第7話「見抜く者と見抜かれる者」
FからJブロックの試合も全て終了し、本戦出場者たちが続々と会場の入口へと集まり始めた。武舞台での激戦から解放された彼らの表情は、安堵と達成感、そしてかすかな疲労を滲ませている。会場の受付では、本戦を勝ち抜いた者たちに地球行きのシャトルのチケットが発行されていた。
フーマ、ルナ、テルマ、そしてシグレもまた、列に並び、順番にチケットを受け取っていく。
「やったー! ついに地球や!」
シグレは、チケットを両手で高く掲げ、全身で喜びを表現した。その底抜けに明るいテンションに、ルナもつられるようにして、少し恥ずかしそうにしながらも、小さく飛び跳ねて喜びを表す。
「ふふ、よかったね、シグレさん!」
一方、フーマとテルマは、派手に騒ぐことなく、静かに喜びを分かち合っていた。二人は互いに小さく拳を合わせ、無言のままに、この快挙を祝福した。
「ああ、勝ててよかった…」
テルマが小さく呟き、フーマは静かに頷く。勝利の余韻に浸る彼らの元へ、一人の老人がゆっくりと歩み寄ってきた。それは、フーマと同じBブロックを勝ち抜いた、謎めいた老人だった。
「そこの少年たち、少し待つのじゃ」
穏やかな、しかしどこか芯の通った声に、フーマたちは一斉に老人の方を向いた。フーマは一瞬戸惑ったが、すぐに本戦の武舞台で相対した、あの侮れない相手だと悟る。その鋭い眼差しは、フーマの記憶に強く刻み込まれていた。
「お前さんたち、スジがいい。中々見所があるわい」
老人は、にこやかにフーマたちを見つめ、特にフーマとテルマに視線を向けた。
「特にそこの黒髪と茶髪のお前さんたち。お前さんたちは戦闘の才がある。どうじゃ? ワシと稽古しないか?」
老人の突然の誘いに、フーマとテルマは顔を見合わせ、首を横に振る。
「悪いが、知らない人にはついていくなと教育されているのでな」
フーマがユーモアを交えながらも、やんわりと断った。テルマも続いて言葉を継ぐ。
「僕も遠慮させていただきます。やることがありますので」
二人の返答に、老人はがっくりと肩を落とし、しょんぼりとした表情を見せた。
「そうか…じゃが、もし修行したくなったら、いつでも会いに来てくれ…おっと、ワシとしたことが、自己紹介が遅れたな」
老人は、再び顔を上げると、柔らかな笑顔を浮かべた。
「ワシの名はクオン。いつでも連絡くれ。お前さんらが修行したいと言うのであれば、ぶっ飛んで来るからのぉ」
そう言って、クオンは二枚の紙切れをフーマとテルマに手渡した。そこには、連絡先が記されている。二人は社交辞令的に礼を言い、その場を後にしようとした。
その時、クオンは、今度はルナを呼び止めた。
「そこの青いの! ちょい待たれよ」
クオンは、そう言いながら、瞬時にルナの目の前に移動していた。そのあまりの速さに、ルナは息をのむ。そして、彼女の耳元にそっと囁いた。
「…あの力はなるべく人の前では使わん方がよいぞ、せっかく変装しているのにバレてしまうわい…」
その警告を聞いた瞬間、ルナは目を見開いた。彼女の脳裏には、武舞台での出来事が蘇る。バリアが解けた後に無意識に使った、あの特殊な力。そして、フーマが用意してくれたイヤリングとネックレスから発せられる電磁波による変装。その両方を見破られ、ルナは大きな動揺を覚えた。
驚きに固まる彼女の隙をついて、クオンはすでに少し離れた場所に移動していた。
「いつでも待っておるぞ」
クオンは、満面の笑みを浮かべ、そう言い残して去っていった。その一連の出来事を目撃していた一同、そして我に返ったシグレが、大声で叫んだ。
「いや私には何も無いのかぁ!」
シグレのツッコミに、フーマたちは思わず苦笑いを浮かべた。
その後、彼らは後日再び集まる約束を交わし、その場で解散した。
フーマと共に万工房に帰ってきたルナは、扉を開けながら、いつものように言った。
「ただいま」
「ただいま戻りました」
リビングに入ると、そこには豪華なご馳走が所狭しと並べられていた。フーマたちがチケットを獲得することがわかっていたかのように、カシラが盛大なパーティーを用意してくれていたのだ。メインディッシュの仕上げをしていたカシラは、二人の存在に気づくと、満面の笑みで振り返った。
「おぉ! おかえり! 2人とも、少し待ってな、あとちょっとで焼きあがるから」
