第3話「共闘する者たち」
「いくぞ、テルマ」
「ああ。なにやら、仕組まれてる気がする」
フーマとテルマは、迫りくる巨大な影に向かって、静かに一歩を踏み出した。
彼らが洞窟に駆け戻るおよそ五分前、テルマは近くの川で釣った魚を手にしていた。食料を確保し、三人の水筒に水を満たして戻ろうとした時、轟音とも呼べるような、巨大な何かが草木をなぎ倒しながら進む音が聞こえてきた。テルマは即座に近くの木に登り、その音のする方向を視認する。木の陰から見えたのは、ツキノワグマの平均サイズの五倍はあろうかという巨大なクマだった。尋常ではない雰囲気を纏ったソレは、ゆっくりと、しかし着実に、テルマたちがいる洞窟の方角へと向かっていた。その時は、何故ソレがこちらに向かっているのか分からなかったが、テルマはただならぬ気配を感じ取り、慌てて洞窟へと戻った。
テルマはフーマとルナに危険を知らせると、単身で再びクマの様子を見に行った。その間に、フーマはルナに語りかけた。
「ルナ。もしもの時だ。俺たちが戻れなかったり、どうしようもなくなったら、あの力を使うんだ」
フーマは、以前ルナが黒服を追い払った特殊な力を指している。ルナは不安そうに顔を曇らせた。
「でも、その力を使うと……」
「わかってる。でも、生き残るためだ。もしもの時は、躊躇うな」
フーマはルナに強く言い聞かせ、その場を後にした。
テルマと合流した二人は、洞窟から少し離れた場所で巨大クマを待ち構えていた。
「…フーマ、落ち着け」
テルマの声が、少しだけ興奮しているフーマを冷静にさせる。フーマは、目の前にそびえ立つかのよう
なクマの威容に、言葉を失っていた。
「…ああ、わかってる。あいつ…日出山にいたクマとは、あまりにも違いすぎる」
フーマは、冷静さを取り戻すと、テルマに作戦を提案した。
「俺が注意を引く。お前は気配を絶って、背後から仕留めてくれ」
テルマは、フーマの言葉に頷いた。
「わかった。無理はするなよ」
フーマは、テルマの言葉に頷くと、足元から小石を拾い上げた。フーマは、その小石をクマの顔面に向けて投げつけた。小石は、クマの巨大な顔に鈍い音を立ててぶつかる。
「グルルルル…!」
クマは、怒りの咆哮を上げ、フーマの方へ向き直った。
「こっちだ、デカブツ!」
フーマは叫び、森の中を駆け出した。日出山で鍛え上げたフィジカルが、木の根や枝を軽やかにかわしていく。しかし、巨大なクマの追跡は想像以上に執拗だった。クマは太い木々をなぎ倒し、フーマとの距離を着実に詰めてくる。
フーマは、走りながら太い木の枝を力任せにへし折り、それを即席の槍のように構えると、振り返りざまにクマの顔面めがけて投げつけた。枝はクマの鼻先に突き刺さり、クマはさらに激しい咆哮を上げた。その一瞬の隙に、フーマは地面に低く姿勢を保ち、密集した灌木帯へと滑り込んだ。
灌木が体を擦り、僅かな傷が付くが、構わず突き進む。クマが灌木帯に突入しようとした瞬間、フーマは急な方向転換で右へと身を翻し、クマの進行方向を錯乱させた。巨大なクマは灌木帯に突っ込み、身動きが取れないように見える。その間に、フーマはさらに距離を取り、クマの怒りを煽るように挑発的な動きを繰り返した。
その間、テルマは自身の存在を完全に消していた。左手の中指には、カシラが作ってくれた指輪が嵌められている。テルマはその指輪を操作し、中から細く、しかし強靭なワイヤーを取り出した。
テルマは、木の枝から木の枝へと軽やかに飛び移りながら、クマを補足した。クマは、ただフーマを追うことに夢中になっている。そして、フーマが追いつめられ、目の前に大きな岩壁が立ちはだかった。
「ここまでだ、デカブツ!」
フーマが叫び、振り返ったその時、追いついたクマは、獲物を前に、獰猛な笑みを浮かべた。しかし、その瞬間、テルマがクマの背後から飛びかかった。
テルマは、ワイヤーをクマの太い首に括り付け、ワイヤーの先端を右手に数回巻いてしっかり握りしめた。クマは首を絞められ、苦しそうに暴れ始める。ワイヤーの強度をもってしても、通常のクマの首とは桁違いの太さを持つその首を、テルマの力だけでは簡単に切断することは叶わない。
「くそ、切れない!」
テルマは全身の力を込めてワイヤーを引っ張るが、クマもまた、生きるために必死に抵抗する。巨大なクマは頭部を激しく左右に振り、テルマを振りほどこうと暴れ狂う。その強靭さに、フーマは驚愕した。
「チッ…!」
クマの抵抗でワイヤーが解け始めた。テルマは体勢を崩し、宙に浮いた状態から地面に叩きつけられそうになる。
