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合わせ鏡  作者: 和達譲
すず視点:気付きの28歳
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第六話:お幸せに



「───離婚するべきだし、離婚以外に選択肢ないってことは、もう分かってるの。

ただ、別れてください、はい別れましょう、で片付けていい話なのかなって、モヤモヤして……。」




晃平さんとの離婚の件を、私は真っ先にユウに相談した。


ユウは一から十まで話を聞いてくれただけでなく、週末に有給をとって駆け付けてくれた。

親友の一大事を電話一本で済ませるわけにはいかないと、頼もしく笑う顔はドのつく素っぴんだった。




「自分の辛い時だけ頼ったりして、申し訳ないけど……。

ユウだったらどう思うか、聞かせてほしい。」




いつも女優さんばりにメイクしてヘアセットして、部屋着のままじゃコンビニも行かないと豪語していたユウが。

唇はカサカサの髪はボサボサ、急拵えのパーカーにジーパンという出で立ちで、私のためにと息を切らして走ってくれた。


それだけで私は、なんだか泣けてしまいそうだった。




「ちなみに、晃平さんの方は?今どうしてんの?」


「わたしの気持ちが固まるまでって、近くのビジネスホテルで寝泊まりしてる。」


「ふーん。自分が悪いって認識は、一応はあるわけね。

ご両親には?」


「まだ。他の誰にも話してない。ユウだけ。」


「なるほど。

言っとくけど、ワタシは結婚歴がなければ、男とまともに付き合った経験もないから、意見するにしても偏ると思うよ?」


「いいよ。なんでも。

わたしに対する批判でも、なんでも、受け止めるから。

率直に思ったこと、言って。」




しかしユウの反応は、私の想像とは違っていた。




「正直、晃平さんの気持ち、わからんでもない。」


「え。」


「誤解しないでよ?不倫野郎の孕ませ野郎を庇ってるわけじゃない。

ゼロヒャクの100パー向こうが悪いし、絶対に許されることじゃないけど……。

どのみち、こうなる運命だって気はしてた。

たとえ奥さんが、すずじゃなくてもね。」




てっきりユウのことだから、今すぐ晃平さんをボコボコにしてやらなきゃ収まらない、とかって憤慨するものと思いきや。


当初の私と似て、冷静だった。

なんなら、ちょっと期待外れなくらいに。




「すずはファンクラブ入ってなかったから、知らんかったかもだけど。

晃平さんのおうちって、昔から結構有名だったのよ。」


「お金持ちって?」


「それもだけど、ご両親───。特にお母さんが厳しいらしいって。

会ったことあるなら、すずが一番、その片鱗を感じたんじゃない?」




ユウはぜんぶ言ってくれた。

ぜんぶ教えてくれた。


普通は突っ込みにくいことも、遠慮してしまいそうなとこも。

私のどこが駄目だったのか、私たちの何がいけなかったのかを。




「お付き合いだけなら自由にさせてもらえただろうけど、結婚となりゃ話は別。

一人の夫として、お前はこう在りなさいとか。妻に選ぶ女は、コレコレの条件を満たして当たり前とか。

きっと何をして何を決めるにも、相当クチを挟まれたはず。」




晃平さんは完璧な家庭を望んでいた。


理想的な自分と、理想的な伴侶。

誰の目から見ても羨ましい人生を送りたかった。

送らなければならなかった。




「自分で自分の首、絞めちゃったんだろうね。

"憧れの高槻先輩"としてアンタに近付いた手前、いつを出せばいいもんかタイミング失って、理想と現実のギャップにだんだん追い付けなくなって……。

策士、策に溺れるってやつ?」




お前は私たちの自慢なのだから、これからも自慢になるような行いを。


厳格なお母様が手塩にかけて育てた結果、一部の隙も許せない彼が出来上がってしまった。




「男ってさ、たいがい見栄っぱりなのよ。特に好きな女の前では。

"一番カッコイイ俺"だけ見ていてもらいたい。だから"カッコ悪い本当の俺"は余所で解放する。


別に、こっちからすれば、そんなの望んでないし。

気軽な相手に鞍替えされるくらいなら?ダサかろうがなんだろうが、自分の傍にいてほしいのにね?」




晃平さん自身は、完璧主義な性分ではなかった。

友達と悪ふざけもするし、学校をズル休みしたこともあった。


勉強も部活動も、生徒会長になったのだって、好きでそうしたんじゃない。

"高槻晃平"を演じる上で必要だったから、仕方なく全うしていたに過ぎない。


お母様が敷いたレールを、お母様が定めたルールのもと、真っすぐに歩かされる。

たとえ、自分の志していた道は、逆向きに続いていたとしても。




「信じらんないだろうけど、アンタ、愛されてたんだよ。

お母さんに介入されるまでは上手くやれてたのが、いい証拠。」




そんな時に、無条件に甘えさせてくれる存在が現れたら。

私の前では完璧じゃなくていいと、甘く囁かれたら。


縋りたくなるのも、無理はないかもしれない。




「私を愛してくれるなら、お母さんのことなんか無視してよって、普通の人は言うだろうけどね。


難しいんだよ。

女にとっての母親と、男にとっての母親は違う。

