第10話 王都所属の霊獣および霊獣使い、全滅を確認
バサッ……。
ナナは農業村リリンのわずか1キロ手前で落下していた。
瘴気を吸い、翼が痺れて全身の感覚がなくなっていた。
しかし、くちばしにくわえた真っ赤な手紙は絶対に離さなかった。
「ヒュ……ヒュ……」
浅い呼吸が続く。
朦朧とする意識の中、ヤコブの声を思い出す。
『もう一度言う……農業村リリン……霊獣ダンドドシンに……』
『届けろ』
ナナはゆっくりと目を開けた。
最後の力を振り絞り高く飛び上がる。
────
早朝――。
空がまだ青白くにじむ頃、突風のような音を立てて、
伝書バト霊獣・ナナがログハウスのテーブルに落下した。
泡を吹きながら、全身が痙攣していた。
「おい……大丈夫か!?」
リクが駆け寄ると、ナナは最後の力で、真っ赤な手紙を差し出した。
そして、穏やかな顔をした後、
───静かに目を閉じた。
「おい! ナナ!」
リクが叫ぶ!
タロさんがナナにそっと触れる
そして、首を横に振る
「リク君、この子亡くなってるよ……」
「えっ…!? 何があったんだ……」
「……まさか」
封を破ったリクの手が震える。
紙面には、信じがたい言葉が綴られていた。
「王都の霊獣と霊獣使いが、全滅……?」
室内の空気が凍りついた。
「嘘だろ……。王都には瘴気を無効化したり、回復魔法が使える霊獣が、配備されてたはずじゃ……」
隕石から漏れ出す“瘴気”は、魔物の比ではなかった。
それは霊獣すらも打ち倒す、未知の災厄だった。
沈黙のなか、ダンさんだけがじっと手紙を見つめていた。
リクが読み進める。
「現在も瘴気は拡大中……国家全域に危機が迫るため、全国の霊獣と霊獣使いに、緊急徴集を命ずる」
手紙を持つ指が、わずかに震えた。
「無理だよ……王都の精鋭たちが全滅したんだ。ダンさんが行っても、きっと……」
リクが顔を上げたとき、そこには、
いつもの“親しみやすいダンさん”ではない、
戦う者の目をしたダンさんがいた。
「リク。……おいら、行く!」
「なんでだよ! 王都の奴ら、ずっとダンさんを見下してたじゃん!」
それでも、ダンさんは静かに言った。
「守らなきゃ。王都も、この国も!」
「おいらは、“霊獣使いの霊獣”だからな!」
「でも、あそこは乾いてる。前に行ったとき、干からびかけただろ!」
懸命に止めようとするリクに、ダンさんは一歩前へ出た。
そして、声を張る。
「リク、よく聞け!」
「おいらはな――」
「この国でいちばん地味で、
ちっこくて、見た目も冴えない霊獣だ!」
「でもな。三百年――生きて、耐えて、守ってきた!」
「これでも、“霊獣ダンドドシン”だ!!」
その背に、確かに誇りが灯っていた。
「……」
「わかった! ダンさんが行くなら俺も行く!」
(怖い……すごく怖い……足が震える…)
(でも……)
拳をグッと握る
「俺は……もう逃げないって決めたんだ!」
───
ダンさんが地に手を触れると、地の底から地鳴りが響く。
無数のダンゴムシたちが地中から姿を現し、何千、いや何万もの小さな甲殻が、静かに列をなす。
親分の旅立ちを、ただ見守るために。
列の先に進み出たのは、霊獣・デカダンだった。
「親分……本当に、行くんですね」
「ああ。ここの土と湖の浄化は、お前に託したぞ!」
「お前も九十年経てば、“霊獣使いの霊獣”になれる。胸張って生きろ!」
「……親分。もしものときは、俺が“次の長”になります」
そう言って差し出されたのは、一枚の葉のような物だった。
「これ……いちごチップスじゃねえか!」
「最高級品っす。――戻ってきたら、一緒に食べましょう」
「……デカダン。お前、ほんといいやつだなぁ!」
ふたりは、足を合わせた。
――甲殻同士の、誓いの音が響いた。
───
「おーい!」
タロさんが霊獣ナナを抱えて駆けてくる。
「間に合った! リク君、これ持ってって!」
手渡されたのは、水筒ひとつ。
「これは……?」
「湖の力を凝縮した“聖水”。どんな瘴気でも浄化できる、お守りさ」
「……タロさん、ありがとうございます」
「無事に帰ってこいよ。……ずっと、待ってるからな」
ダンさんとリクは湖で水を補給し、背中にタンクを背負った。
そして――王都へ向け、駆け出した。
──
農業村リリンを出発してから24時間後。
ダンとリクは王都に到着。
風が止まり、空気が乾く。
王都は、灰色だった。
音が、ない。
人の声も、鐘の音も、パン屋の甘い匂いも。
かつて国の中心だったその地は、まるで――死んでいた。
ただそこに、確かにある。
目には見えない瘴気の気配。
立っているだけで胸がざわつき、心臓が軋む。
リクは、唾を飲み込む。
「……ダンさん。本当に、やるの?」
ダンさんは、迷いのない目で言った。
「おいらが、この国を守る!」
続く