初夜の夢・追幻想 2 ~ たまきの夢
3 初夜の夢・追幻想 2 ~ たまきの夢
結婚式の日=私が28歳の誕生日を迎えた日の夢の話です。
無事、私たちの願いが成就したので、揃って出雲大社にお参りした帰り。
JR出雲市駅まで戻ってみどりの窓口に行くと、なぜか、1979年の日本国有鉄道のカレンダーが窓口の向こうに。職員の制服も違う。今日は1992年7月25日のはずなのに、どうやら7月23日。どういうことかしら?
あと30分ほどもすれば、岡山行の最終「やくも12号」が出るとのことで、二人揃って窓口で自由席特急券を追加して買って、ホームに。
この1979年というのは、私たちH市で中学生だったはずなのに、どういうわけか、二人とも大人に。1歳年下のままの太郎君も、今や、やさしくて頼もしい男性に。彼の肩にもたれてホームのベンチに座っていると、気動車の「やくも」がホームに入線。食堂車では従業員が営業の準備中。
私たちは、3号車の自由席の真ん中あたり、進行方向の左側の、宍道湖と大山が見える側の席へ。太郎君が窓側。列車は定刻で出雲市駅を出発。車掌さんの案内に続き、食堂車の案内。私たちは仲良く並んで座って景色を眺めていた。今日帰って、太郎君と何を食べようかしら。
やがて列車は、玉造温泉に停車。ふとホームを見ると、どこかで見た人たちが。後ろの2号車のドアから列車に乗った模様。
やっぱり、ね。
普段着の30歳ぐらいの男性は、なぜか、キャンディーズの鉢巻をしている。スーツ姿の男性は、蝶ネクタイに丸襟のダブルカフスのシャツ。腕には鼈甲のカフスボタン。誰かはもう言うまでもありません。どちらも、O大の鉄研関係者。創立メンバーでキャンディーズの熱狂的ファンだった偏屈ハカセこと石本秀一氏と、中学生ながらO大学の入学式で鉄研の勧誘ビラを配っていたという、あのマニア氏こと米河清治氏。まんまと見つかってしまいました。
結婚祝をするから、食堂車に行こうとおっしゃるので、私の自慢の髪をかき分けることを許された(義務付けられた?)唯一の男性が、私の右耳の前に手を当ててコソコソと相談。顔を横切って、彼の左側の耳元で私もコソコソ。このお二人はこの程度で冷やかしてはこないけど、何かある人たち。慎重にも慎重を期さなければ。
「じゃあ、ぼくら、食堂車に参ります。この度はお誘いありがとうございます」
「主人」の「宣言」に従い、私も、食堂車にお供することに。
4人で4号車のグリーン車を通り抜けつつ、白い制服に身をまとった車掌さんとすれ違い、食堂車に入ったとき、列車は松江に到着。また幾分、お客さんが乗車した模様。食堂車には、先客はいませんでした。
私たちは宍道湖と大山の見える進行方向左側の、調理室に一番近いテーブルに4人そろって席取り。太郎君と私は進行方向に向かって、業者さんたちはその向かい側に並んで座りました。
窓側は、今度は私とマニア氏。通路側は、太郎君と石本氏。
まずは、人数分のグラスとビールを頼み、早速、ご結婚おめでとうということで乾杯。暑い中、冷房のきいた車内でのビールは格別です。
目の前の人たちはちょっと・・・だけど、隣は、最愛の人。今日は食費も浮くので、新米主婦としては万々歳。
さて、石本氏は、ウエイトレスの女性に何やら会計の点で注文を出す。
一人頭いくらになるか、マニア氏の電卓を借りて、素早く計算。
マニア氏は、ほどなく手酌で飲み始める。
やがて、注文した料理が運ばれてきた。
太郎君はポークカツ定食、私はハンバーグ定食。
「はい太郎君、あーん、して」と言って、ハンバーグを一口、食べてもらう。
「じゃあ、たまきちゃんも。あーん、して」
と、今度は太郎君が私に食べさせてくれる。
毎日毎日、こういうことをし続けるわけでもないけど、これからもずっと、彼と一緒に食べていくことを思うと、とても幸せ。
さて、テーブルの向かい側、偏屈ハカセとマニア氏は、ステーキを食べながら、手酌でどんどんビールを飲む。あっという間に4本とも飲み終わったので、もう1本。