女より男のが、お母さんの存在ってデカイもん。


そのお母さんから、ずーっと教育されてきたことを、実は間違いだったって自力で気付くのは、まず無理。

そんなのおかしいよって指摘してくれる人がいて初めて、疑問を持てる。


晃平さんには、その人がいなかった。

アンタも、その人になれなかった。」




私だって、完璧な晃平さんが好きだったんじゃない。

友達と悪ふざけしたり、学校をズル休みしちゃったりする方の晃平さんを、人間らしいと好きになった。




「晃平さんは悪いことをした。アンタは何も間違ってない。それは揺るがない事実。

ただ、晃平さんだけが悪かったんでもないし、アンタは正しいことだけしてたんでもない。

それもまた、悲しいかな事実。」




ジム通いなんてやめて、お腹がぽっこり出てきたって良かった。

手料理だからと遠慮せず、ソースだってマヨネーズだって掛けてくれて良かった。

稼ぎが悪かろうが何だろうが、自分の好きなことを仕事にしてくれて良かった。


晃平さんが望むなら、私はどんなにカッコ悪い夫婦になっても、構わなかったのに。




「ワタシから見れば、二人とも被害者だ。

毒親持った晃平さんも、失敗させられたアンタも。」




それを本人に伝えられなかった時点で、私は晃平さんの妻として失格だったんだろう。


晃平さんに相応しいのは、一緒に完璧を体現してくれる人じゃない。

完璧なんかクソ食らえと、お前はお前らしく生きろと、引っぱたいてでも目を覚ましてくれる人なんだ。




「何度でも言う。

アンタは悪くない。間違ってない。

ワタシは晃平さんを大嫌いだし、晃平さんのお母さんも許せない。

一族郎党、ワタシが纏めて血祭りに上げてやりたいくらい。」




私みたいに、権利がないと卑下したり、嫌われたくないと従うばかりの女は、そう。

格差以前に、一人の人間として、不釣り合いだったんだ。




「ただ、今は今、過去は過去。

こんなんなっちゃったけど、アンタは晃平さんを愛してたし、晃平さんもアンタを愛してた。

あの頃は楽しかったし幸せだった。


その気持ちまで、思い出まで、否定する必要はない。

どんなに悔しくて苦しくても、晃平さんを好きになったアンタの気持ちは間違ってないし、晃平さんを選んだアンタの選択は悪くなかった。」




珍しく晃平さんの肩を持ったユウ。

けれど私は、どうして全面的に私を庇ってくれないの、とはならなかった。




「なにがあっても、ワタシは絶対、アンタの味方。アンタが一番大事。

アンタが決めたことなら、ワタシはどんな形になっても、応援する。」




ユウのおかげで気付いた。

正しさを求めることは、必ずしも正しくない。

晃平さんの浮気の原因は、私に一端があったんだと。




「もし、離婚を躊躇う理由があるとして。

別れたあとどうしよう、一人でどうやって生きていこうって不安が、その理由になってるんだとしたら……。

ここはひとつ、ワタシに賭けてみちゃもらえんかね?」




ユウのおかげで気付けた。

晃平さんのやったことは悪いことでも、晃平さんは悪人じゃない。

私は心から、晃平さんを愛していたんだと。







「───別れましょう。」




その上でやっぱり、離婚をしようと決意した。


絶対にやり直せなくはない、かもしれないけれど、もういいんだ。

気付きを得たところで、私の晃平さんへのスタンスは、きっと変えられない。

卑屈で従順で、相手から行動してくれるのを常に待っている。


そうして知らず知らずと息苦しい空間を生み、帰ってき辛い環境を作り、出張だと家を空けられる度に、また新しい女かとヤキモキする。

晃平さんである以上、私でいる限り、未来永劫ずっと、この繰り返し。




「え……。」


「なんですか?

意地でも別れたくないって、泣いて縋ると思いました?」


「………。」


「しませんよ、そんなこと。

単なる浮気、単なる不倫ならまだしも、子供ができてしまったんですから。

当事者三人だけの問題でなくなった以上、わたしの個人的な感情は優先できません。」




だから、解放してあげる。

なりふり構わず貴方の胸に飛び込んできた子と、楽に息をできる世界へ送り出してあげる。




「じゃあ、気持ち的には、やっぱり別れたくないってことか?」


「ああ、ごめんなさい。言い方が悪かったですね。

個人的な感情を優先するなら、あなたも相手の女も八つ裂きにしてやりたい気持ちですけど。

これから親になろうという人たちに、そんな真似はできないって意味です。」


「………。」


「っていうのは半分冗談で……。もう、自信がないんですよ。

あなたを幸せにする自信も、あなたと幸せになる自信も。」


「俺は────」


「だから、いいです。もう。

わたしの苦しみをあなたは知らず、あなたの苦しみにわたしは気付けなかった。

それが全て。それが答えです。」




私は私で、私らしくいられる世界で、私でいさせてくれる人と、生きていくから。




「今まで、ありがとうございました。どうか、新しい奥さんと、可愛い子供さんと、お幸せに。」




ユウ。

あの時のあんたの気持ち、今なら分かるよ。



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