【9話】無力な自分 ※ティオール視点
十二年前。
ベルドゥム帝国の辺境には、貧しい男爵家が暮らしていた。
男爵家には三人の令息がいた。
長男と次男は、これといった特徴もないどこにでもいるような人間だった。
しかし、十二歳の三男だけは違った。
彼の名はティオール。
とてつもな魔法の才に溢れた、特別な人間だった。
だが周囲の人間は、特別な人間であるティオールを拒絶した。
力を恐れるあまり気味悪がって、関わろうとしない。
家族や使用人は、ティオールから離れていった。
だが彼は決して、孤独ではなかった。
たった一人だけ、仲良くしてくれる少女がいた。
名前はシンシア。
近くの平民街で両親と三人で暮らしている、八歳の少女だ。
黒い髪に、青い瞳をしている。
顔立ちは人形のように美しい。
趣味は料理作り。
彼女が作ってくれる野菜スープは、本当に美味しかった。
「すごーい! ティオは天才だね! もっと魔法を見せて!!」
シンシアだけは、ティオールを気味悪がなかった。
瞳を輝かせて、いつも褒めてくれた。どんなときも笑顔で側にいてくれた。
シンシアだけが救いだった。
もしも彼女がいなかったら、ティオールはずっと孤独のままだった。
孤独は人間を殺してしまう。
ひとりのままだったら、とっくに心が折れていただろう。
いつでも側にいてくれたシンシアに、ティオールは惹かれていた。
ずっとこのまま彼女と一緒にいたい。
彼女を守れるような男になりたい。
そんなことをずっと思っていた。
しかし、そんなある日。
ささやかながらも幸せだったティオールの日々は、唐突に終わりを告げる。
シンシアの家に盗賊が入った。
家族は全員殺されてしまった。
全員というのは父親と母親と、そして、シンシアだ。
「うわあああああ!!」
知らせを聞いたティオールは泣き叫ぶ。
シンシアが死んだ――その現実に耐えられなかった。
唯一の心の支えを失ったティオールは、深い絶望の底へと叩き落された。
ティオールはそれから、五日間ずっと部屋に閉じこもっていた。
最初の三日間は、ひたすらに泣きわめいた。
最後のほうになると涙さえ出てこなくなったが、それでもずっと叫んでいた。
四日目になると、シンシアの家を襲った盗賊を恨んだ。
彼女を奪った相手をどうしても許せなかった。
そして最後の五日目は、自分を恨んだ。
シンシアを救えなかった、ちっぽけで無力な自分が悔しかった。
「俺は……強くなりたい!」
ちっぽけな自分から、強い自分へと生まれ変わる。
ティオールは強く決心した。
その数日後。
家を出たティオールはアズーリ王国へ単身渡った。
生まれ変わるために。
シンシアを救えなかった無力な自分と決別するために。