第一話:鏡合わせの初恋
友達と好きな人がカブった。
って、漫画でもドラマでも現実でも、たまによく聞く話。
とりわけ学生ともなると選択肢が少ないわけだから、カッコイイ男の子は必然、取り合いになる。
たったひとつの枠を争い、自分を彼女にすると得ですよと、意中のイケメンにアピールしたり。
あいつが彼女になると損ですよと、厄介なライバルをネガキャンしたり。
ある意味で、大人同士のそれより恐ろしいかもしれない。
でも、私には関係ないと思っていた。
たとえライバルが多くても、その中に友達は含まれない。
見ず知らずの相手とならば、どんな勝負だって受けて立ってやる。
ちょっと前まで、そう意気込んでいたはず、だったのに。
「───ユウ。」
「うんー?」
「わたし、好きな人できた、かもしれない。」
「うっそマジ!?だれだれ?」
「笑わない?」
「ワケないじゃん!だれ?」
「三年の、」
「うん。」
「高槻、先輩。」
「え。」
小早川すず。
飾り気のないお下げ髪に、気の弱そうな泣き黒子。
その割に中身はシビアかつドライで、敵にしても味方にしても一筋縄じゃいかなそうなクラスメイト。
私の幼馴染みにして親友が、まさか私と同じ人を好きになるなんて、想定外だった。
「高槻って、あの高槻?
事ある毎に"高槻センパーイ!"って女どもに絡まれてる、あの高槻?」
「うん。」
「気になるとかじゃなくて、マジで好きになったの?」
「気になる───、だけで済めば良かったんだけど。
気付いたらなんか、好きになっちゃった。」
私たちが揃って矢印を向けてしまったのは、二学年上の高槻晃平先輩。
ルックス良し性格良しのサッカー部キャプテンで、おまけに生徒会長もやってるとかいう鬼スペックマン。
二年生までは彼女がいたそうだが、三年生になると同時にフリーになってからは、言うまでもない。
次に高槻先輩の彼女枠を勝ち取るのは誰か。
学年を問わず熾烈な戦いが繰り広げられ、私もご多分に漏れなかった。
「自分でも分かってるの。
わたしなんかが好きになっていい相手じゃないって。」
「いやそんなことないけど……。」
「だから、いいの。別に付き合いたいとかは望んでないから。
片思いの人ができたって、それだけ。」
みんなが好きになる色男なんだから、すずが高槻先輩を好きになるのだって、ぜんぜん普通のこと。
なんの問題も違和感もない。
ないんだけど、なんか、意外だった。
だって、すずの好きな芸能人って大体おっさんだし、愛読書だって純文学だし、ひじきとか豆とかの煮物おいしいねって食べちゃうし。
じゃあ伴侶として選ぶ相手も、みんなが首を傾げるような、個性的で渋い感じなのかなって思うじゃん。
「ユウには一応、報告しなきゃって思ってさ。
笑わないでくれて、ありがと。」
なんだよ、すずも結局はイケメン好きなのかよ。
自分も酷いミーハーであるのを棚に上げて、私は勝手にガッカリした。
「───今朝の見た?」
「なに?」
「高槻先輩。」
「なに、なんかあったん?」
気持ちを打ち明けてくれた日から、すずはしょっちゅう高槻先輩の話をするようになった。
嬉しそうに楽しそうに、私が欠伸をするまで、懲りもせず。
滅多に自己表現をしたがらない性分のすずが、こうも饒舌になるほどだ。
相当に入れ込んでいるのだろう。
私の知る限りでも初恋。
初めて目にする親友の姿。
すずが恋をすると、すずが女になると、こうなるんだなあって。
興味深い反面、ちょっと複雑だった。
「───そういえば昨日、高槻先輩がね。」
「ハイハイ。」
実は私も、前から高槻先輩を好きだったの。
そう言えばきっと、すずは受け入れてくれるんだと思う。
でも、受け入れたら最後、自分の気持ちには蓋をしてしまうんだと思う。
ユウの方が相応しいよとか、私なんかじゃ釣り合わないよとか、勝負する前から諦めて身を引いてしまう。
互いに成長を見守ってきた幼馴染みだからこそ、分かる。
すずは、そういうヤツなんだ。
「───あ、ごめん。
わたしまた、一方的に……。」
「いーよいーよ。普段ワタシのが聞いてもらってばっかだし。
で?高槻先輩がどーしたって?」
言わなかった。
すずを悲しませたくなくて、大事な親友をそのへんの有象無象と同じにしたくなくて。
私の眼鏡に適う男はこの学校にいない、私はとうぶん彼氏なんか要らないと、嘘をついた。
こっそり続けていた高槻先輩へのストーキングも、やらなくなった。
「───こんなことユウにしか言えないから、つい調子乗っちゃうよ。
いつも付き合ってくれて、感謝してる。」
いや、違う。
言わなかったんじゃない。
やらなかったんじゃない。
言えなかった。
できなくなったんだ。
「───さっき友達の人とじゃれてたんだけど、不意打ちで膝カックンされて、変な悲鳴あげてた。
男の人でも、あんな声でるんだね。」
「───気付いたんだけど、先輩ってちょっと内股だよね。癖なのかな?