何杯かビールを飲んでステーキで少し小腹が満ちたころ、偏屈ハカセはマニア氏に向かって、ついに話を振り始めた。
「おい、あのアオチュウ、この前京都で、キセルがばれてなあ・・・」
ピカソの絵みたいな写真を撮るとかいうあの青木氏こと「アオチュウ」が、京都駅でヘマなキセルをして捕まった経緯をひとしきり。写真仲間の杉尾なる人物(マニア氏と同じくらいの年齢で、アオチュウ氏よりかなり若い)が京都駅で先に改札を出て入場券を買ってきてくれたのを受取り、それで出ればよさそうなものを、乗った駅からの140円の乗車券を出してしまったものだから、ばれちゃったそうです。
もちろん、そういう不正乗車がいいとは言いませんけど、これじゃあ、そんな次元を通り越して、もう笑うしかないレベルね。
このアオチュウさん、機関車につけられたブルートレインの「瀬戸」号のヘッドマークを宇野駅で盗もうとして、ヘッドマークを機関車から外したのはいいけど、その時に使った工具を落とした音がきっかけで国鉄の職員にばれて捕まったこともあるそうです。
経緯も確かにキセルの話と一緒で「どんくさい」感じですが、その時の言い訳がすごくて、
「ヘッドマークのない走行写真が撮りたかった」ということです。
しかも、あちこちに写真を撮りに行っては、列車の案内標識(「サボ」というそうです)を盗んでいて、国鉄だけでなく他の鉄道会社からもにらまれているとか。
先ほどのヘッドマーク盗みの件がきっかけとなって、アオチュウこと青木氏宅に警察が来て家宅捜索がされたとも。
そういえばその話、鉄研の例会に行ったときにたまたま来られていた石本氏が、太郎君とマニア氏の二人相手に、延々とその「アオチュウ」(先ほどの杉尾氏やO大鉄研OBの堀田氏をはじめ、彼より年下の人たちからも、呼び捨てや、「アオチュウ」呼ばわりをされているそうです)の話をしていたことがあったみたいだけど、あのお話の続きのようです。
その例会のあった日の夜、太郎君から聞かされました。
その「アオチュウ」さん、かなり太っていて、シャツをだらしなくズボンから出していて、しかも上下とも結構汚れているって。夏でもあまり風呂に入らず服の着替えもそうなくて(彼の服は「限定運用」なのだそうで・・・でも一体、何、それ)、とにかく、何とも言えない臭いが・・・。
いくら何でもこんな時期に、新婚さんの前でやめてほしいわよ。
マニア氏はと言えば、その話を止めるどころか、毎月必ず行っている散髪屋のおにいさんから、中学時代アオチュウがある列車のサボを盗んでいるのを見たことがあると言っていましたよ、とか何とかいって、さらに話を盛り上げている。
あのねぇ・・・。
さらには、関西の某大学の鉄研を名乗る複数の大学生が***(車両基地)に侵入して部品を盗んで大阪のその筋の店に売ろうとしたが、店が控えた身分証によって照会されて発覚して、その後がどうとか。
何でもその大学、マスコミには伏せるよう、上手く頼み込んだそうだけど(OBも多数いるしね)、会自体は一時大学公認を取消とか、そんなことがあったようです。しかし、盗んでまでそんな「部品」を持って、楽しいのかしらね。
正直なところ、勘弁してほしい話ばかり。
マニア氏だけなら、おねえさん(のようなものです)の私が即刻止めさせるところだけど、もう一人の相手は大先輩でこの度はスポンサーときていますから、そんな話やめてよ、とも言えない。
いささかうんざりしかけている私の顔色をうかがって、太郎君がついに私の髪をかき分けてきた。耳元で、いつもの決め台詞。
「たまきちゃん、「業者」は、ほっとけ。アオチュウとか、確かにあまりいい話じゃないけどさ、この方がかえってぼくらだけで楽しめるから、いいじゃないか」
列車は米子に到着して、さらに何人もの人達が乗ってきて、食堂車にも、少しずつお客さんが入り始めた。そこで石本氏、一旦会計すると宣言し、ウエイトレスさんに4人分、まとめて「立替払い」をした。会計が済んでも、偏屈ハカセ、どんどん注文しんさい、と。私たちはさらに、ハムサラダなどとビールを注文した。
ご飯は量が多いので、太郎君に食べてもらう。
