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合わせ鏡  作者: 和達譲
ユウ視点:目覚めの15歳
3/11

第三話:返してもらうよ


10年後。

高校の恩師が定年退職されるのを機に、その年の三年生で集まることになった。

生まれから高校卒業までを過ごした、我らが故郷ふるさとで。




「───ユウじゃーん!やば久しぶりー!」


「相変わらず美人だね~。」


「そうだろう、そうだろう。

お前らは相変わらず普通だな。」


「口悪いとこも変わってねえ!」




私は現在、函館の方で化粧品販売の仕事についている。


ドラッグストアでアルバイトをしていた頃も、お客さんのメイクレッスンをする係だった。

当時から接客業は性に合っていたし、美容関係にも興味を持っていた。

趣味と実益を兼ねてというのが、最も適切だろうか。




「販売員やるくらいだから詳しいんでしょ?

最近はどんなのが売れ筋なの?」


「見せよっか?」


「え、なに実物あんの?」


「あるよ。

いつでも営業できるようにサンプル持ち歩いてる。」


「さすが~。」


「私も見たーい!」


「なに?なんの話?」


「おじさんには関係ないハナシー。」


「同い年だろ!」




仕事の話、家庭の話、懐かしい思い出話。

10年のブランクなど感じさせないほど、みんな意気揚々と語り合った。


私も久々に羽を伸ばし、気負わない空間を堪能した。

交通の便が悪かったとかで已むなく遅刻をしてきた、あいつ(・・・)が現れるまでは。




「───こんばんは。遅れてすいません。」




最後に合流したすずは、ひときわ美人になっていた。


定期的にビデオ通話なんかもしてるから、垢抜けたのは百も承知なんだけど。

面と向かうのは2年ぶりだったもので、私もつい呆気にとられてしまった。




「え……っ。すずちゃん?」


「うん。久しぶり。」


「ひさしぶり……。

なんかめっちゃ、雰囲気かわった、ね。」


「え?ああ……。髪型のせいかな?」


「それもだけど、一段とキレイになったっていうか、」


「女優さん入って来たと思った。」


「いやホントそれ。」


「あはは。おだてるのが上手いね。」




すず。私のすず。

大人になっても衰えるどころか、ますます磨きがかかっている。


笑うと可愛くて、困ると色っぽくて、どの角度をどの瞬間に切り取っても美しい。

あの高槻先輩の妻となった事実を妬む者は、もういない。




「ユウも。久しぶり。」


「……久しぶり。」


「あ、ふたり連絡とってたんだっけ?」


「うん。

でも直接会ってはなかったから、なんか変な感じ。」


「おやぁ?ユウちゃん急に黙ってどした?」


「すずちゃんがあんまりキレイになったから焦っちゃった?」


「そんなんじゃねーし。

すずが綺麗なのは元からだしワタシの美しさとはジャンルがげーから。」


「負けず嫌い炸裂やん。」


「あはは。ユウのが綺麗に決まってるよ。」




私は知っている。

みんなが憧れた高槻先輩は、決してい亭主じゃないことを。

みんなが羨む高槻先輩との家庭は、円満とは程遠いことを。




「今はもう"高槻すず"なわけでしょ?」


「うん。」


「すごいなー。

学生ん時から付き合って結婚までいくカップルって、ほぼいなくない?」


「しかもあのウルトラスペック番長~。」


「今もカッコイイ?」


「見た目はぜんぜん変わってないよ。」


「ヤダ即答ー!」


「いいな~。」




すずが22歳、高槻先輩が24歳の時に、二人は結婚した。

披露宴には私も出席し、歯軋りしながら御祝いのスピーチをした。

すずの花嫁姿はまるで、ダイヤモンドを擬人化したように神々しかった。




「うちの旦那なんか、まだ30なのにハゲてきてさー。

あっという間におじいちゃんよ。」


「おじいちゃんは言い過ぎでしょ。」


「そっちはー?上の子、何歳になったの?」


「今年で5さ〜い。下が2さ〜い。」


「うわ大変~。」


「でも一番かわいい時じゃない?」


「私も二人目は男の子ほしいなー。」


「独身組は肩身がせめえっす……。」




誰もが一度は思い描く、理想的な美男美女夫婦。


強いて欠陥を挙げるとするなら、すずの大学卒業直後に入籍したこと。

自分も働きに出たいと望むすずを黙らせ、高槻先輩と高槻先輩のご両親は家庭に入ることを強要したらしい。




「俺こないだ、営業で高槻さんに会ったよ。」


「え、ほんと?」


「どんなだった?」


「いやマジ全っ然変わってない。

それこそ俳優ってか、ノンノ感やばかった。」


「へー。」


「しかもめっちゃバリバリで、仕事もデキる男っての?

弊社の女の子たち色めき立ってたよ。」


「だってよ奥さん。」


「その節はどうも……。

主人がお世話になりました。」




あんなカッコイイ人が旦那さんで、おまけに自分は専業主婦で、こんなラッキーはそうそうない。

なんて言えるのは、無知で無分別な馬鹿だけだ。


すずには、やりたいことがあった。

絵や文章を書くのが得意だったから、特技を活かせる仕事がしたかった。

地元の出版社への内定も、ほぼ決まっていたも同然だった。


それを高槻先輩は阻み、はやく孫の顔を見せてやりたいとかなんとか言って、家の中に閉じ込めた。



きっと、洗練されていくすずに嫉妬したんだ。


学生時代は分母が少なかったから、自分が頂点にいられたけど。

社会に出れば、そうもいかない。


世の中には自分よりカッコイイ男がたくさんいると知られるのが、すずに愛想を尽かされるのが怖かった。

だから自分の目の届く範囲に囲ったんだ。


孫の顔がどうとか、未だに実現させる気なんかないくせに。




「この幸せ者めー。」


「うちのと交換してほしいくらいだよー。」




可哀相なすず。

追求されるのは高槻先輩のことばかり。

高槻先輩の妻である以外、誰もすずに興味ない。


嫌でしょう?不快でしょう?

