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合わせ鏡  作者: 和達譲
ユウ視点:目覚めの15歳
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第一話:鏡合わせの初恋


友達と好きな人がカブった。

って、漫画でもドラマでも現実でも、たまによく聞く話。

とりわけ学生ともなると選択肢が少ないわけだから、カッコイイ男の子は必然、取り合いになる。


たったひとつの枠を争い、自分を彼女にすると得ですよと、意中のイケメンにアピールしたり。

あいつが彼女になると損ですよと、厄介なライバルをネガキャンしたり。

ある意味で、大人同士のそれより恐ろしいかもしれない。


でも、私には関係ないと思っていた。

たとえライバルが多くても、その中に友達は含まれない。

見ず知らずの相手とならば、どんな勝負だって受けて立ってやる。


ちょっと前まで、そう意気込んでいたはず、だったのに。




「───ユウ。」


「うんー?」


「わたし、好きな人できた、かもしれない。」


「うっそマジ!?だれだれ?」


「笑わない?」


「ワケないじゃん!だれ?」


「三年の、」


「うん。」


「高槻、先輩。」


「え。」




小早川こばやかわすず。

飾り気のないお下げ髪に、気の弱そうな泣き黒子。

その割に中身はシビアかつドライで、敵にしても味方にしても一筋縄じゃいかなそうなクラスメイト。


私の幼馴染みにして親友が、まさか私と同じ人を好きになるなんて、想定外だった。




「高槻って、あの高槻?

事ある毎に"高槻センパーイ!"って女どもに絡まれてる、あの高槻?」


「うん。」


「気になるとかじゃなくて、マジで好きになったの?」


「気になる───、だけで済めば良かったんだけど。

気付いたらなんか、好きになっちゃった。」




私たちが揃って矢印を向けてしまったのは、二学年上の高槻たかつき晃平こうへい先輩。


ルックス良し性格良しのサッカー部キャプテンで、おまけに生徒会長もやってるとかいう鬼スペックマン。

二年生までは彼女がいたそうだが、三年生になると同時にフリーになってからは、言うまでもない。


次に高槻先輩の彼女枠を勝ち取るのは誰か。

学年を問わず熾烈な戦いが繰り広げられ、私もご多分に漏れなかった。




「自分でも分かってるの。

わたしなんかが好きになっていい相手じゃないって。」


「いやそんなことないけど……。」


「だから、いいの。別に付き合いたいとかは望んでないから。

片思いの人ができたって、それだけ。」




みんなが好きになる色男なんだから、すずが高槻先輩を好きになるのだって、ぜんぜん普通のこと。

なんの問題も違和感もない。


ないんだけど、なんか、意外だった。


だって、すずの好きな芸能人って大体おっさんだし、愛読書だって純文学だし、ひじきとか豆とかの煮物おいしいねって食べちゃうし。

じゃあ伴侶として選ぶ相手も、みんなが首を傾げるような、個性的で渋い感じなのかなって思うじゃん。




「ユウには一応、報告しなきゃって思ってさ。

笑わないでくれて、ありがと。」




なんだよ、すずも結局はイケメン好きなのかよ。

自分も酷いミーハーであるのを棚に上げて、私は勝手にガッカリした。




「───今朝の見た?」


「なに?」


「高槻先輩。」


「なに、なんかあったん?」




気持ちを打ち明けてくれた日から、すずはしょっちゅう高槻先輩の話をするようになった。

嬉しそうに楽しそうに、私が欠伸をするまで、懲りもせず。


滅多に自己表現をしたがらない性分のすずが、こうも饒舌になるほどだ。

相当に入れ込んでいるのだろう。


私の知る限りでも初恋。

初めて目にする親友の姿。

すずが恋をすると、すずが女になると、こうなるんだなあって。

興味深い反面、ちょっと複雑だった。




「───そういえば昨日、高槻先輩がね。」


「ハイハイ。」




実は私も、前から高槻先輩を好きだったの。

そう言えばきっと、すずは受け入れてくれるんだと思う。


でも、受け入れたら最後、自分の気持ちには蓋をしてしまうんだと思う。

ユウの方が相応しいよとか、私なんかじゃ釣り合わないよとか、勝負する前から諦めて身を引いてしまう。


互いに成長を見守ってきた幼馴染みだからこそ、分かる。

すずは、そういうヤツなんだ。




「───あ、ごめん。

わたしまた、一方的に……。」


「いーよいーよ。普段ワタシのが聞いてもらってばっかだし。

で?高槻先輩がどーしたって?」




言わなかった。

すずを悲しませたくなくて、大事な親友をそのへんの有象無象と同じにしたくなくて。

私の眼鏡に適う男はこの学校にいない、私はとうぶん彼氏なんか要らないと、嘘をついた。

こっそり続けていた高槻先輩へのストーキングも、やらなくなった。




「───こんなことユウにしか言えないから、つい調子乗っちゃうよ。

いつも付き合ってくれて、感謝してる。」




いや、違う。

言わなかったんじゃない。

やらなかったんじゃない。


言えなかった。

できなくなったんだ。




「───さっき友達の人とじゃれてた(・・・・・)んだけど、不意打ちで膝カックンされて、変な悲鳴あげてた。

男の人でも、あんな声でるんだね。」


「───気付いたんだけど、先輩ってちょっと内股だよね。癖なのかな?

