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合わせ鏡  作者: 和達譲
すず視点:気付きの28歳
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第四話:裏切りと裏返し



「ワタシ、アンタが好きなの。」




同窓会の帰り。

"ちょっと二人で飲み直そう"と誘ってきた親友に、私は告白された。




「うん。わたしも好きだよ。」


「そうじゃなくて。

そうなんだけどそうじゃなくて、ラブの意味で。」


「ラブの意味で?」


「そう。

友達としても人としても勿論好きだけど、プラス恋愛対象として好きなの。あわよくばお付き合いしたい方の、愛してる方の愛してる。」


「……ん?」




木更津きさらづユウ。

さらさらの黒髪に、涼やかな目元。

クールビューティーを体現したルックスとは裏腹に、良くも悪くも竹を割ったようなお転婆娘。


私の幼馴染みにして親友が、まさかラブの意味で私を好きだったなんて、想定外だった。




「ごめん、ちょっと話見えない。」


「どこがよ。明け透けでしょ。」


「いや、ちょ……。嘘でしょ?」


「嘘じゃない。」


「"大成功"って書かれたプラカード持った人───」


「出てこない。」


「……マジ?」


「本気と書いて。」


「マジ?」


「マジ。」


「出島……。」




最初は冗談だろうと思った。

いつもの調子でからかって、ウッソーってゲラゲラ笑っておしまい。


でもユウの目は本気だった。

何度問い質しても、本気だとしか答えなかった。




「いつから?」


「高校の時から。」


「え……っ。

もしかして、それからずっと?」


「ずっと。」




好き?

ユウが?私を?

友達としてでも、人としてでもなく、恋愛対象として?


なんで?

女同士だよ?幼馴染みだよ?

今まで私をそういう対象とも、自分は同性愛者とも言ったことなかったじゃない。


なんで今更、私が既婚者になってから、そんなこと。




「なんで、わたしなの。」


「ごめん。」


「謝ってほしいんじゃなくて。純粋に疑問なの。

仮にユウが、女性を好きな人?だとして、なんで選りに選って?」


「ワタシだって別に、元から女を好きだったわけじゃないよ。

すずを好きになって初めて、あ、ワタシ女もイケるやつだったんだ、って気付いたの。

まあ、すず以外に好きになった女なんかいないけど。」


「きっかけとかはあったの?」


「あるよ。高槻先輩。」


「あの人がどうしたの。」


「ワタシも好きだったの。先輩のこと。」


「は?」


「なんだけど、気付いたら先輩じゃなくて───」


「ちょちょちょちょ待て待て待て待て。」




詳しく訳を尋ねてみると、高槻先輩がきっかけだったとユウは答えた。


もともとはユウが彼を好きだったが、わたしも同じ気持ちであると分かって遠慮したんだと。

ここまでは理屈として分かる。


分からないのは、何故そこから、私を好きだという話になるのか。




「毎日まーいにち、高槻先輩のここが好きって話聞いてるうちに、先輩よかアンタのが可愛くなってきちゃって。

で、アンタと先輩が付き合うってなった時に初めて、その"可愛い"が"好きの可愛い"だって気付いたのよ。

我ながら、不毛な恋に目覚めちまったと絶望したもんさ。」




つまりユウは、自分の本心を押し殺して、私の恋を応援してくれていた?


自分の方が先に好きになったのに?

まだ私が付き合えると決まったわけじゃなかったのに?