カシラは、二人の労をねぎらい、そしてその日の夜、ささやかながらも温かい祝勝パーティーが催された。
パーティーが終わり、カシラが熟睡している深夜、リビングにはフーマの姿があった。念願の地球に行くことが出来る喜び、そして仮想空間での三日間(現実では四時間ほど)、そして本戦。その余韻が未だに残っているのか、彼は眠れずにいた。
そこに、目を擦りながらルナがリビングに入ってきた。
「ルナ、起こしちまったか?」
フーマの問いに、ルナは首を横に振る。
「ううん、違うの。何でか目が覚めちゃって。緊張感がまだ抜けてないみたい」
二人の間に、静かな時間が流れる。ふとした雑談を交わすうち、ルナは思い詰めた表情でフーマに語り始めた。
「フーマ…あの、最後のおじいさんのことなんだけど…」
ルナの声色が変わったのを見て、フーマは静かに頷く。
「クオン…とか言ってたな」
「そう、あの人…私の変装、バレてたみたい」
ルナの告白に、フーマは驚きを隠せない。
「そうだったのか…知り合いだったとか?」
フーマの問いに、ルナはかぶりを振る。
「ううん、初めて会う人…だけど…私のあの力について知ってた…最後に、言われたの…」
ルナは、クオンに耳元で囁かれた警告を思い出しながら答えた。
「『…あの力はなるべく人の前では使わん方がよいぞ、せっかく変装しているのにバレてしまうわい…』って…」
その言葉をルナの口から聞いたフーマは、驚きを隠せなかった。
「あのじいさんが、そんなことを…」
フーマは、静かに拳を握りしめた。クオンという存在が、単なる老人ではなく、とてつもない実力と、何かを知る者であることを悟った。
「一体何者なんだ…」
フーマは、クオンという侮れない存在を、深く記憶に刻み込むのであった。
あれから数日後。
フーマは、ルナと共に近くのショッピングモールに買い物に来ていた。ルナの姿は、イヤリングとネックレスの力で、アオイに変装している。
しかし、フーマの目的はただの護衛ではない。今回はシグレとルナの交流を深めることも含めたショッピングであったが、フーマの真の目的は、シグレという存在がルナにとって害のある存在かを見極めることである。取り繕っているのか、はたまた本当に仲良くなりたいだけなのか、その真意を探るべく、フーマは気配を極力消して護衛に徹していた。
モールの入口で待ち合わせをしてシグレとルナが合流してから数十分、少し距離を置いて見ていたフーマは、ある事実に直面し、内心で困惑していた。
(……なんで、こんなに…)
明らかにルナとシグレを狙って、背後からつけている黒いスーツを纏った男たちが数十人いたのだ。フーマは、すでに数人を気絶させ、一般人の目に触れないように掃除カートやゴミ箱の中などに隠していた。しかし、次々と現れる黒スーツの男たちは、依然としてルナたちをつけていた。
(もういい加減、終わりにしよう)
フーマは、そう心の中で呟くと、最大級のスピードで、次々と黒スーツの男たちを気絶させていく。彼は、掃除カートの中、エレベーターの中、椅子の下、ゴミ箱の中など、ありとあらゆる場所に、気絶した男たちを隠していった。
そして、最後に残った男を、軽く手刀で終わらせようとした。しかし、男は軽々とフーマの手刀をいなした。
(…こいつ…!)
フーマは咄嗟に距離を取る。男は、ゆっくりと胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。そして、サングラス越しにフーマの方を鋭い眼光で見た。
「なんだてめぇは…俺になにか用でもあんのか?」
男のその言葉に、フーマは臨戦態勢を取りつつ、冷静に返答する。
「女性二人に対して、背後から付け狙う下衆が大勢…これだけでわからないか?」
フーマは煽りを含ませつつ、鋭い眼光で男を睨み返す。男は、吸った煙をゆっくりと吐き出し、静かに呟いた。
「……そうか…」
その刹那、男はどこから出したのかもわからない脇差を手にし、フーマの首目掛けて、目にも止まらぬ速さで斬りかかってきた。テルマによる気配ゼロの奇襲を受け続けたことによって発達したフーマの第六感が、首筋への攻撃を察知する。脇差が首に届く前に、フーマは男の右腕の手首を掴み、間一髪で攻撃を止めた。
攻撃を止めたと同時に、男の脇腹めがけてフーマは拳を叩き込むが、相手は脇差の鞘で勢いが出る前に止められてしまう。
((こいつ…できる…!))
