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『体の調子を確かめながら起き上がると、立ち上がったときに見える眺めが、それまでの感じと違うことに、鬼はすぐに気が付きました。最初は何故だかわかりませんでしたが、そのうちに鬼は、はっと思い当たりました。

「うおう、おれのからだが、ちいさくなったのだ。人間たちに、くわれて、こんなに、ちいさくなったのだ」

 事実、鬼の体の大きさは、最初の姿の半分くらいしかありませんでした。けれどもそれでも十尺(約三メートル)以上あるのですから、人間や動物たちよりはずっと大きかったのです。けれども鬼は食われてなくなってしまった自分の体がもったいなくて仕方がありませんでした。

「むおう、ゆるさぬぞ。ぜったいに、あやつらを、ゆるさぬぞ」

 鬼は自分の体を食ってしまった人間や動物たちに憎しみの炎を燃やしました。ぎょろりと両目を見開くと草むらの向こうに隠れているはずの人間や動物たちを睨みました。

「おれは、もうれつに、はらがへった。くいたい、くいたい、くいたいぞ。このいかりのままに、人間どもを、はらいっぱい、くいたいぞ」

 大声でそう叫ぶと、鬼はつるりとした鼻で人間たちの臭いをすばやくかぎ分け、方向を確かめると、人間たちが隠れているはずの場所に向かって走りはじめました。

 口を耳まで裂いた鬼の恐ろしい顔を見て、カラスや野良犬やその他の動物たちは、鬼の怒りのとばっちりを食ってはかなわないと、もう一度美味しい鬼の肉にかじりつくことをあきらめて、一目散に草むらから逃げ去って行きました。

「おうれ、いっぴき、つかまえた」

 鬼は草むらの端で見つけた、自分の顔の怖さに腰を抜かした一人の落武者をむんずと掴み上げると、味わいもせずにバリバリと頭から食らいました。

「おう、うまい。これが人間の、あじよ。鬼の、くいものの、あじよ」

 鬼はもう一年以上も人間を食ってはいなかったので、久しぶりの人間の味は、また格別なものでした。

「うおう、くうぞ。もっと、くうぞ。人間を、もっと、もっと、たくさん、くうぞ」

 そのとき、鬼の体に変化が現れました。食らった人間一人分の大きさが鬼の体に戻ったのでした。鬼が食らった落武者はとてもやせていて、その大きさは大したことはありませんでしたが、それでも食らった落武者の分だけ、鬼は元の体の大きさを取り戻したのでした。

「くってやる、くってやる、おれのからだが、もとにもどるまで、人間どもを、くって、くって、くいまくってやる」

 鬼はまたもや大声でそう叫ぶと、次の餌を求めて草むらの中を動きはじめました。そしてまたたく間に、鬼の恐さに腰を抜かしたり、転んで逃げそびれた数人の落武者たちを捕まえると平らげました。

「うまい、うまい。どうして、こんなに、人間は、うまいのか」と鬼は叫びました。「おう、そうよ。人間は、鬼のえさに、なるために、このよに、つくられたに、ちがいない」

 しかし鬼の恐ろしさに腰を抜かした落武者ばかりではありませんでした。鬼をまた動けなくして、もう一度だけでも良いから、美味しい鬼の肉にかじりつきたいと願っている落武者たちも大勢いたのです。その落武者たちは、鬼が捕まえた自分たちの仲間を食らっている間に、木の枝を集めて槍の代わりとなる武器を作り、また板ばねを利用して、つぶてよりは大きな石を発射することのできる石投げ機をこしらえました。

 武器を作る大勢の落武者たちにとって、敵は鬼ただ一匹でした。一人で何人もの相手と戦わなければならない戦とは違い、大勢の仲間たちと狙う相手は鬼一匹だけなのでした。

 しゅうううん

 最初の槍が鬼に向かって放られました。

 びゅうううん

 最初の石が鬼に向かって投げられました。

 けれども、急ごしらえの槍や木の機械で簡単に鬼に狙いを定めることはできません。何本もの槍が外れ、何個もの石が、鬼のいる場所とは違う、あさっての方向に飛んでいきました。

 けれども、やがて。

 ずうぶぶり

 鬼のわき腹に、はじめての槍が刺さり、

 がっきいん

 鬼の頭に、はじめての石が当たりました。

「ぬう、こしゃくな、人間どもめ。よくも、おれを、ねらったな」

 鬼は石が当たったので頭をフラフラとさせながら怒りを爆発させると、脇腹に刺さった槍を手で掴んで「どうりゃあ」と引き抜き、それを飛ばした人間たちの方へ投げ返しました。

 けれども、それで落武者たちの攻撃の手が、ゆるむわけではありません。たくさんの槍が鬼のいる方向に次々に飛んできては、だんだんと鬼の体に突き刺さる回数を増やしていきました。落武者たちの飛ばした石が鬼にぶつかる回数もだんだんと多くなってきました。

「さて、はて、こまったわい。からだの、うごきが、ままならぬ。からだの、しんが、しびれてくる。あしが、ふらふらと、さだまらぬ」

 鬼は無謀でしたが、さすがにこのままでは昨夜の二の舞いになると思い返し、とりあえず人間たちを食らうことをあきらめて、元来た山へ退散することにしました。

「ううむ。ざんねんだが、しかたがない。ここで、たおれてしまっては、また人間を、くうこともできぬ」

 そうと決まれば、後は行動するだけです。鬼はすばやく土と風の臭いをかいで自分の故郷の方向を探り当てると、一目散に、その方向に走りはじめました。

「おお、鬼が、にげていく、にげていくぞ。あしを、ふらふらさせて、にげていくぞ。こしを、ふらふらさせて、にげていくぞ」

 鬼のとん走に気が付いた落武者の一人は叫びました。

「ほうれ、ほうれ、もうすぐじゃ。あと、ひといきで、鬼を、しとめて、しまえるぞ。また、あの鬼のにくを、くらえるぞ」

 うおおおお うおおおお うおおおお

 落武者たちは、ときの声を上げて、鬼を仕留めにかかりました。鬼にとって、自分に対する落武者たちの攻撃は、とにかく、たまったものではありませんでした。

「にげるのじゃ。いまは、とっとと、にげるのじゃ。ちからのかぎり、にげるのじゃ」

 鬼はまだ自分に残っていた力をすべて使い、全速力で、道なき道を、野を、川を、荒れ果てた田を、畑を、駆け抜けました。

「ぬおおおお」

 背中に何本かの槍が刺さってしまいましたが、鬼はどうにか、自分のことを追ってきた大勢の落武者たちから逃げ延びることができました。そして気が付くと、鬼は自分が長い間住んでいた、古い神社の建つ山の麓の村まで帰ってきたことを知りました。(つづく)


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