なんだよ、それ。




「黙っててごめんね。

できればこのまま、普通の友達として、死ぬまでやっていきたかったけど。

なんか、我慢できなくなっちゃった。」




ぜんぜん、知らなかった。

ぜんぜん気付かなかった。


だってユウ、そんな素振り、一度も出さなかった。

いや、友達なら、ひた隠しにされても見抜いて然るべきだ。

あれだけモテる人だったんだから、ユウも該当しておかしくないと、私が確かめるべきだったんだ。


なのに私は、ユウが何でもない顔して受け入れてくれるのをいことに、ずっと。

ユウも好きだという彼の話をして、ユウも好きだった彼と付き合って。

それからも何度も、何度も何度も、相談に乗ってもらったり、愚痴を聞いてもらったりして。


なんて、酷い奴なんだ、私は。




「今すぐ決着つけようとしなくていい。ずっと曖昧なままでもいい。

だけどもし、何かしらの答えが出たなら、その時は遠慮せず、言って。

どんな形になっても、ワタシは受け入れるからさ。」




その日は、ただただ混乱して終わった。

ユウは深くは追求せず、私に委ねると言ってくれた。


好きの意味を掘り下げたいなら教えるし、これきり友達をやめたいなら絶縁してもいい。

すべて覚悟の上で打ち明けたから、あとはアンタの意思を尊重すると。


ああも真剣な表情は、私の知る限りでも初めてだった。




『───今までお付き合いした人は?』


『ちゃんとはいない。』


『"ちゃんと"以外ならあるの?』


『ちょびちょびとはね。』


『男も女も?』


『うん。でも男は無理だった。』


『どこらへんが?』


『セックス。』


『セ────』


『何度か試そうとしたんだけど、直前になると全身震えだして、冷や汗止まらんくなってさ。

どうしても無理だった。』


『誰が相手でも?』


『誰が相手でも。

だから、精神的にも肉体的にも、男は受け付けなくなっちゃったんだと思う。完全に。』


『そうなんだ……。

女の人とは?ないの?』


『それは聞かないで。』


『アラ……。』




私は悩んだ。


好きと言ってもらえたのは嬉しかった。

ラブだろうとライクだろうと、長年を共にした友人関係だろうと、人から好意を持ってもらえるのは純粋に嬉しい。




『聞き辛いんだけど……。わたしのことはどうなの?』


『なにが?』


『その……。

性的な意味であれこれとか、あるの?』


『あると言えばあるし、ないと言えばない。』


『というと?』


『したくないって言われたら、そういうの一切ない関係でも構わない。

逆にしてもいいって言われたら、遠慮しない。』


『アラ……。』




だけど私は、ユウをそういう(・・・・)意味で好きではない。

そういう意味で好きなのは、あくまで晃平さんだ。

今も昔も、私は晃平さんを愛していたし、愛している。

どんなに大事な存在でも、晃平さんを裏切ってまで、ユウを選ぶことはできない。




『わたしのこと、嫌いだと思ったことはないの?』


『ないよ。』


『本当に?

この際だし正直に言ってくれていいんだよ?』


『じゃあ正直に言わせてもらうけど、晃平さんのことはめっちゃ嫌い。』


『あははっ。』




かといって、ずっと友達でいましょうも無理だろう。

たとえユウがそれでもいいと言ってくれても、私が無理だ。

申し訳なくて居た堪れなくて、もう前のようには付き合えない。




『───ユウのことは好きだよ。

好きって言ってもらえたのも、嬉しかった。』


『うん。』


『でも、わたしにとってのユウは、やっぱり、幼馴染みで、友達で、』


『うん。』


『大好きだけど、恋人の関係には、なれない。』


『うん。』


『だから、わたしはこの先もずっと、友達でいたいけど……。

もしユウが嫌なら───』


『いいよ。友達でいよう。』


『えっ、いいの?』


『いいよ。むしろ御の字。

アンタそんなヤツだったの信じらんないって往復ビンタ食らって絶交されるとこまで覚悟してたから、関係続けられるだけ儲けもん。』


『鬼かよわたしは……。いや鬼かごめん。』


『お詫びは牛乳プリンでいいよ。』


『まだ言ってんのそれ?』




後日。

電話口で改めて、感じたことを率直に伝えた。


ユウは分かったとだけ返して、食い下がらなかった。

他の何が変わっても、自分にとっての一番がアンタなのは、変わらないと。




『───今なにしてんのー?』


『テレビ観てるよ。アメトーク。』


『あ、ワタシも観てる。

今日の、ちょっと微妙だよね。』


『全く畑違いなジャンルだからね。』


『晃平さんは?』


『シャワー浴びてるから大丈夫。』




以来ユウは、三日に一度は連絡してくるようになった。

私の方から責っ付いてはあしらわれて(・・・・・・)いたのが、嘘のように。




『───昨日ねー、店に男の人来たんだよ。』


『へー。

彼女へのプレゼント?』


『いや、自分用。

化粧してみたかったんだって。』


『へー!

オネエ?の人なのかな?』


『たぶん違う。リーマンっぽい普通の人だった。

彼女いるって言ってたし。』


『なのに化粧したいの?』


『別にいいんじゃん?誰にも迷惑かけてない。

男でも化粧していいし、スカートも穿いていい時代になったってことだよ。』


『そっか。そうだよね。

やだなぁ、無意識に偏見。』


『しょうがないよ。それが普通の反応。

みんなも最初、戸惑ってたし。』


『ユウは?』


『ワタシはなんとなく、お仲間かどうか、空気で分かるから。

単に珍しいお客さんだなー、としか。』


『すげえー。』




そんなユウの寛容さに甘えて、私もユウとの会話を楽しんだ。


不思議だ。

別れ別れだったわけでもないのに、やけに懐かしく感じる。


今日どんなご飯を食べたとか、最近どんな映画を観たとか。

取り留めのない世間話にカラカラと笑い合うのが、こんなにも楽しいことだったと、久しぶりに思い出した。




『───どうかした?

あ、晃平さん帰ってきた?』


『……ううん。なんでもないよ。大丈夫。』




そして気付いた。

私の感じる懐かしさは、ユウが感じていた寂しさ虚しさの裏返しなんだ。


友達への、ましてや同性への恋心を秘め続けるのは、さぞ苦しかったろうに。

苦しませる私を突き放すでもなく、どうせなら野球選手と結婚したいとか冗談飛ばしたりして。


私を傷付けまいと、困らせまいとして、ユウは自分一人で、道化を演じてくれていたんだ。



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