本当は碌でもない身内を、上辺だけで誉めそやされるのは。


反論したいでしょう?否定したいでしょう?

実際がどんな有様か、証拠を突き付けてやりたいでしょう?




「幸せの形は、人それぞれだから。

わたしは、与えられたものに感謝するだけだよ。」




できないよね。

誰もが羨んだ相手と一緒になった手前、失敗だったとは口が裂けても言えないよね。

自慢の奥さんでいるようにって、高槻の一族から躾けられてるんだもんね。




「優等生すぎて、ぐうの音も出んわ。」


「ユウもちょっとは見習ったらー?」


「すずちゃんの爪の垢、煎じてもらいなよ。」


「爪は鷹の爪で間に合ってます。」


「そーだ辛いもの食べたい。」


「これは?"閻魔様の麻婆豆腐"。」


「名前からしてヤバそう。」




もっと、みじめな思いをしなよ。

もっと四面楚歌になりなよ。


アンタを分かってやれるのは私だけ。

アンタに縋らせてやれるのも私だけ。


アンタと高槻先輩の間にあるものは、とっくに愛じゃないんだって、気付いて。






「───なんだよ付き合い悪いなぁ。ちょっとくらい顔出してけよ。」


「そーだよユウいないとつまんない!」


「ごめんなさぁ~い、アタシお酒の席って得意じゃなくってぇ~。」


「一升瓶あけたヤツがよく言う!」


「そういうワケだから、後はみんなさんで楽しんでぇ~。

───行こ、すず。」


「あ、うん……?」




一次会がお開きとなり、二次会は別の飲み屋で仕切り直すことに。

私は名残惜しくも参加を断り、すずを個人的に連れ出した。




「へー。こんなとこに、こんなお店あったんだね。

たまに来るの?」


「んー?

まあ、ちょっとね。」




飲み屋街の外れ、格式高めなバーラウンジ。

周りを見渡せばカップルばかりで、女同士の客は私達しかいない。


なんでこんな場所に連れて来たのか。

なんでこんな店を知っているのか。


答えは簡単。

この日この夜にすずを誘うため、事前にリサーチしておいたのだ。




「ほんと、久しぶりだよね。

実際会ってみると、なんか違う人みたい。」


「こっちのセリフよ。どえらい美人になりやがってよ。」


「あはは、ありがとう。

ユウはずっと変わらず美人だよ。」




警戒心ゼロ。

私がどういう目を向けているかも知らずに、あっけらかんと無防備を晒して。


今まではそれが心地好くて、都合のいい親友ポジションに甘んじてきたけれど。


もう、今夜で終わり。

我慢するのは、もうやめる。




「それで、改まってどうしたの?電話じゃ出来ない話?」


「なに、親友との再会を惜しんじゃいけない?」


「そんなことないよ。嬉しい。

でも珍しいじゃん、ユウから話したいって言ってくるの。」


「そうだっけ?」


「そうだよ。

電話もメッセージも、わたしからばっかりで……。

避けられてるのかなって、実はけっこう気にしてた。」


「まあ、避けてはいたかな。」


「え……。」


「けど、アンタが想像してんのとは違う。」


「どういうこと?」


「アンタを嫌いになったとか、人妻になったから遠慮してるとかじゃない。」


「じゃあ、どうして?」




10年。

アンタへの恋心を確信して、10年。


酷く長くて、短かった。

飽き性の私が、よくここまで一途を貫いたものだ。




「すずさ、最近笑わなくなったよね。」


「そう?」


「さっきだって、愛想笑いで誤魔化してんのバレバレ。

アンタが腹から声出して笑ってんの、ここ数年聞いてない。」


「んー……。

そりゃあ、まあ。大人になったから?」


「関係ないよ。30になろうと40になろうと、笑う人は笑う。

所帯持ってようと独身だろうと、本当に楽しけりゃ笑うもんなんだよ人間。」


「哲学だなぁ。」




怖くないと言えば嘘になる。

やっぱりめておけば良かったと後悔するかもしれない。


でも、これっきりになったとしても。

私は、私の気持ちを知ってほしい。

自分は一人ぼっちだって、価値のない人間なんだって思い込んでるアンタに、分かってほしい。




「で、ワタシは思ったわけ。

また前みたいな、しょーもないことでダハハって笑うアンタを見たいなって。」


「ダハハ笑いはユウの方でしょ。」


「うるさい。

とにかく、ワタシはアンタの笑顔が好きなの。

だから、どうにかして笑ってもらおうと色々してきたけど、今までのワタシじゃ無理だって悟った。」


「よく分かんないけど……。とりあえず聞くわ。」


「つまり、今までのワタシを変える。ニューワタシになると決めたのよ。」


「にゅーわたし?どゆこと?」




今アンタの目の前にいる私は、今も昔もアンタの味方。

いつだってアンタのことを考えてるし、いつだってアンタの存在を必要としてる。


アンタが望むなら、私はいくらでも、アンタの逃げ道になってあげるよ。




「すず。」


「うん?」


「ワタシ、アンタが好きなの。」




高槻先輩、聞こえるかい。

高槻の名字を返してやるから、すずは私に返してもらうよ。


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