あ、そのせいで躓きやすいとか。じゃあ矯正するべきなのかな……。」


「───こないだ噂で聞いちゃった。先輩、猫アレルギーなんだって。

でも先輩自身は猫大好きで、野良を見付けると、つい構っちゃって。で、帰る頃には、くしゃみ止まんなくなるんだって。

可哀相だけど可愛くない?」




すずはいつも、高槻先輩のカッコイイ話じゃなく、カッコ悪い話をする。


箸の持ち方が変だとか、なんでもない道でよく転ぶとか。

虫が出ると女みたいにギャーギャー騒ぐとか。


そういうダサくて間抜けなところを、人間らしくて素敵だという。




「ふーん。よく見てんね。」




私は知らなかった。

すずより前に好きになって、ストーキングまでしてたくせに。

高槻先輩にそんな一面があったなんて、気付かなかった。


みんなが憧れる"表"ばかりをフォーカスし、"裏"を見ようとしなかった。

そもそも、先輩に裏側があるってこと自体、考えもしなかった。




「───あ、あれあれホラ。高槻先輩。

珍しいとこでー……、と。誰かいんな。誰だあれ?」


「桜井さんだよ。」


「だれ?ミスチル?」


「高槻先輩と付き合ってるんじゃないかって言われてる人。」


「え、じゃあライバルじゃん。」


「とんでもない。わたしなんかじゃ話にならないよ。」


「やってみなきゃ分かんないじゃん。」


「分かるよ。なにもかも勝ち目ない。

だって、あんなお似合いなんだよ?

桜井さんくらい素敵な人が相手なら、諦めもつくってもんだよ。」




私はカッコイイ先輩を好きになったけど、すずはカッコ悪い先輩を好きになった。

先輩も一人の人間で、一人の男で、完全無欠じゃないってことを、すずは理解している。

私には無いものを、すずは持ってる。




「すずだって負けないくらいカワイイじゃん。」


「ふ、優しいの。

そう言ってくれるの、ユウだけだよ。」




どうせ負けるなら、すずにがいな。

気付けば自分自身ではなく、すずこそ高槻先輩の彼女に、と望むようになった。

私みたいにスペックで男を選んだりしない、本当の意味で誰かを愛することの出来る、すずに。






「───ユウ。

話、あるんだけど。」




望みは、やがて現実となった。

高槻先輩の方からすずに交際を申し込み、二人は晴れて恋人同士となった。


どこで接点を持ったのか、なにが決め手だったのか。

少なくとも、私は聞いていない。

すずが隠し事をするとも思えないので、本当に急な話だったんだろう。


高槻先輩ファンの中に、可愛くて頭が良くて特別な子がいると、巡り巡って本人の耳に入ったのかもしれない。


だとしたら、唆したヤツはい仕事をしてくれた。

成就に免じて、すずの秘めたる恋心をバラしやがった罪は不問にしてやろう。




「だから言ったっしょ?すずだって負けてないって。」




何はともあれ、すずの想いが通じたんだ。

どのみちワタシなんかはお呼びじゃなかったろうし、好きな人と親友がカップルになってくれるんなら、これ以上の大団円はない。




「ほんと、まさか、こんなことになるなんて。

まだ夢見てるみたいだよ。」




その瞬間、私は失恋をした。

高槻先輩じゃなく、すずに。




「それもこれも、有能なアドバイザーが付いてたおかげだな。

見返りに牛乳プリンをひとつ献上したまえ。」


っす。」




私は、すずを好きになった。

高槻先輩のここが素晴らしい、ここが魅力的という話を毎日聞かされて、高槻先輩やっぱりサイコー、とはならなかった。


誰も気に留めないような美点を見出だしてしまうところや、本人でさえ隠している努力をきちんと評価してあげるところ。

私なんかじゃ釣り合わないと言いながら、もし結婚したらの妄想に自分で笑ってしまうところ。


私でさえ知らなかったすずの素顔が、高槻先輩の存在ありきで、どんどん炙り出されていって。

私の中の高槻先輩が小さくなるにつれて、すずは大きくなっていくばかりだった。




「本当にありがとう、ユウ。ぜんぶユウのおかげだよ。」




自覚と同時に失恋。

しかも相手は同性の友達。

ヤベーだろ、普通に考えて。


だって私、面食いだし。

今まで男しか好きになったことないし。

女もイケるなんて想像もしたことなかったし。



ていうか、なんで、すずなの。

幼馴染みなんだよ。親友なんだよ。ずっと一緒にいたの。


クリーム系食べると太りやすいのとか、生理の時ゾンビみたいになんのとか、寝顔が引くほどブスなのとか、ぜんぶ知ってんの。

もし私が男だったら、百年の恋も冷めちゃうかもしんないようなとこ、ずっと傍で見てきたの。


なのになんで、いまさら。




「ユウにも好きな人できたら、今度はわたしが応援するからね。」




いくら自問自答したって、答えは変わらない。

好きになってしまったものは、しょうがない。


問題なのは、この疚しい気持ちを抱えたまま、どうやって友達関係を続けていくか。




「ばーか。

アンタの応援なんて要んねーよ。」




ねえ、すず。

私も高槻先輩を好きだったって言ったら、その上でアンタを好きになっちゃったって言ったら、どうする?



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