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「あっ、羽衣子! こっち、こっちよ」
新幹線に乗っている間、絶対わたしが先に和音を見つけるんだと思っていたにも関らず、わたしはあっさりと和音に先に見つけられてしまった。
「ちぇっ、あたしの方が先に見つけようと思ってたのに……」と、わたしが和音のちっとも変わりない顔を見て安心しながら愚痴を言うと、「だって、わたしの列車の方が先に到着したんだもん。ホームのどこかにいる人を探すより、列車から降りてくる人を捜す方が楽だわ」と答えて和音は笑った。
「ここから先は?」
「妙子伯母さんが迎えに来てるはず。時間から言って、まずお昼ご飯ね。とにかく改札を出ましょ」
そう言うと、和音は勝手知ったる人のように、わたしを導いて幾つものエスカレーターをずんずんと先に降りていった。
和音に連れて行かれた中央口の改札の先には五十歳前後くらいの何処となく和音に似ていなくもない上品な感じの女性がいて、和音――と、ついでにわたしの――姿を発見すると柔和な笑みを浮かべながら、わたしたちの方へ近づいてきた。
「こんにちは、妙子伯母さん」と和音が挨拶し、ついで、「羽衣子、こちらが吉住妙子伯母さんよ。そして伯母さん、こちらが友だちの乙卯羽衣子さんです」と自分の伯母とわたしを交互に紹介した。
「ようお越しやす。寒かったでっしゃろ」
吉住妙子おばさんにそう言われて、わたしは自分の着膨れした姿を思い出した。
「京都は盆地だから夏は暑くて冬は寒いよ」と言う父の言葉を信用して厚着をしてきたのだが、新幹線を降りると確かにホームは寒く、吹く風は身を切るように冷たかった。
「春休みやったら、まだちびっとぬくかったやろに大変どしたな」
妙子おばさんはそう言うとわたしたち二人を促して、最初から心積もりしていたらしい鴨川沿いの京地鶏と京野菜をメインとする食物屋さんに連れて行ってくれた。
和音とわたしが再開するための旅行計画はトントン拍子に進んだが、その裏にはもちろんわたしの両親や和音のご両親が速やかに行った大人の対応と吉住夫妻の寛大な対応があった。吉住夫妻には子供がなく、年に一度は和音が訪ねて泊まっていく習慣になっていたのも幸いしたようだ。それにしても年始の時期の正月二日から三日間、二人の子供を預かろうとは大したものだ。
「たんとお食べや」
目の前に並べられた色とりどりの小鉢を見て、わたしに旺盛な食欲が沸いてきた。
「わあ、おいしそう」と慣れているはずの和音も目を輝かす。
「いただきまーす」「いただきまーす」
わたしたち二人はほぼ同時にそう唱えると、目の前の料理を次から次に口に運んだ。モノによっては塩気が濃過ぎて合わないものもあったが、ほとんどの野菜や鶏肉は、わたしにはとても美味しく感じられた。
「はあて、どこ、行きたおすか?」
食事の最後の果物のジェルを食べ終わってお腹が一杯になったところで妙子叔母さんがわたしたち二人に訊いた。
「わたしは何度も来てるから、羽衣子の希望が優先よ」と、すかさず和音がわたしのご機嫌を覗うように言うものだから、「えっ、でも、あたし、和音に会うことしか考えてなかったから……」と口ごもりながら、わたしは答えた。すると――
「仲、ええんでっしょろ。うらやましおす」
妙子叔母さんがそう言って、わたしたち二人を交互に見て優しく微笑んだ。
結局、それから定番の京都観光を簡易的にした。その日に巡るいくつかの候補が挙げられたとき、どうしても最初に見たいと思ったのでタクシーに乗って屋根に融け残りのわずかな雪を頂いた清水寺の舞台の下まで行った。そこで上を見上げ、石段を伝って舞台に昇り、ついで人で賑わう京の街を見下ろした。それから徒歩で駅の方に戻りつつ、豊国神社や三十三間堂などを見てまわった。その日は最後に京都タワーに昇って、そこから西に約十キロの距離にある大江山を眺め、その昔そこに棲息していたという多くの鬼の首領だった酒呑童子に想いを馳せた。
