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合わせ鏡  作者: 和達譲
ユウ視点:目覚めの15歳
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第二話 都会のサボテン



「───なんで?桜井先輩じゃなかったの?」


「違ったんだって。桜井さんの方は好きだったらしいけど。」


「だからって、なんであんな子?しかも一年でしょ?」


「自分の立場わかってないんじゃない?」


「全然ブスでしょ。」


「身のほど弁えろってーの。」




二人が交際を始めた噂は、またたく間に学校中を駆け巡った。

腹いせの虐めとかは幸い起こらなかったが、すずの足を引っ張りたがる輩は後を絶たなかった。


根も葉も無い作り話を吹聴して、すずの評判を落とそうとしたり。

すずが他の男子と喋ってるとこを盗撮して、ビッチだって方々にバラ撒いたり。

イマカノがお払い箱になれば次こそは、っていう魂胆だったんだろう。




「───ああ見えて男好きっていうか、男子には誰でもニコニコしてるんですよ!」


「先輩も騙されてるんじゃないですかぁ?」


「ええー?」


「なにかトラブルとかなる前に、もっとよく考えた方がいいですよぉー。」


「うーん。

でも、まだそうと決まったワケじゃないし。

実際には、俺はその現場を見てないしね。」


「またそうやってぇー。」


「優しいばっかじゃ駄目ですよぉー。」




高槻先輩は、特にどうともしなかった。

すずと別れたがる素振りがなければ、すずを貶める連中を諭したりもしなかった。


周りに流されない姿勢は評価できる。だけど、だったら、なんで止めないのか。

俺の彼女を悪く言うな、くらい注意してやったらいいのに。

それが出来ないならせめて、すずを励ましてくれたらいいのに。




「───最近あんま寝れてない?」


「え?」


「顔色。

あとここ、肌荒れてる。」


「あー……、ハハ。ビタミン不足かな。」


「嘘つかんでいいから。

ワタシの前では本音で話しな。」




仮にも彼女だろ。お前が近付いてきたんだろ。

なんで守ってくれないの。大事にしてくれないの。

私から奪ったくせに。私とすずの時間を縮めやがったくせに。


私の百倍すずを笑顔に、幸せにしてくれないと、割に合わないんだよ。




「仕方ないよ。先輩がモテるのは、今に始まったことじゃないし。

こうなるだろうなって覚悟してた。」


「だとしても、なんでアンタばっか辛い思いしなきゃなんないの?

先輩から好きって言ってきたんでしょ?庇ってくんないの?」


「先輩にも色々、付き合いとかあるんだよ。」


「自分の彼女ほっとくのが仕方ない付き合いってなんだよ。バッカじゃねーの。」


「まあまあ。

みんなの言う通りな部分もあるから───」


「どこがだよ。

すずのが百倍カワイイし優しいし賢いし?

