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街路樹の裏側

作者: 青空青猫

通勤路に並ぶ街路樹を歩いているときのことだった。

いつもの、見慣れた風景だ。

何気なく木の側を通り過ぎた瞬間、視界の端。

黒い何かが幹に張り付いていたような気がした。反射的に、思わず振り返った。



そこにいたのは――小さなおじさんだった。



子泣き爺――赤子の鳴き声で人を呼び寄せる老人。動けなくなったというその老人を哀れに思い、背負うとどんどん岩のように重くなり、振り落とすことができなくなる妖怪――が頭をよぎったが、勿論実際に見たことはない。けれどなぜか、彼の姿はまさに「それ」だと確信させるものがあった。背丈は子どもほどしかない。しわだらけの頭を木の幹に押し付けるようにして、じっと動かない。


不思議なことに、そのおじさんは前からは見えない。通り過ぎてから、背後に何かの“影”を感じて振り返ったときにしか、姿を確認できないのだ。


最初は見間違いかと思った。

しかし、それは毎日のことだった。


街路樹の一本一本、すべての幹に——同じような小さなおじさんがぴたりと張り付いている。ずらりと並んだその数は、軽く十を超える。長い通りなんか振り返るのもおぞましいほどだった。


おそるおそる声をかけてみたが、全く反応がない。試しにとんとんと叩いても、微動だにしない。まるで生きていない彫像のように、顔を幹に埋めたまま、ぴくりとも動かない。息をしているのかさえ、わからなかった。


しかも、周囲の誰もその存在に気づかない。

すれ違う人々は、幹に張り付く奇妙な存在に視線を向けることなく、通り過ぎていく。

知らないふりをしているのかもしれないと、しばらく行き交う人々を観察していたがおじさんが張り付いた街路樹を振り返る者はいなかった。


気づいているのは、どうやら——自分だけだった。



しかし数日も経てば、気味の悪さは残るものの、そこにあるのが当たり前のような感覚になっていった。人間というものは慣れる生き物だと実感しながら、日常に戻りつつあった。


---


ある日。


「……あれ?」


いつものように街路樹の影で“彼ら”を見たとき、私は異変に気づいた。




「こんなに………大きかったっけ……?」




おじさんの体が、

少し大きくなっているのだ。




最初は子どもほどだったはずが、今では明らかに小柄な成人男性くらいの大きさになっていた。しかも、一体だけではない。すべての“おじさん”が、少しずつ、確実に成長している。


それに比例するように、彼らの存在感も変わってきていた。

木に押し付けられて見えなかった顔が、わずかにはみ出ている。目や鼻までは幹で見えないが、横から見ると口元だけが少し見えるようになっている。

その口元は、不自然に笑っているように見えた。


やはり動く様子はなく、ただただじっとそこにあるだけだ。



なぜ成長しているのか。

彼らは、一体何だ。

そもそも“彼ら”は、なぜそこにあるのか。



---


次の日、私は恐怖心に負けて、遠回りして街路樹の並ぶ通りを避けた。


けれど、それでも安心はできなかった。

家に帰る途中、街角の公園の脇にある一本だけの街路樹を通りがかったとき——




影が動いた気がした。




振り返ると、そこにも“おじさん”はいた。

そして、確かに——こちらを向いていた。


幹から半分ほど顔を出し、ぎょろっとしながらもねっとりとした瞳で私を見つめ、ニィ……と笑ったままのその口が、静かに動いた。


「……みつけた。」


声は聞こえなかったが、口の動きが確実に、そう呟いていた。


ぞわりと背筋が凍った。


瞬間、私は走った。

前のみを見つめて、家を目掛けて走った。

振り返ることはできなかった。


息も絶え絶えに、玄関に入り鍵を閉め、そのままへたり込んだ。

心臓の音が大きい。

汗もかいているが、これは冷や汗だ。

手も足も震えてしばらく動けそうにない。


ようやく呼吸が整ってきたので、そっと玄関モニターを確認したが、おじさんがついてきている様子はなかった。


だがそれ以来、

どこへ行っても、彼らの気配がある。

視界の端に、気配が。

何かを通り過ぎた瞬間に、影が。

そして、振り返ると——すぐ、そこに。

いるんじゃないかという恐怖。


彼らは日に日に大きくなっている。

そして、確実に——私の方へ、近づいてきている。



---


次に振り返ったとき、もう木の影にはおじさんはいないかもしれない。

もう、私のすぐ後ろに立っているのかもしれないから。


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