第二話 都会のサボテン
「───なんで?桜井先輩じゃなかったの?」
「違ったんだって。桜井さんの方は好きだったらしいけど。」
「だからって、なんであんな子?しかも一年でしょ?」
「自分の立場わかってないんじゃない?」
「全然ブスでしょ。」
「身のほど弁えろってーの。」
二人が交際を始めた噂は、またたく間に学校中を駆け巡った。
腹いせの虐めとかは幸い起こらなかったが、すずの足を引っ張りたがる輩は後を絶たなかった。
根も葉も無い作り話を吹聴して、すずの評判を落とそうとしたり。
すずが他の男子と喋ってるとこを盗撮して、ビッチだって方々にバラ撒いたり。
イマカノがお払い箱になれば次こそは、っていう魂胆だったんだろう。
「───ああ見えて男好きっていうか、男子には誰でもニコニコしてるんですよ!」
「先輩も騙されてるんじゃないですかぁ?」
「ええー?」
「なにかトラブルとかなる前に、もっとよく考えた方がいいですよぉー。」
「うーん。
でも、まだそうと決まったワケじゃないし。
実際には、俺はその現場を見てないしね。」
「またそうやってぇー。」
「優しいばっかじゃ駄目ですよぉー。」
高槻先輩は、特にどうともしなかった。
すずと別れたがる素振りがなければ、すずを貶める連中を諭したりもしなかった。
周りに流されない姿勢は評価できる。だけど、だったら、なんで止めないのか。
俺の彼女を悪く言うな、くらい注意してやったらいいのに。
それが出来ないならせめて、すずを励ましてくれたらいいのに。
「───最近あんま寝れてない?」
「え?」
「顔色。
あとここ、肌荒れてる。」
「あー……、ハハ。ビタミン不足かな。」
「嘘つかんでいいから。
ワタシの前では本音で話しな。」
仮にも彼女だろ。お前が近付いてきたんだろ。
なんで守ってくれないの。大事にしてくれないの。
私から奪ったくせに。私とすずの時間を縮めやがったくせに。
私の百倍すずを笑顔に、幸せにしてくれないと、割に合わないんだよ。
「仕方ないよ。先輩がモテるのは、今に始まったことじゃないし。
こうなるだろうなって覚悟してた。」
「だとしても、なんでアンタばっか辛い思いしなきゃなんないの?
先輩から好きって言ってきたんでしょ?庇ってくんないの?」
「先輩にも色々、付き合いとかあるんだよ。」
「自分の彼女ほっとくのが仕方ない付き合いってなんだよ。バッカじゃねーの。」
「まあまあ。
みんなの言う通りな部分もあるから───」
「どこがだよ。
すずのが百倍カワイイし優しいし賢いし?
男には誰でもって、キモオタにもデブにもハゲにも平等ってことじゃん。
長所でしかないじゃんそんなん。」
「買い被りすぎだよ。」
「本当のことだもん。ブスって言うやつがブスなんだもん。」
私だったら、悲しい顔させない。悲しい思いさせない。
すずが楽しい時も辛い時も一緒にいるし、くだらない話も興味ない話もぜんぶ聞いてあげる。
すずのこと馬鹿にするヤツが一人でもいるなら、自分一人でも特攻しに行ってやる。
私の方が絶対、百倍、すずを好きだよ。
「そうやって、ユウが代わりに怒ってくれるから、わたしはいっつも自分で怒るタイミングなくなっちゃう。」
「ごめん。」
「違うよ。おかげで胸がスッとしたってこと。
ありがとね。」
「ん。」
「怒らせちゃって、ごめんね。」
「……ん。」
あれだけ輝いて見えたのは、今や遠い昔。
すずを好きだという気持ちが増すほどに、私は高槻のバカヤロウを嫌いになっていった。
片方がイイフリこきに徹し、片方がじっと耐え忍ぶ構図は、まるで二人の未来予想だった。
「───寂しいね。」
「まあね。」
「ずっと一緒だったのに。」
「まあね。」
「メールするから。」
「ん。」
「電話も。」
「ん。」
「手紙も書こうかな。」
「いいってそんな。先輩と仲良くね。」
高校卒業。
一足早かった高槻先輩に続き、お世話になった学び舎に別れを告げた。
すずと高槻先輩の関係は未だ続いている。
すずに相談される私の役回りも続いている。
二人はいずれ結婚するだろうし、私もすずと縁を切るつもりはない。
ただ少し、距離を置いた方が良いのかも、とは思った。
すずとは別に本州の大学を受けたのは、そのためだ。
「───木更津さーん。明後日バイトー?」
「明後日はないよー。どしてー?」
「有志集めて新歓コンパすんだってー。出るー?」
「あー、んー……。
じゃあ、ちょびっとだけ顔出そっかなー?」
「ほんと!じゃあウチらと一緒いこー!」
すずも、高槻先輩も、他の誰も。
ここには、かつての私を知る者はいない。
ここで私は、新しい私に生まれ変わるんだ。
計画したのは、いわゆる大学デビュー。
派手な色に髪を染め、化粧を覚え、ドラッグストアでアルバイト。