左京区外れの吉住宅に到着すると、わたしは疲れがどっと湧き出すのを感じた。
「お二人で、お部屋を使こうてええどすから」
門扉まで出迎えてくれた住吉の伯父さんに挨拶して家の中に入ると、妙子叔母さんが言って、床の間のある広い客室をわたしたち二人に宛がってくれた。
「では、夕餉まで、ごゆるりと……」
そう言って、妙子おばさんはわたしたち二人を残して部屋を去った。
わたしたちはお互いの顔をしげしげと眺めながら、心の底から喜びが浮かび上がってくるのを感じていた。
「本当に来たんだよね」
「うん、本当に……」
「羽衣子、ちかっぱ久しぶり。元気やった」
「……ちかっぱ?」
「ああ、そうか? 博多弁で『すごく』って言う意味」
「ふうん」
それから、わたしたちはもう一度見つめあって抱擁した。
「会いたかったわ」
「あたしも会いたかった」
わたしは、いまは見えない和音の瞳の中に涙に濡れた自分を見ていた。
「あっ、そーだ。これ、つづき」と言って和音がさっきまで背負っていたリュックサックの中から封筒を取り出して、わたしに手渡した。
「つづきって、鬼の話の?」
「うん、そう。読んで……」
「わかったわ」
わたしは和音にそう答えて封筒から取り出した手紙を読んだ。
『「おう、おれは、かえってきた。なんとか、ぶじに、おれの、ふるさとまで、かえってきた」
鬼はこれまでの長い間見なれた景色に心を落ち着かせると、つぶやきました。
「もどろう。おれが、すんでいた、じんじゃまで、もどろう」
鬼はくたびれ果てていましたが、いまは人がいないといっても、人間の土地にぐずぐずしていては、またひどい目にあうかもしれないと、重い体をひきずるように、古い神社のある山に続く道を歩きはじめました。
しばらく行くといつもの川が流れていたので水を飲み、またしばらく行くと果物のなるいつもの木があったので、果物を三つ四つ、もいで口に入れました。
神社のすぐ下まで辿り着いたとき、鬼は異様な気配を感じないわけにはいきませんでした。
「なんだ、このにおいは」と鬼は首をひねって、いぶかりました。「人間ではない。動物でもない。ましてや、このわしで、あろうはずもない」
けれども、その臭いの正体はすぐに鬼にわかりました。それは、鬼をえさとする生き物、鬼食らいの臭いだったのでした。
「おう。おれが、これまで、すんでいた、ばしょに、鬼ぐらいがいる。鬼ぐらいが、おれのことを、くらおうと、ねらっている」
鬼食らいは神社に至る長い階段の途中で仁王立ちして鬼が帰ってくるのを待っていました。鬼食らいの大きな体についた大きな頭の中の大きな目でギロリと睨まれると、鬼は身動きすることができなくなりました。もっとも鬼にはおそれるという感情がありませんから、鬼食らいのことを恐がりはしませんでした。けれども鬼はその場から動くことはできないのでした。
しばらくたって、鬼は鬼食らいの巨大な手に捕まれて鬼食らいの口元までぐいと引き寄せられ、次の瞬間、鬼食らいに体と心のすべてを食べられてしまいました。(おわり)』
話を読み終わって和音の顔を見て、わたしは目で「本当に?」と和音に尋ねた。すると和音はわたしと同じようにやはり目を使って、「うん、本当だよ」と答えた。
それからわたしたちは互いの目を見詰め合うと初めての口付けを交わした。それは少しも甘美なものではなく和音もわたしのガチガチに緊張していた。
「でも、お話としては失敗だったわね。引き摺られ過ぎて……」と、しばらくしてもまだ心臓をドキドキと鳴らしていたわたしに和音がいった。「でもいいんだ。お話はまた書き直せばいいから……」
わたしは無言で和音のその言葉を噛み締めていた。
人に知れず獣も知らぬこの路を行く鬼ふたつ振り向きもせず
ラストの意味、伝わりましたか? 2011/07/31記。




