【7話】追手 ※ティオール視点
家にひとりでいるティオールは、楽し気な笑みを浮かべた。
レティスがここで暮らし始めて二週間。
かなりこの生活に馴染んでいるように思える。最初に比べると大違いだ。
さきほどフィードと一緒にキノコを採りに出かけていったレティスは、笑顔で森へ出ていった。
馴染んでいるという確かな証拠だ。
「しかしレティスはいったい、何者なのだろうか」
レティスは大怪我を負って森に倒れていた。
訳アリということだけはわかる。
だが、そこまでだ。
詳しいことはなにひとつとして掴めていない。
(でも、レティスに聞いたって答えてくれないだろうし……今は気長に待つしかないか)
なかなかに難しい性格をしているレティスのことだ。
変に聞いても怒らせてしまうだけ。ここは時間がかかろうとも、彼女から話してくれるのを待った方がよさそうだ。
「……と、考えごとをしすぎた。そろそろ仕事にいかないとまずい」
ティオールの職業は冒険者だ。
依頼を達成した報酬金で生計を立てている。
これから向かおうとしている場所は、近くにある小さな田舎町――バテランにある冒険者ギルドだ。
そこで依頼を受けて、指示された目標を達成すれば報酬金を貰える。そういうシステムだ。
ティオールは家を出た。
そうして数歩歩いたところで、足をとめた。
「なんだアイツは?」
黒い装束を着た見知らぬ男が、家の周りをうろついている。
しきりに顔を動かしている。なにかを探しているようだ。
(……怪しいな)
男のもとへ、ティオールは近づいていく。
「ここでなにをしているんだい? 俺の家に用かな?」
「女を探しているんだ。レティス、という黒髪の女。しかもとびっきりの美人だ。知らないか?」
「……さぁ。知らないな」
男からは危険な匂いがする。
レティスのことをとっさに隠した。
しかし。
「嘘はいけないな。あんたとその家から、ヤツの匂いがプンプンするぜ!」
へっへっへ、と不気味に笑った男。
自らの鼻に指でさした。
「俺は鼻が利くんだ! 普通の人間の何倍もな!」
「……お前、何者だ?」
「俺はラットン! ベルドゥム帝国の裏組織、漆黒の影のひとりさ!」
「……漆黒の影」
噂程度だが、ティオールはその名前を知っていた。
ベルドゥム帝国の裏組織で、帝国の敵を秘密裏に排除することを目的としている組織だ。
「漆黒の影がなぜレティスを追う? 彼女は帝国の敵として認定されたのか?」
「正解! 俺はヤツを殺しにきたのさ!」
ラットンの口元がニヤリと上がる。
「レティスも元は俺と同じ、漆黒の影のメンバー。だが、ヤツは強すぎた。上層部はその力を危険視したんだ。そして俺たち漆黒の影に、レティスの抹殺を命じた。だが、しくじった。襲撃チームのザコどもが、ヤツを仕留め損ねたんだ。上層部は今、必死になってレティスの行方を捜している。……ま、俺以外のヤツに見つけられる訳がないがな。つまり、だ!」
ラットンが一歩踏み込んだ。
指をピンと立てる。
「今レティスを殺せば俺は上層部に恩を売れて、大きく出世できるのさ! これはチャンスだ! ヤツには逃げられたがかなりのダメージを与えたって、襲撃チームが報告が上がっていたからな。それだけの傷なら、まだ完治はしていないはずだ。弱っている今のヤツなら、俺でも倒せるぜ!」
「お前はこの場所のことを誰かに話したのか?」
「ハッ、バカかお前。そんなことするわけないだろ。この手柄は俺ひとりのものだ。誰にも分け与える気はない」
「つまり、お前以外はレティスの場所を知らないのか。それを聞いて安心したよ。……にしても、ずいぶんと気前よく教えてくれたね」
「俺はもうすぐ出世できる! 今は最高に気分がいい! 誰かに話したくてしょうがなかったんだよ! それによ……」
ラットンがナイフを取り出した。
ティオールへ切っ先を向ける。
「お前は今から俺に殺されるんだぜ? 死ぬヤツに何を喋ったところで問題なんてねぇよ!!」
ナイフを持つ手を振り上げたラットンが、ティオールめがけて振り下ろしてきた。
素早い動きだが、ティオールはその動きを完全に見切っていた。
ティオールの身体機能は、魔法によって底上げされている。
ラットンの素早い攻撃も、止まっているのと同じだった。
「俺の攻撃を避けただと!?」
襲いくるナイフを、ティオールはひらりとかわした。
驚愕しているラットンへ片手を突き出す。
「【エアブラスト】」
ティオールが放ったのは空気の塊。
とてつもないスピードで飛んでいく。
「グハッ!」
空気の塊がラットンに直撃した。
遠くまで吹き飛ばされていく。
「片付いたな」
ティオールは地面に倒れたラットンのもとへ近づいていく。
ラットンは白目を剥いている。
完全に気を失っていた。
「実力差を測る嗅覚を持ち合わせていないとは、せっかくのよく利く鼻もこれではとんだ宝の持ち腐れだな」