男には誰でもって、キモオタにもデブにもハゲにも平等ってことじゃん。

長所でしかないじゃんそんなん。」


「買い被りすぎだよ。」


「本当のことだもん。ブスって言うやつがブスなんだもん。」




私だったら、悲しい顔させない。悲しい思いさせない。

すずが楽しい時も辛い時も一緒にいるし、くだらない話も興味ない話もぜんぶ聞いてあげる。

すずのこと馬鹿にするヤツが一人でもいるなら、自分一人でも特攻しに行ってやる。


私の方が絶対、百倍、すずを好きだよ。




「そうやって、ユウが代わりに怒ってくれるから、わたしはいっつも自分で怒るタイミングなくなっちゃう。」


「ごめん。」


「違うよ。おかげで胸がスッとしたってこと。

ありがとね。」


「ん。」


「怒らせちゃって、ごめんね。」


「……ん。」




あれだけ輝いて見えたのは、今や遠い昔。

すずを好きだという気持ちが増すほどに、私は高槻のバカヤロウを嫌いになっていった。

片方がイイフリこきに徹し、片方がじっと耐え忍ぶ構図は、まるで二人の未来予想だった。




「───寂しいね。」


「まあね。」


「ずっと一緒だったのに。」


「まあね。」


「メールするから。」


「ん。」


「電話も。」


「ん。」


「手紙も書こうかな。」


「いいってそんな。先輩と仲良くね。」




高校卒業。

一足早かった高槻先輩に続き、お世話になった学び舎に別れを告げた。


すずと高槻先輩の関係は未だ続いている。

すずに相談される私の役回りも続いている。

二人はいずれ結婚するだろうし、私もすずと縁を切るつもりはない。


ただ少し、距離を置いた方がいのかも、とは思った。

すずとは別に本州の大学を受けたのは、そのためだ。




「───木更津さーん。明後日バイトー?」


「明後日はないよー。どしてー?」


「有志集めて新歓コンパすんだってー。出るー?」


「あー、んー……。

じゃあ、ちょびっとだけ顔出そっかなー?」


「ほんと!じゃあウチらと一緒いこー!」




すずも、高槻先輩も、他の誰も。

ここには、かつての私を知る者はいない。

ここで私は、新しい私に生まれ変わるんだ。


計画したのは、いわゆる(・・・・)大学デビュー。

派手な色に髪を染め、化粧を覚え、ドラッグストアでアルバイト。

勉強もサークル活動も忙しく、毎日毎晩目が回りそうで、弱音を吐きたくなることもあった。


でも良かった。

大変だ大変だとパニクっている間は、すずのことを忘れられるから。

すずを好きな異常さを除けば、私はただの女で、ただの大学生でいられるから。




「───付き合ってる人いないなら、オレ、立候補してもいいかな?」




大学入学から半年ほどが経った頃。

同期の男の子に告白された。


倉内くらうち栄人えいとくん。

通称、ミスタークラウチ。


長身で爽やかで家が金持ちで、おまけに顔が私好みの超イケメン。

どっかの高槻なんとか先輩より、10倍はカッコイイ人だった。




「え。なに急に。趣味ワルすぎでしょ。」




とうとう私にも春の訪れが。

地球の裏側までブッ飛んでいきそうに、浮かれて笑って喜んだ。

喜んで、終わった。




「いやいや。むしろ見る目ある方だと思うマジで。」


「自分で言うそれ?」


「だって、オレくらいモテるやつに告白されて、そんな冷めた反応する人いないよ。」


「自分で言うそれ?」


「だから、そういうとこも含めて、面白いなって思って。」




倉内くんは見かけ以上に中身が男前の人で、女子人気に劣らず男子からも慕われていた。

私を好きになった理由も、アルバイトに勤しむ真面目さや、分け隔てない優しさに感銘を受けたからだと言ってくれた。


非の打ち所のない、イイ男だった。

なのに好きになれなかった。付き合って試す必要もなかった。


あ、この人のこういうとこ、すずに似てる。

倉内くんの告白を受けて真っ先に浮かんだ感想がそれで、もう駄目だと瞬時に悟った。




「ごめん。嬉しいけど。めっちゃ嬉しいけどマジで。マジで本当は喉から手出るほど"イエス"って言いたいんだけど───」




どんなに離れても、メールや電話の回数が減っても。

朝起きてたまに、寝る前に必ず、すずのことを思い出した。


今、どうしてるかな。

先輩と上手くやってるかな。新しい友達できたかな。

ちゃんとご飯食べてるかな。ちゃんと眠れてるかな。

たまには私のこと、考えてくれてるかな。




「"だけど"?」




避けて拒んで、遠ざけるたびに、ほとほと実感させられた。


好き。大好き。

会いたい。声を聞きたい。触りたい。


勘違いじゃない。

思春期特有じゃない。

友情の延長なんかじゃない。




「好きな人がいるの。

だからアナタとは付き合えない。」




もう、逃げられないくらい、戻れないくらい、すっかり花は開いてしまった。

自ずと枯れるのを待つには、あまりに先が長すぎる。




「その人って、ウチの大学の人?」


「ううん。」




たぶん、私は死ぬまで、この想いを抱えて、生きていくのだろう。

散らせるのは怖くて、枯れるのは待てなくて、少ない水でも間に合うように進化してしまった、砂漠のサボテンみたいに。




「幼馴染みなの。

高校までは、ずっと一緒だった。」




もっと奔放でいられたなら。

こっちも負けじとイイ男ゲットしたったぜ、どや~。

なんて踏ん反り返れる神経してたら、こんなに苦しまずに済んだだろうに。




「幼馴染みって確か、女の子じゃなかった?もう一人いるの?」




一番になりたかった。

友達で一番じゃなくて、すずの、人生の一番になりたかった。




「いないよ。女の子で合ってる。」




本当は嫌だった。

高槻先輩と何した話聞かされんのも、高槻先輩と並んだ写真見せられんのも。

大嫌いなミニトマト無理矢理ごっくんするみたいに、限界まで感情殺して、やっと飲み込んできた。




「だから、アナタとは付き合えない。」




やめたいよ、今すぐ。

友達もアドバイザーもやってらんねーよ。

疲れるし面倒くせえし損するばっかりだよ。


でもやめられない。やめたくない。

悔しいけど、高槻先輩がいる限り、私はすずの唯一でいられる。

こんなこと話せるのユウだけだよって、私にだけの笑顔や汗や涙をくれる。

私だけの"ありがとう"をくれる。




『ユウ。

こんなわたしと、友達でいてくれて、ありがとう。』




だから、いいよ。

伴侶の座は譲ってやっても、特等席は永遠に私のもの。


お前はそうやって、すずの可愛いとこだけ見てろ。

お前に好かれたくて、一生懸命に装ってる、美しいすずだけ見てろ。


私はお前の知らないすずを知ってる。

汚いとこも醜いとこも、丸ごと好きだって言える。

すずに対する愛情の深さは、お前より私の方が上だ。






「───はー、マジもったいねーことした。」




ごめんね、すず。

純粋な友達でいてやれなくて。

心から祝福できなくて。


私の恋を応援してくれるなら、どうかそのままでいて。

万年二位でいさせて。変わらないで。


アンタが幸せなことが、私の幸せなの。




「ガン検診、行かなきゃな。」




すず。

アンタを好きになるんじゃなかった。

アンタを好きになって、良かった。



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