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 電話ボックスの外に出て、ものの三十秒もしないうちに島田くんのこちらに駆け寄ってくる姿がわたしの目に映った。

「よう」

「こんばんは」

 子供ながらに白けた沈黙が舞い落ちる。

「あのさ、早い方が良いと思ったものだから……」

「わかった。もう何にもいうな」

「ごめん」

「送ってくよ」

「あのさ」

「暗いからね」

「でもさ……」

「黙ってろよ」

 けれども、わたしの口からは残酷ないいわけが飛び出してくる。

「あのさ、あたし、まだ子供だからさ。だから、まだよくわからないからさ」

 けれども島田くんはわたしの咄嗟の言い訳を聞こうともせずに歩きはじめた。仕方がないので、わたしも彼の背中を追いかけるように歩きはじめた。

 子供だって背中でモノを言うんだ、とそのときわたしが思ったかどうかは定かではない。だが、わたしは街に落ちた濃い闇の路地を歩く島田くんの後姿に確かに悲哀のようなものを感じたはずだ。そしてそれを引き起こした原因が自分にあるとわかっていたので、彼の背中の想いにわたしの心も悲しくなった。

「島田くんのことがキライなわけじゃないんだよ」と彼にかけたその言葉に嘘はなく、また島田くんから返ってきた、「でも、好きでもないんだろ!」という言葉も嘘ではなかった。

「そんなふうにいわれると困るけど、一緒にいてドキドキしたりはしないから、いつも一緒にいたいとは思わないから…… でもキミはいい人だし、運動も上手いし、そういう意味ではキライじゃないから……」

「じゃあ、聞くけど、今村だったらドキドキするわけ?」

「ひぇっ?」

「ひぇっ、じゃないよ。答えたくないんなら、答えなくてもいいけどさ」

「別に今村くんにもドキドキしないよ」

「本当に?」

「あたしがこんなときに嘘をいうと思う?」

「思わないけど、女子って、わからないからなぁ。男子の話になると……」

「まあ、そういうことはあるかもしれないけどね。だけど島田くんはそう思ってたんだ」

「だって、お前、今村のこと、睨んでいることが多かった気がしてさ」

 言われて気付いたが、「あっ、それで?」と返答するのは躊躇われた。何故なら、そう答えれば、わたしが自分でも気づかぬうちに今村くんに憎悪を投げかけていた理由を説明しなければならないだろうし、よしんばその理由を彼に話したにしても、島田くんがそれを理解するとは思えなかったからだ。

 だから、わたしは順当に彼の問いかけに答えた。

「そう、気がつかなかったわ」

 言って、わたしは溜息を吐いた。すると――

「お前が自分で気付いていないだけで、乙卯、実は今村のことが好きなんじゃないか?」

 そう指摘した島田くんの口調にわたしに対する気遣いが感じられたので、わたしは彼の優しいお目出度さ加減に逆にしんみりしてしまった。

「さあ、自分で気付いていないんなら、そんなことわからないんじゃないの?」

「あいつだとライバルが多いから、きっと大変だぞ!」

「だから、あたしは別に今村くんのことは、どうにも思っていないって…… でも、心配してくれて、ありがとう」

「いま、お前に感謝されたって、ちっとも嬉しくないよ」

 それからわたしたち二人は無言で数分間歩き、やがてわたしの家のあるブロックに達すると、「じゃあな!」と言って島田くんが踵を返して元来た方向に駆け去った。わたしはその日二度目に道に一人で捨て置かれて、島田くんを振ったのが紛れもなく自分であることを理解しながら、彼からもまた今村くんからも同時に振られたような気がして、地面の底が抜けたような悲しさを味わった。

 相談しようにも和音は近くにいない。悲しさの理由をわかって貰いたくても和音は近くにいない。

 それに、これは和音には相談できる事柄でもなかった。

 和音がわたしのことを、わたしが和音に対してと同じくらい好きなのならば相談できる。けれども、わたしは和音のわたしに対する本当の気持ちを知らないし、また和音に自分の本心を打ち明けるのが怖かった。

 ある程度の時が経って、わたしも和音も誰か男の人の奥さんになって、あるいは結婚せずに独りで暮らして、島田くんや今村くんも家庭を持って、何処からも誰からも僅かな傷も発見できなくなったならば、そのときはじめて面白半分に当時の話をすることもできるだろう。だがいまはまだ和音を除く全員が心に傷を負っており、子供心にそれを辛く舐めている最中だった。

 ひょんなことから話が漏れて、教室の黒板にわたしと島田くんの相合傘の悪戯書きがされていなければいいなと、そんな自分勝手な心配にも胸を痛めながら、わたしは家に帰った。

 次の和音からの手紙には、お話の前にわたしの書いた鬼の画の感想が書かれてあった。

「いまさらほめるのも、あれだけど、羽衣子の画はすごい。わたしが感じた鬼とははっきりいってちょっと違うけれど、でもこの画の方が話のイメージに合っているような気がする。だから、羽衣子の画に合わせて最初に思いついた話を変えてみました。でも、そっちの話の方がきっと羽衣子も気に入ると思います。もちろん、わたしも気に入っています」

 その文面を読んでわたしが飛び上がって喜んだのは誰にだって想像がつく。和音がわたしの協力を受け入れてくれたからだ。最初に鬼の画が頭に浮かんだときには、わたしはそこまでのことは望んでいなかったと思う。だが二枚目以降の鬼の画は、自分でも気付かずにそれを願って描いた画だったと思う。

 わたしは子供心にわたしの画で和音のお話が絵本として出版されて世の中にセンセーションを起こしていく様を想像して陶然とした。


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