これでまた、「あーん、して」を二人で繰り返しつつ、何人子どもがほしいか、男の子と女の子、どっちがいいかな、などと語り合った。男の子と女の子の両方がほしい、できれば、最低1人ずつ。昔の何かの野球漫画みたいに、野球チームができるほどもいらないけどね、だって。私も同感。
私たちはどちらも一人っ子だから、せめて子ども達は兄弟が一人はいた方がいいな、というところで、意見が見事に一致しました。
幸か不幸か、今日の向こう側は、太郎君が乗っていけそうにない話ばかりの模様。
「業者さん」たちは、ご飯を食べず、おかずばかりでひたすら飲んでおいでです。困った人たちの話こそ終わったものの、今度は、大昔の客車や模型の話。
マニア氏に言わせれば、模型だからこそ現実にはあり得なかった編成もできて、それがまさに、夢があってどうこうと話しておいでですが、そんなのに果して、夢や未来があるものかしらね。
峠を超えて、新見到着。
県北からの帰りの客をまた幾分乗せて、列車は一路岡山へ。
出発後、ここで御大がまた会計を宣言して「立替払い」。車内は夕食の時間帯だから、お客もそれなりに入ってきた。うちは4人なので相席ではないけど、他のテーブルは相席も多い。あたりはもうかなり暗くなっている。
太郎君がふと思い出したように、「やくも」の気動車のエンジンの音のことをマニア氏に向けて言い出した。マニア氏、うれしそうにうんちくを垂れ始めそうになりましたけど(それはどのみち彼が小学生で鉄研に来始めたころ、ある先輩の会誌の記事を読んで、「はしか」みたいに「かぶれた」だけね)、私が、
「そんなもの、騒音以外の何物でもないでしょ」
とだけ答えて、残っていたハムを「あーん」させて、太郎君に食べさせました。
さて、また会計の仕切り直しをして、私たちはサンドイッチとビールを1本注文。またも、食べ合わせっこをするけど、確かに、目の前の「業者さん」たちのおかげで、あまりよそに見られずに済んでいるのは、助かるわね。見ないふりしてくれているだけかもしれないけど。
マニア氏は、締めのカレーライスを注文して食べつつ、また、ビールを飲んでいる。
石本氏の、そろそろウィスキーでもいくか、との仰せに、御意ですと、マニア氏。
「特別急行岡山行き、発車いたします」
という、備中高梁駅の案内放送が食堂車の車内にも聞こえた。
石本氏とマニア氏は、それぞれ、太郎君と私の伝票につける形で、国産のウィスキーを注文し、しばらくゆっくりと飲む。列車が総社を通過する頃になって、ようやく、ここらでお開きにしようと偏屈ハカセ。
食堂車も、閉店準備に入る模様。
御大はここでまた4人分まとめて「立替払い」。
今回もしっかりと領収書をもらっていた。
マニア氏と御大、どれほど飲んだかわからないけど、まったく崩れていない。
私たちは、3号車の自由席に戻った。
さっき座っていた席は、途中で誰かが乗ってきて座っていたけど、そんなに混んでいないので、適当なところを見つけ、並んで座った。石本さんにお礼を言ったら、礼には及ばん、これはお祝いじゃ、と、ありがたきお言葉。
その後も、マニア氏と偏屈ハカセは、あいも変わらず鉄道絡みの話をしていた。
聞くとどうも、「料飲税」をこれで一切払わなくて済み、安く仕上がった、とのこと。これ、とある有名な岡山の鉄道趣味人の方に石本さんが教えてもらったやり方だとか。列車はやがて倉敷出発。私と太郎君は、ディーゼルエンジンの音を子守唄に、寄り添い合って居眠り。
列車は定刻に岡山に到着した・・・、はずです。
隣あって寝ていた太郎君と私はほぼ同時に起き、目覚めのくちづけを合図に、シャワーを浴びて、珈琲を飲みました。彼もまた、同じ夢を見ていたみたい。
料飲税って何?と、太郎君に聞いてみた。
1989年の消費税導入時まで、1人確か2,500円以上の外食で飲食額の10%課されていた地方税で、食堂車でも課されていたって。
今(注:1993年当時)は特別地方消費税となって、7,500円以上で3%。食堂車では、もうほとんど縁がない税だそうです。