勉強もサークル活動も忙しく、毎日毎晩目が回りそうで、弱音を吐きたくなることもあった。
でも良かった。
大変だ大変だとパニクっている間は、すずのことを忘れられるから。
すずを好きな異常さを除けば、私はただの女で、ただの大学生でいられるから。
「───付き合ってる人いないなら、オレ、立候補してもいいかな?」
大学入学から半年ほどが経った頃。
同期の男の子に告白された。
倉内栄人くん。
通称、ミスタークラウチ。
長身で爽やかで家が金持ちで、おまけに顔が私好みの超イケメン。
どっかの高槻なんとか先輩より、10倍はカッコイイ人だった。
「え。なに急に。趣味ワルすぎでしょ。」
とうとう私にも春の訪れが。
地球の裏側までブッ飛んでいきそうに、浮かれて笑って喜んだ。
喜んで、終わった。
「いやいや。むしろ見る目ある方だと思うマジで。」
「自分で言うそれ?」
「だって、オレくらいモテるやつに告白されて、そんな冷めた反応する人いないよ。」
「自分で言うそれ?」
「だから、そういうとこも含めて、面白いなって思って。」
倉内くんは見かけ以上に中身が男前の人で、女子人気に劣らず男子からも慕われていた。
私を好きになった理由も、アルバイトに勤しむ真面目さや、分け隔てない優しさに感銘を受けたからだと言ってくれた。
非の打ち所のない、イイ男だった。
なのに好きになれなかった。付き合って試す必要もなかった。
あ、この人のこういうとこ、すずに似てる。
倉内くんの告白を受けて真っ先に浮かんだ感想がそれで、もう駄目だと瞬時に悟った。
「ごめん。嬉しいけど。めっちゃ嬉しいけどマジで。マジで本当は喉から手出るほど"イエス"って言いたいんだけど───」
どんなに離れても、メールや電話の回数が減っても。
朝起きてたまに、寝る前に必ず、すずのことを思い出した。
今、どうしてるかな。
先輩と上手くやってるかな。新しい友達できたかな。
ちゃんとご飯食べてるかな。ちゃんと眠れてるかな。
たまには私のこと、考えてくれてるかな。
「"だけど"?」
避けて拒んで、遠ざけるたびに、ほとほと実感させられた。
好き。大好き。
会いたい。声を聞きたい。触りたい。
勘違いじゃない。
思春期特有じゃない。
友情の延長なんかじゃない。
「好きな人がいるの。
だからアナタとは付き合えない。」
もう、逃げられないくらい、戻れないくらい、すっかり花は開いてしまった。
自ずと枯れるのを待つには、あまりに先が長すぎる。
「その人って、ウチの大学の人?」
「ううん。」
たぶん、私は死ぬまで、この想いを抱えて、生きていくのだろう。
散らせるのは怖くて、枯れるのは待てなくて、少ない水でも間に合うように進化してしまった、砂漠のサボテンみたいに。
「幼馴染みなの。
高校までは、ずっと一緒だった。」
もっと奔放でいられたなら。
こっちも負けじとイイ男ゲットしたったぜ、どや~。
なんて踏ん反り返れる神経してたら、こんなに苦しまずに済んだだろうに。
「幼馴染みって確か、女の子じゃなかった?もう一人いるの?」
一番になりたかった。
友達で一番じゃなくて、すずの、人生の一番になりたかった。
「いないよ。女の子で合ってる。」
本当は嫌だった。
高槻先輩と何した話聞かされんのも、高槻先輩と並んだ写真見せられんのも。
大嫌いなミニトマト無理矢理ごっくんするみたいに、限界まで感情殺して、やっと飲み込んできた。
「だから、アナタとは付き合えない。」
やめたいよ、今すぐ。
友達もアドバイザーもやってらんねーよ。
疲れるし面倒くせえし損するばっかりだよ。
でもやめられない。やめたくない。
悔しいけど、高槻先輩がいる限り、私はすずの唯一でいられる。
こんなこと話せるのユウだけだよって、私にだけの笑顔や汗や涙をくれる。
私だけの"ありがとう"をくれる。
『ユウ。
こんなわたしと、友達でいてくれて、ありがとう。』
だから、いいよ。
伴侶の座は譲ってやっても、特等席は永遠に私のもの。
お前はそうやって、すずの可愛いとこだけ見てろ。
お前に好かれたくて、一生懸命に装ってる、美しいすずだけ見てろ。
私はお前の知らないすずを知ってる。
汚いとこも醜いとこも、丸ごと好きだって言える。
すずに対する愛情の深さは、お前より私の方が上だ。
「───はー、マジもったいねーことした。」
ごめんね、すず。
純粋な友達でいてやれなくて。
心から祝福できなくて。
私の恋を応援してくれるなら、どうかそのままでいて。
万年二位でいさせて。変わらないで。
アンタが幸せなことが、私の幸せなの。
「ガン検診、行かなきゃな。」
すず。
アンタを好きになるんじゃなかった。
アンタを好きになって、良かった。