「…テルマ!」
フーマは、咄嗟に地面を蹴り、クマの顔面めがけて回し蹴りを放った。クマは怒りのままに前足を振り回し、フーマの体を引っ掻こうとするが、フーマは紙一重でそれを回避した。
「すまない、フーマ!一度ワイヤーを巻き直す!」
テルマは、その間にワイヤーを巻き直す体勢を立て直す。フーマはクマの注意を引くため、クマの巨体の周りを走り回りながら、顔面や脇腹に的確な打撃を繰り出した。クマがフーマに気を取られている間に、テルマは素早くワイヤーを周囲の木や岩に何重にも通し、クマの全身をがんじがらめに縛りつけた。
「これで動けないはずだ!」
だが、それでもクマはまだ抵抗を続けていた。テルマはワイヤーをクマの首に二重に回し、再び絞めにかかる。テルマの力がまだ足りず、クマは力を振り絞ってテルマに襲いかかろうとしていた。
その時、フーマが全速力でテルマのワイヤーに横からキックを入れた。
「いけぇ!」
フーマの渾身のキックがワイヤーに加わり、ワイヤーはさらに深くクマの首に食い込む。クマは最後の悲鳴を上げ、その巨大な体がガクンと力を失った。ワイヤーが完全に首を絞め切ったのだ。
グチャッ、という鈍い音とともに、クマの頭部は地面に落ち、その瞬間、粒子となって消えていった。
クマの体が粒子を放ち、そして、それはカードの形へと固まり、具現化された。そのカードには、B、F、Hと三つのアルファベットが書かれていた。
「…やったな、フーマ!」
テルマは安堵と疲労の入り混じった顔で、フーマに微笑みかけた。
「ああ。まさか、お前の力でも切れないとはな」
フーマは、テルマのワイヤーを指差して言った。
「…なんだ、これ?」
フーマは、目の前で起きた出来事に、呆然としていた。テルマもまた、不思議そうにそのカードを見つめている。
「わからない。だが、とりあえず回収しておこう」
テルマはそう言って、カードを手に取った。硬質な素材でできたそれは、彼の手にしっかりと収まった。
二人は、このカードが何なのかは知る由もなく、洞窟へと戻っていった。
洞窟に戻ると、ルナは心配そうに二人の帰りを待っていた。
「おかえりなさい、フーマさん、テルマさん!」
ルナの安堵した表情を見て、フーマとテルマは、クマを仕留めたことの安堵と喜びを感じた。
「ああ、ただいま。心配かけたな」
フーマはそう言って、ルナに一つのカードを渡した。そのカードには、B、F、Hと書かれていた。フーマがB、テルマがH、ルナがFのカードを持つ。
「これ、何かのアイテムかな?」
ルナの問いに、フーマは首を横に振る。
「わからない。だが、大事なものだと思う。大切に持っていてくれ」
ルナは、フーマの言葉に頷き、カードを大切にポケットにしまった。
三人は、その日の残りを洞窟の中で過ごし、テルマとフーマは夜通しで警戒を続けた。
そして、三日目の朝。
テルマが取ってきた魚を食べていた三人の耳に、突然、運営のアナウンスが響いた。
「──緊急アナウンス。参加者の規定人数が脱落したため、予定を繰り上げ、サバイバルを終了します。」
そのアナウンスと共に、三人の体は、光の粒子と化し、その場から消えていった。
次に三人が目を開けた時、彼らは最初に入ったカプセルの中で目を覚ました。カプセルの蓋が開き、三人は立ち上がる。すると、カプセルの側面にある機械から、カチリ、と音を立ててカードが発行された。
フーマが手にしたのはB、ルナの手にはF、テルマの手にはHと書かれたカードだった。
三人は、会場の巨大なモニターの前に集まった。そこには、すでに多くの参加者が集まっていた。
「これより、本戦に進出する者の発表を行います。」
モニターに、新たなアナウンスが映し出された。
「本戦は、カードに記されたアルファベットごとに分かれた、バトルロイヤル形式で行われます。」
その言葉に、フーマ、ルナ、テルマの三人は、驚きに目を見開いた。
「…バトルロイヤル、だと?」
フーマは、静かに呟いた。彼の藤色の瞳は、モニターの文字を鋭く見つめている。
「おいおい、冗談だろ……」
テルマは、苦笑しながら頭をかいた。
「サバイバル形式だと思っていたのに、まさか殴り合いとはね」
ルナは、不安そうな表情で二人の顔を交互に見つめた。
「……どうしよう、フーマ」
「大丈夫だ。やることは変わらない」
フーマは、ルナの肩にそっと手を置いた。
「ただ、生き残るだけだ」
彼らが手にしたカードが、何のために存在したのか。そして、この先の戦いが、どのようなものになるのか。
彼らは、これから始まる過酷な戦いに、静かに決意を固めた。




