【8話】もうここにはいられない
夕方。
レティスは家に戻ってきた。
手にはいっぱいのキノコが入っている袋を持っていた。
「あれ、今日は早かったのね」
テーブルに座っているティオールに声をかける。
いつもはもう少し帰ってくるのが遅い。
今日の仕事は、早く終わったのだろうか。
「すぐ夕食にするから、ちょっと待っててね。そういえば今日は、たくさんのキノコが採れて――」
「漆黒の影のラットンという男がきた」
「――!?」
飛び出してきたのは予想外の言葉だった。
レティスの表情が凍る。
「君が終われている訳を聞いたよ。辛い思いをしたな」
「……ッ!」
拳を握ったレティスはティオールに背を向けた。
出口へ向かっていこうとする。
「出ていく必要はない。ラットンは漆黒の影と君に関する記憶を消してから、衛兵に身柄を渡した。それと、ここの結界を強化した。追跡することはできない。だから安全だ。君はこれからもここで暮らしていていい」
「そういう問題じゃないわ!」
振り返ったレティス。
瞳にはいっぱいの涙をためていた。
「私は帝国の汚れ役なの……もう何人も仕事で人を殺してきた! この手はたくさんの血で汚れている! あなたにそこまでしてもらうような価値はないの!」
レティスは人殺しだ。
その過去はもうどうやっても消えない。
まっとうな人間ではない。
ティオールに守ってもらうような価値なんてない。
もっと早く出ていくべきだった。
でも、ここでの生活が楽しすぎた。
だからつい、昔の自分を忘れてしまった。
まっとうな人間として生きようとしてしまった。
(私、なんて愚かなのかしら……)
レティスはもう一度背中を向けた。
「今までありがとう。……短いけど、あなたとの暮らしはとっても楽しかったわ。私の宝物よ。一生忘れない」
これでもうティオールとは会うことはない。
だから最後にレティスは、心に思ったことをそのまま伝えた。
「ばいばい」
歩き出そうとする。
だが、ティオールに後ろから手を掴まれた。
「頼むから待ってくれ。ここに居てくれないか」
「…………どうして」
レティスの声は震えている。
瞳からは涙がこぼれ落ちていた。
「おかしい……かな?」
「おかしいわよ! そんなの絶対ヘンだわ!」
苦笑いするティオールに、レティスは力いっぱい叫んだ。
「どうしてそこまで私のことを気にかけてくれるのよ! さっきも言ったでしょ! 私にはそこまでする価値はないって!」
「…………君のためじゃない。これは俺のためだ」
ティオールが下を向く。
「あの日の――彼女を救えなかった罪滅ぼしなんだ」
「……どういうこと?」
それからティオールは、自らの過去をゆっくりと語り始めた。