【4話】褒められるのも悪くない
翌日。
レティスはティオールと一緒に家事をすることになった。
言いなりになるのは負けた気がして悔しいが、家主の意向に逆らう訳にはいかない。
反感を買って家を追い出されてしまうのはマズい。ここは言うことを聞くしかなかった。
「まずは掃除からだな。いいかレティス。ホウキは軽く持つんだ。そっとだ。決して、力を入れすぎてはいけないよ」
「そんなに言われなくたってわかってるわよ!」
唇を尖らしたレティスはホウキの持ち手をそっと握る。
昨日よりもずっと力を落としていた。
「そうしたら、床の隅から優しく掃いていくんだ」
ティオールに言われた通り、部屋の角から掃いていく。
ここでも力をこめずに、優しくやってみた。
「いいぞ。その調子だ!」
隣で見ているティオールから明るい声が飛んでくる。
個人的にはもっと力を入れた方がいい気もするのだが、反応からしてこれでいいらしい。
掃き掃除が終わった。
今度は拭き掃除だ。
「まずは俺が手本を見せる」
雑巾を持ったティオールが、窓ガラスを拭いていく。
隅から隅まで丁寧に、そして優しく手を動かしていた。
「こんなもんだな。次はレティスがやってみてくれ。今の俺と同じようにやるんだ」
頷いたレティスは、雑巾を手に持った。
ティオールの動きと同じようにして、隣の窓を拭いていく。
その動きは、ティオールとまったく同じ。
寸分たがわず、少しの狂いもない。
真似というよりも、それよりもはるかに上。
完全なるコピーだ。
それは、レティスだからこそなせる技だった。
一度見ただけで相手の動きを完全再現できる――それが生まれ持ったレティスの才能だった。
「おぉ……!」
ティオールが感嘆の声を上げる。
動きを完全にコピーしているレティスの動きに、大層感心していた。
「一度見ただけでここまで完璧に再現するなんて……君はすごい能力を持っているね!」
ティオールの金色の瞳がキラキラと輝いた。
レティスは無言。
こういうとき、どういう反応していいのかがわからなかった。
だから知らんぷりをして、雑巾を持つ手を動かし続けた。
すべての窓をふき終えた。
次は料理だ。
テープルの上を見れば、じゃがいも、にんじん、鶏肉が乗っていた。
「これが今から使う食材?」
「あぁ。シチューを作ろうと思う。まずは野菜の皮むきだからだ。やり方を見ていてくれ」
料理作りも、さきほどの窓ふきと同じ手順で進んでいく。
ティオールが手本を見せた後に、レティスがそれを実践するというやり方だ。
料理作りはトラブルもなく、順調に進んでいった。
「完成だ!」
シチューが完成した。
牛乳の白色が鮮やかだ。
おいしそうな見た目をしている。
「さっそく食べよう!」
皿によそったシチューを持った二人は、テーブルに向かい合って座った。
レティスはスプーンを手に持つ。
シチューを少しすくって、口に入れた。
「……おいしい」
思わず声が漏れる
こんなにもおいしい料理を食べたのは、これが初めてだった。
ティオールと一緒に作った料理は、自分でもびっくりするくらいのできばえとなっていた。
「ものすごくおいしいよ!」
立ち上がったティオールがレティスへ手を伸ばした。
レティスの頭を優しく撫でる。
「掃除も料理も完璧だ。よくできました。これからもよろしく頼むね」
にこやかに笑って手を動かすティオールを、レティスはぼーっと見ていた。
(仕事以外で褒められるなんて、これが初めてね)
これまでにも褒められたこと自体は数回あった。
難しい任務をこなすと、漆黒の影のリーダーが褒めてくれた。
でも褒められたところで、レティスはなにも感じなかった。
けど、今は違う。
こうして褒められ頭を撫でられると、温かい気持ちが湧いてくる。
なぜだろうか。
理由はわからないが、悪い気分ではなかった。