最終話:ANTI−spiegel
函館市内に本社を構える化粧品メーカー、".Magie"。
ここには、界隈で有名な女性コンビがいる。
「───木更津さん、また表彰されたんだって。」
「小早川さんも、さっそく重宝されてるらしいよ。」
「二人ともすごいね。高め合ってる感じ。」
「良きライバルってやつじゃない?」
片や、一日の最高売上記録を保持する、カリスマ販売員。
片や、広告と開発の両部署で活躍する、新進気鋭のデザイナー。
いずれも入社10年に満たない若手ながら、実力は折り紙付き。
加えて彼女らは、幼少期からの幼馴染みにして、なんと恋人同士でもあるという。
「───小早川さん狙ってたのになー、残念。」
「てかあの二人デキてるって、二大巨頭いっぺんに失ったやん〜。」
「お前、木更津さんに踏まれたいつってたもんな。」
「女同士だから色々許されてんだろ。
これが男同士のゲイカップルだったら、公表自体がまず無理ゲー。」
「確かに。」
セクシャルを公表した件、職場にプライベートを持ち込んだ件については、社内で反発が起きたこともあった。
ただし、問題視したのは一部の男性役員のみ。
女性社員のほとんどは、彼女らの味方だった。
「───はー、ムカつく。
ちょっと前まで期待の星だのってニヤケてたくせに。」
「どこがいけないのかね。
特別待遇求めてるわけじゃなし、勤務態度だって至って真面目で……、」
「女は何かと大目に見てもらえていいよなー、とか妬んでんでしょ。」
「逆だろ。女だからって決定権持たせなかったりしてさ。」
「自分らがちょっかい出せなくなったから、嫌がらせでガミガミやってるに一票。」
「同期の男の子達はみんな優しいのにねぇ。」
「歳とると頭がカッチカチになんのよ。老害の始まり。」
「私も気を付けよ。」
"昨今において、マイノリティを排斥しようという風潮こそナンセンス"。
"結果を出している以上、性別も嗜好も関係ない"。
"二人の存在はむしろ良い風と捉え、これを機に挑戦の幅を広げていくべき"。
何度となく上がった抗議の声、繰り返し行われた協議の末、当初は反対派であった面々も考えを改めるようになった。
そうして生まれたブランドこそが、"ANTI−spiegel"。
一方のデザイナーが指揮をとって開発されたメイクシリーズである。
「───確かにこれは、一般さんには馴染み薄いかも……。」
「でも、こういう色味って需要ありますよね?一定数。」
「変身願望満たしてくれるって意味では断トツだよね。」
「男性的にはどう?彼女がデートにこんなメイクしてきたら引く?」
「俺ぜんぜんアリっすね。」
「僕は彼女にはちょっと……。」
「やっぱ割れるよなぁ。」
「女性意見でも既に割れてるんだからそうっしょ。」
「けどウチら的には?」
「需要しかないよね。」
アンチシュピーゲルの特徴は、華やかさを追求した色彩。
たった一塗りで印象を上げられる反面、普段使いには向かない弱点がある。
そんな扱いの難しい代物を見事にレギュラー化させてみせたのが、もう一方の販売員だ。
「───見て、新しいのだって。」
「へー。なんか全体的に派手だね。」
「宝塚的な。」
「あ、コレとか綺麗~。」
「綺麗だけど、毎日は使えなくない?
それこそパーティーある時でもないと……。」
「んー。でも、一回くらいはこういう……。
───あ、ほら。あの人みたいな。」
「うわー、すっげえ美人。」
「ああいう風にやれば、普段でもギリいけそうじゃない?」
「いやいや、元がイイから特別ってだけでしょアレは。」
「やっぱそっかぁ。
───って、こっち来たよ。」
「え。」
"ビジネスとプライベート、TPOを分けて生きるも良し"。
"自らを表現する手段として、派手な装いを貫いて生きるも良し"。
"どんな生き方を選ぶかは人の自由であり、メイクが人を選ぶことはない"。
口癖のように訴え続けた営業文句は、彼女らの実体験に基づいたスローガン。
「───珍しいの持ってるね。」
「これ?私もこないだ買ったばっかり。」
「なんてやつ?」
「ドットマギーの、アンチシュピーゲルってやつ。
最近よく使うんだー。」
「どうりで。
なんかイメージ変わったと思った。」
「そう?どんな風に?」
「んー、カワイイってよりは、カッコイイ感じ?
あ、嫌だったらごめんね。」
「ぜんぜん!
そんな風になりたかったから嬉しい!」
いつしかアンチシュピーゲルは若年層の間で親しまれ、延いては中年層・高年層へと顧客の輪が広がっていった。
中には男性の愛用者もおり、男が使っても違和感がない化粧品との評価を得られるまでになった。
「───うわ、お前なに、化粧とかすんの。オカマじゃん。」
「オカマじゃねーし。
地味顔にはこれで丁度いんだよ。」
「なんつって買ったの?彼女にプレゼントって?」
「いや?普通に自分用。」
「引かれねーの?」
「むしろオススメされた。
あと男でも出来るやり方とか、俺に似合う色とか教えてくれた。」
「ブルベとかイエベとか言うもんな。」
「ふーん……。」
「なんだよ、お前が一番興味持ってんじゃん。」
"オシャレに基準はない"。
"男ウケも女ウケも、本人の意思にそぐわないなら価値がない"。
"誰に何と言われようと、誰かを傷付ける目的でなければ、それはひとつの正義である"。
一番のメッセージを形に残し、自分たちの使命を果たした彼女らは、一躍時の人に。
「───あれサラギーじゃない?」
「だれ?」
「ドットマギーの看板モデル。知らんの?」
「地方の化粧メーカーごときでそんな───」
「てことは、隣にいる金髪お姉さんはリンちゃん!?ツーショットだ!」
「地下アイドルの追っ掛けみたいやん。」
彼女ら自身のスタンスは、以前と変わらない。
メディアへの露出が増えても、道ゆく人に顔を覚えられても、彼女らは彼女らのまま。
一人の女性であり、一人の人間であり、どこにでもいる一組のカップル。
マイノリティ様のお通りだと尊大に振る舞うこともなく、マイノリティなんかが恐縮ですと遜ることもない。
毎日の食事だったり、たまの遠出だったり、ささいな擦れ違いだったり、くだらない衝突だったり。
時に笑って時に泣き、なんだかんだと言いながら、互いがいないとつまらない。
酷くありきたりで、これ以上なく幸せな日常を、生きている。
「ぜんぶ新作?」
「そう。これなんか特にお気に入り。」
「また個性的な色だな~。」
「ユウをイメージして作ったんだよ。」
「なんだと?
また記録更新してやんなきゃじゃん。」
「試しに今、つけてみてよ。」
「美しすぎて腰抜かすなよ?」
「惚れ直しはするかもね。」
友達と好きな人がカブったと思いきやライバルであるはずの友達を好きになり、一度はそれぞれの道に別れた距離を埋め合わせながら悪縁を絶ち、紆余曲折を経て恋人同士となるが結婚も出産もできない現実を嘆く代わりに自由な愛を育んでいる。
めったにないけど、よくあるかもしれないお話。
でしたとさ。めでたしめでたし。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。