しばしの硬直状態、二人は同時に互いの力量を見定めていた。そして、二人は一度距離を取った上で、モールの吹き抜けの周りで高速戦闘を繰り広げ始めた。
この戦いを通して、唯一、お互いの意見が合致している点、それは対象であるルナたちに自分たちの戦闘を悟られてはならないという点だった。男は、ルナたちを危険に晒すわけにはいかないという思いから、フーマもまた、ルナたちに不安を感じさせたくないという思いから、『周りに知られないように、悟られないように密かに制圧する』という思いであった。
幾度となく剣撃を相手に浴びせたが、男は依然として致命傷には至っていないフーマの肉体の硬さに驚愕していた。
(何度も斬ったはずだが…何故どこも中途半端にしか斬れてねぇんだ。俺の太刀筋には何の問題もねぇ、なら相手の筋肉がよっぽど硬ぇってことか)
一方で、フーマも同様に驚いていた。
(何回殴ったかもう覚えてない…だけど剣筋が衰えるどころか鋭さが増してきてる。初撃で少し手を抜いたとはいえ、今はかなり力を入れている。つまり、相手がかなりタフということか)
柱という柱を飛び交い、壁という壁を走り回り、しかし周囲の人間には気取られずに、二人は闘いを激化させていく。
(ちっ…こんな短ぇ得物だとやりづれぇ。それに、早くねじ伏せねぇと見失っちまう…)
男が、わずかに焦りを感じ始める。焦りが行動にも出てしまったのか、彼の攻撃が少し単調になってきた。
それを見逃さなかったフーマは、伸ばしきった男の右腕をガッシリと掴み、真下に叩きつけるように投げた。それは、背負い投げにも似た、流れるような美しい投げ技だった。高速で投げられた男が辛うじて見えたのは、自分が投げられたのは五階建てのモールの四階から、円柱状にくり抜かれた吹き抜けの一番下に向けて、勢いよく投げられた光景であった。男は流れに抗おうとしたが、掴む場所、触れられる場所が一切ない。円柱のど真ん中を突っ切って真下に向かう自分を認識することは出来たものの、抗うことは叶わず、男は流れに身を任せて自身の敗北を認めた。
その瞬間、フーマが突如、吹き抜けの端の方に掛けられていた「本日5%OFF」と書かれた懸垂幕を掴み、器用に空中の男を懸垂幕でキャッチ。そして男の存在がバレないように、すぐさま懸垂幕を巻いて回収し、自身がいる四階へと持ち上げた。
戦闘からの、バレないように懸垂幕で地面に向けて加速していた男を回収する。ここまでの作業で疲れが来たのか、男を回収した後、フーマは疲れて少し息が荒くなっていた。
「もっとちゃんとした得物持ってくるべきだったな…こんなに楽しいのは久しぶりだ…」
男は、簀巻きにされた状態で頭だけ覗かせて、満足げにそう言った。フーマはその状態を見て、先ほどの戦いで感じた高揚感を再確認する。
「…楽しい…か…」
それも束の間、そこにショッピング中のルナとシグレが訪ねてきた。
「あ、フーマ! ショッピング楽しんできたよ」
満面の笑みでルナが言う。それに続き、シグレも高笑いをした。
「いやぁ、やっぱ同年代の子と仲良くなれてよかったわぁ。おかげで楽しませてもろたわ!なぁ〜はっはっは!」
しかし、その笑いも束の間、シグレはフーマの持つ懸垂幕から飛び出る頭を見て目を細める。サングラスはしていないし、タバコも吸っていないし、髪もボサボサになっているが、よくよく見るとシグレの見知った顔であった。
「あぁ!!! イズモ!!」
シグレの甲高い声が、モール内に響き渡る。それを見たフーマは、内心で(まさか…知り合いなのか…?)と疑問に思った。
ルナは、何が起こったのか分からず、可愛い顔でキョトンとしていた。
2週間ほど更新できずにすみません。今後は月曜日の昼12時に毎週1話ずつ更新していくつもりなのでよろしくお願いします。