あ、そのせいで躓きやすいとか。じゃあ矯正するべきなのかな……。」
「───こないだ噂で聞いちゃった。先輩、猫アレルギーなんだって。
でも先輩自身は猫大好きで、野良を見付けると、つい構っちゃって。で、帰る頃には、くしゃみ止まんなくなるんだって。
可哀相だけど可愛くない?」
すずはいつも、高槻先輩のカッコイイ話じゃなく、カッコ悪い話をする。
箸の持ち方が変だとか、なんでもない道でよく転ぶとか。
虫が出ると女みたいにギャーギャー騒ぐとか。
そういうダサくて間抜けなところを、人間らしくて素敵だという。
「ふーん。よく見てんね。」
私は知らなかった。
すずより前に好きになって、ストーキングまでしてたくせに。
高槻先輩にそんな一面があったなんて、気付かなかった。
みんなが憧れる"表"ばかりをフォーカスし、"裏"を見ようとしなかった。
そもそも、先輩に裏側があるってこと自体、考えもしなかった。
「───あ、あれあれホラ。高槻先輩。
珍しいとこでー……、と。誰かいんな。誰だあれ?」
「桜井さんだよ。」
「だれ?ミスチル?」
「高槻先輩と付き合ってるんじゃないかって言われてる人。」
「え、じゃあライバルじゃん。」
「とんでもない。わたしなんかじゃ話にならないよ。」
「やってみなきゃ分かんないじゃん。」
「分かるよ。なにもかも勝ち目ない。
だって、あんなお似合いなんだよ?
桜井さんくらい素敵な人が相手なら、諦めもつくってもんだよ。」
私はカッコイイ先輩を好きになったけど、すずはカッコ悪い先輩を好きになった。
先輩も一人の人間で、一人の男で、完全無欠じゃないってことを、すずは理解している。
私には無いものを、すずは持ってる。
「すずだって負けないくらいカワイイじゃん。」
「ふ、優しいの。
そう言ってくれるの、ユウだけだよ。」
どうせ負けるなら、すずにが良いな。
気付けば自分自身ではなく、すずこそ高槻先輩の彼女に、と望むようになった。
私みたいにスペックで男を選んだりしない、本当の意味で誰かを愛することの出来る、すずに。
「───ユウ。
話、あるんだけど。」
望みは、やがて現実となった。
高槻先輩の方からすずに交際を申し込み、二人は晴れて恋人同士となった。
どこで接点を持ったのか、なにが決め手だったのか。
少なくとも、私は聞いていない。
すずが隠し事をするとも思えないので、本当に急な話だったんだろう。
高槻先輩ファンの中に、可愛くて頭が良くて特別な子がいると、巡り巡って本人の耳に入ったのかもしれない。
だとしたら、唆したヤツは良い仕事をしてくれた。
成就に免じて、すずの秘めたる恋心をバラしやがった罪は不問にしてやろう。
「だから言ったっしょ?すずだって負けてないって。」
何はともあれ、すずの想いが通じたんだ。
どのみちワタシなんかはお呼びじゃなかったろうし、好きな人と親友がカップルになってくれるんなら、これ以上の大団円はない。
「ほんと、まさか、こんなことになるなんて。
まだ夢見てるみたいだよ。」
その瞬間、私は失恋をした。
高槻先輩じゃなく、すずに。
「それもこれも、有能なアドバイザーが付いてたおかげだな。
見返りに牛乳プリンをひとつ献上したまえ。」
「安っす。」
私は、すずを好きになった。
高槻先輩のここが素晴らしい、ここが魅力的という話を毎日聞かされて、高槻先輩やっぱりサイコー、とはならなかった。
誰も気に留めないような美点を見出だしてしまうところや、本人でさえ隠している努力をきちんと評価してあげるところ。
私なんかじゃ釣り合わないと言いながら、もし結婚したらの妄想に自分で笑ってしまうところ。
私でさえ知らなかったすずの素顔が、高槻先輩の存在ありきで、どんどん炙り出されていって。
私の中の高槻先輩が小さくなるにつれて、すずは大きくなっていくばかりだった。
「本当にありがとう、ユウ。ぜんぶユウのおかげだよ。」
自覚と同時に失恋。
しかも相手は同性の友達。
ヤベーだろ、普通に考えて。
だって私、面食いだし。
今まで男しか好きになったことないし。
女もイケるなんて想像もしたことなかったし。
ていうか、なんで、すずなの。
幼馴染みなんだよ。親友なんだよ。ずっと一緒にいたの。
クリーム系食べると太りやすいのとか、生理の時ゾンビみたいになんのとか、寝顔が引くほどブスなのとか、ぜんぶ知ってんの。
もし私が男だったら、百年の恋も冷めちゃうかもしんないようなとこ、ずっと傍で見てきたの。
なのになんで、いまさら。
「ユウにも好きな人できたら、今度はわたしが応援するからね。」
いくら自問自答したって、答えは変わらない。
好きになってしまったものは、しょうがない。
問題なのは、この疚しい気持ちを抱えたまま、どうやって友達関係を続けていくか。
「ばーか。
アンタの応援なんて要んねーよ。」
ねえ、すず。
私も高槻先輩を好きだったって言ったら、その上でアンタを好きになっちゃったって言ったら、どうする?