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「わおちゃんの、かみのけが、すっごく、ふわふわなのは、わおちゃんの、おかあさんが、シャンプーしたあとに、すっごく、ゆあげタオルで、すっごく、わおちゃんの、かみのけを、ふくからなんだよ」
子供のわたしが当時まだ若かった自分の母親に和音のことを告げている。
「わおちゃん、わおちゃんの、おかあさんに、かみのけを、ふかれているとき、あたまが、ぶんぶんするって、いっていたもの。ぶうん、ぶん、ぶうん、って……」
当時わたしはどんな気持ちで、その内容を母親に告げていたのだろう?
単に和音のふわふわした髪の毛が羨ましかっただけからなのか、それともその後続いた会話のように、当時もいまも比較的わたしに無関心だった母親に同じことをして貰いたいと、つまりは関心を惹きたかったのか?
「ういこも、わおちゃんと、おんなじような、ふわふわの、かみのけに、なりたーい!」
最後にわたしは飛び上がってそう主張した。すると――
「そりゃあ、やってあげてもいいけどね」と子供だったわたしに掌を左右に揺さ振られながら、わずかに困ったような口調で母親が答えた。「でも羽衣子の髪って、和音ちゃんの髪の毛と違ってちょっと硬いから、まったく同じにはならないわよ」わたしの目を見て付け加える。「それでもいいの?」
「うーん。でも、すこしは、わおちゃん、みたくなるぅ?」
「そうね。少しわね」
曖昧な表現が嫌いなわたしの母は子供を宥め賺すのが苦手だった。
「ういこ、すこしじゃ、やだ!」
わたしが主張し、母が困惑する。
「だって髪の質が違うんだから仕方がないじゃないの。羽衣子は和音ちゃんとは別のところで個性を発揮すればいいのよ」
「ういこの、こせい?」
当時のわたしの髪の個性はお河童だ。そして和音は個性的なボブ・カットだった。
長じてから当時のわたしの写真を見た和音は、「何だ。ぎゃーぎゃー言ってた割には、普通に可愛いじゃん」と言って笑った。
「だって昔は和音の膨らんだボブみたいな感じが好きだったのよ」と、わたしは口を尖らせて主張する。「まあ、いまは和音が似合う髪ならどんなカットでも良いけどさ」
和音はいまでもボブカットだったが、子供のときのように、すっごくふわふわした個性的なボブではなくて、雑誌の素人モデルのような、悪く言えば万人受けするボブだった。
「別に見てくれなんて、どうだっていいじゃない?」
以前、最初の理由さえ思い出せないような些細な喧嘩をしたとき、わたしの非難に和音がそう答えたことがある。
「人は姿形ではなく表現だわ」
中身だわ、ではなく、表現だわ、と言う辺りが、子供のときからお話を作るのが好きだった和音らしいと言えたが、しかしそう言って退ける和音は、わたしの贔屓目を引いてもなお美人だった。
「和音は美人だから、そんなことが言えるのよ。それは、受験勉強なんて必要ないとか、勉強は人に教えられてするものじゃないとかって主張する人のほとんどが東大卒だったりする事実と同じで説得力がないわ」
「そーお、わたしは自分ではそうは思わないけど、仮に自分が美人に生まれついたとして、それがわたしの罪だっていうの?」
「そんなことを言ってるんじゃないわ」
「それに羽衣子だって、わたしの目から見れば充分きれいだよ。まあ、あんたが自分の睫の形とか鼻の形だとかを気に入ってないのは知ってるけど、それはあんたの理想があんたの顔のパーツの中に含まれないだけで、羽衣子の責任でも何でもないわよ」
「じゃ、わたしは理想を追っちゃいけないってことなの? 自然に鏡に映る自分の顔のままでいなさいって……」
「別にそんなことを言ってるんじゃないわよ」
そしてわたしたちの会話は堂々巡りをする。
些細な喧嘩だと他の誰も喧嘩だと思わないこんなくだらない会話で済むのだが、そこに嫉妬が絡むと話がややこしくなる。
わたしたちは東京の山の手に同じ西暦の年に、しかも近所に産まれた。小学校の五年生の秋に父親の仕事の都合で和音の転校が決まり、それまで互いに幼い友情を築き上げていたわたしたち二人はこれが今生の別れになるのかと、燈りの点っていない本当に暗かった和音の部屋の中で膝を抱えながら絶望し合った。外ではしとしとと雨が降っていたのを憶えている。和音の転校先は北九州で、それは小学生の女子が一人で簡単に行ける場所でも距離でもなかった。
「手紙を書くから……」
「うん、手紙を書くから……」
普及した最初の携帯電話、ショルダーフォンが登場するのは四年ほど先の話だった。しかもそれさえテレビドラマで主役の刑事が颯爽と使用するような贅沢品で、しかも大きくて重く、一般家庭にはいまで言う固定電話しかなかった。
約束通り、わたしたちは手紙を書いて交換した。筆が立つ和音には楽だったかもしれないが、そうではないわたしは話題を探すことさえ苦労した。
小学校の生活はその後進んだ中学校や高校の生活と比べれば、幼くて経験も体験も数が少なかったがゆえに毎日波乱に飛んでいただろうと回想されるが、それを当たり前に経験するのと、いったん経験を分解してから秩序立てて組み直すことには雲泥の差があった。しかも移り気な小学生はいなくなってしまったクラスの友だちのことなんかすぐに忘れてしまっていて、わたしが和音のことを誰かに訊いても返ってくる答えは、「うん、そういえば、和音ちゃん、どうしているのかな?」という似たり寄ったりのものだった。
わたしが憶えていなければ、和音のことは誰の頭の中からも忘れ去られてしまう!
いまにして思えば、そんな大げさな想いが、わたしの筆をさらに重くしていたようだ。
わたしから和音に出す手紙は長さも量も、和音からわたしに宛てられたものの十分の一にも満たなかったが、和音はそれについてわたしに非難を述べたことは一遍もない。すると妙なもので、今度は「和音がわたしに手紙が少ないと文句をいわないのは、わたしに関心がなくなったからなんだ!」と子供心に胸を痛めた。
わたしは和音の記憶から自分の姿がだんだんと薄れて消えていくことが恐ろしくてそれを回避する唯一の手段として手紙を書かなければいけないことがわかっていたのに、逆にそれがプレッシャーとなって、ますます和音に手紙を出す回数が減っていった。
この話は過去作「歌の翼に…… ―― Requiem ――」の前日譚のつもりで書きはじめましたが、実際に設定を合わせるかどうかはまだわかりません。元の話を知っている方には和音と羽衣子の設定が逆のように感じられるかもしれませんが、それについてはこの回では追いつかないかもしれませんが、いずれ合致するようになるでしょう。2011/07/02記。