
(でも、今は違う。ちゃんと――生きてるって思える)
「世界って……こんなに綺麗なんだな」
「俺、今、幸せだ……」
心の奥から、温かいものがじんわりと広がっていった。
これが、“生きる”ってことなんだ――。
続く
登場人物紹介
◎タロ=ミシェル 45歳 177cm
農業村リリンの釣り人。リクの隣人
リクと同じく日本からの転生者で、前世の名は太郎
主人公のリクの前世の咲夜はタルトタタンの別作品で出てきます↓
【日間16位】AIの僕だけど、君に触れたい〜消える僕が、最初で最後の恋をした〜「改稿版」
釣り人タロさんは
この作品の主人公太郎が異世界転生した続編です↓
死んだ俺、異世界ハーレムに転生せず、家族といつもの夕飯食べるだけの3日間
お時間ありましたら是非ご覧下さい♪