【10話】レティスの選択
レティスはなにも言えなかった。
ティオールの過去は、あまりにも壮絶。
どんな言葉を返すべきなのかわからなかった。
「シンシアの外見に君はそっくりだ。森で倒れている君を見たときは、本当に驚いたよ」
「……悪いけど、私はシンシアじゃないわ。子どもの頃に、あなたと会っていた記憶がないもの」
ティオールと会ったのは二週間前だ。
それが最初。八歳の頃に会っていた記憶はない。
「それに私には、家族がいないわ」
レティスは親の顔を知らない。
赤子のときに捨てられ、ものごころについたときには既に漆黒の影にいた。
家族なんて初めからいなかった。
三人で過ごしていた過去も両親を殺された過去も、あるはずがなかった。
「わかっている。シンシアは十二年前のあの日、盗賊に殺された。君はよく似ているだけの別人だ」
悲しそうに呟いたティオールは、レティスを見て小さく笑った。
その笑顔は優しい。でも、今にも壊れそうなほど不安定だった。
「けれどこれはきっと、神様がくれたチャンスだと思うんだ。あのとき守れなかったシンシアを今度こそ守り通せ――そう言われている気がする。自分勝手なのは承知している。でも、お願いだ。ここにいてほしい。君のことを俺に守らせてほしい」
ティオールの瞳から涙がこぼれていく。
結ばれた口から、今度こそ、と押し出したような声が漏れる。
レティスはここにいるべき人間ではない。
守ってもらうような価値はない。
それにもしかするとまた、漆黒の影の追手が襲撃にくるかもしれない。
そうなればティオールに迷惑をかけることなる。
とっとと出ていくのが正解だ。
考える必要もない。結論はもう出ている。
でもレティスは、玄関には向かわなかった。
向かった先は、キッチン。
ティオールへ背中を向けて、夕食の支度を始める。
あんなにも不安そうなティオールは初めて見た。
あんなものを見せつけられたら、もう放っておけない。
ティオールは森で死にかけていたレティスを助けてくれた。
理由がなんであれその事実は変わらない。彼は命の恩人だ。
だから今度は私の番――そんな風に思ってしまった。
この選択はきっと間違っているのだろう。
でも、ティオールを悲しませたくない。
だからレティスは、間違いと知りながらもここに残ることを選んだ。
「ありがとう。なんてお礼を言ったらいいか」
背中越しに感謝の声が聞こえてきた。
震えていて涙交じりだ。
レティスは手を動かしていく。
その口元には、微笑みが浮かんでいた。




