【5話】フェンリル
ティオールと暮らし始めて一週間。
レティスはすべての家事を、完璧にこなせるようになっていた。
もう失敗なんてしない。
そんなレティスを、ティオールは毎回褒めてくれた。
それは悪い気分ではなかったが、同時に少し恥ずかしかった。不思議な気分だ。
ただともかく、ここでの生活は悪いものではない。
少なくとも漆黒の影にいたときの、殺伐としていた日々よりはずっといい。
これからもずっとそうしていきたい、なんて思っている。
その日の朝。
レティスとティオールは、テーブルに向かい合って朝食を食べていた。
「今日は君に、新たな仕事を授けようと思う」
ティオールの口元が楽しそうに上がった。
「……別にいいけど、なにをさせるつもりよ?」
「食材調達だ。森に生えているキノコを採ってきてほしい」
「悪いけど、キノコの種類には詳しくないの。間違えて毒キノコを採ってきちゃうかもしれないわ」
「それは大丈夫。心強い先生をつけるから」
「先生?」
レティスが首をかしげると、同時。
ドンドンドン! と、激しい音が出入り口のドアから聞こえてきた。
力いっぱいに体当たりでもしているかのような、すいぶんとぶっきらぼうなノックだ。
「おっと、噂をすればちょうどきたようだな」
ティオールが席から立ち上がる。
ご機嫌そうに玄関まで歩いていき、ドアを開けた。
瞬間、レティスは青色の瞳を大きく見開いた。
「嘘……フェンリルだわ」
そこにいたのは、銀色の毛並みをもつ巨大な狼――フェンリルだった。
フェンリルはとてつもない力を持っており、神獣とも言われている。
さらには、めったに人前に姿を現さないこでも有名だ。
(……すさまじい雰囲気ね。圧倒的な力を持っているわ)
こうしてフェンリルを見たのは初めてだ。
並々ならぬ雰囲気を纏っている。
神獣の名に恥じない、強大な力を秘めていた。
「コイツは俺のペット、フィードだ。この森の中で暮らしているから、キノコには詳しいよ。彼を連れていけば間違いはない」
「誰がペットだ。我と貴様の関係は契約で結ばれた由緒ある――」
「はいはい。難しい話はしなくていいよ。そんなことよりもさ、レティスに挨拶してきたらどうだ」
「……まったく。貴様というやつは」
ため息をついたフィードは、ゆっくりと足を動かす。
レティスのすぐ手前までやってきた。
「そなたがレティスだな。ティオールから話は聞いている。我はこのグドラの森に住まうフェンリル、フィードだ。よろしくな」
「……えぇ。こちらこそ」
まだ事態を受け止めきれていないレティスは、困惑しながら返事をした。