第八章
平穏な一時に、晶子はベッドの上で目覚めた。
目覚めるとそこは晶子の自室であった。
「おはよう、晶ちん」
声をかけられて、晶子は瞳を天井から動かす。
目覚めたばかりの晶子の肉体は、その意識と同様に上手く動かし辛かった。
「……兵庫さん」
「やっほー意識はしっかりしてるん?」
「……一応。それよりもその傷」
「いやいや、こんなのかすり傷さね。むしろ名誉の勲章と受け取ってくれいな」
ベッドに横たわる晶子と、その傍らで椅子に腰かける兵庫も身体の至る所に傷を負っていた。
それでも、傷ついた身体を多少酷使しても兵庫は晶子と話をしたかった。
「……どうなったの?」
「そこは何があったのじゃないんだね」
「うん、私の意識は眠っていてもそこにあったから。大体は覚えている。みんなに迷惑をかけたことを。唯一、覚えていないのは最後の瞬間」
最後のあの時。
竜化するジークフリートの心臓に渾身の力を注ぎ込んだ後のことが、晶子の意識と記憶からプッツリと途絶えていた。
あの後、どうなったのか。
今、どうなっているのか。
それを伝えるために兵庫は晶子の側にいたのだ。
「簡潔にまとめると、ジクっちは助かったよ」
「──そう」
「晶ちんの力がどう作用したかは詳しくはわからないけど、その影響で人外になりかけていたジクっちの肉体は元の人間としての形を取り戻した。ああ、晶ちんにも見せてあげたかったよ。ジクっちのポカンとしたあの顔。たぶん助けるばかりで、助けられる展開になれてないんだよ」
兵庫は語る。
ジークフリートの肉体を蝕んでいた竜の因子はすっかり鳴りを潜めているとのこと。
ジークフリートもまた肉体の変化からあの決戦の日から床に伏せっているが、むしろ当面の命の心配はなくなったという。
「ある意味で五月蝿かったのは我らが不良超能力ヤンキーだったね。なんで俺に言わなかったってジクっちに詰めよって。ああ、晶ちんが気にやむ必要は何もないよ。これは男たちの友情の間での話だから。まあ、そう言うと否定するだろうけどね、あのヤンキー」
そうやって語り合い、ほんの少し笑い合ってから晶子は、
「これからどうなるかな」
兵庫に未定の未来について尋ねた。
それに対して、
「どうにでもなるんじゃないの?」
兵庫は気負うことなくそう断言した。
「未来のことはわからないけど、アタシたちが力を尽くした結果がこうしてある。それだけは誰にも否定できない。だからさ、気楽に行こうよ」
「……うん、そうだね。だから、その、あの」
「?」
何か、もじもじしだす晶子。
兵庫が疑問に首をかしげると、
「その、あの、これからも一緒に。その──ひょ、兵ちゃん」
一瞬、何を言われたかわからなかった兵庫だったがすぐに、
「……!!? うおおお晶ちん!! 今のもう一度プリーズ!?」
「だ、だから、一緒にいようね……兵ちゃん」
「ワンモア!! ワンモアプリィイイイイイズ!!!?」
そんなこんなで騒がしくなる晶子の自室であった。
◆
晶子と兵庫が笑い合っていたその頃。
別の空の下。
別の大地の上。
別の世界での、とある王国にて。
「姫様!! どうかお考えなおされませ!!」
それはノヴァクルセイド王国の王城でのこと。
その人物に付き従いながら筆頭執事のハーゲンは大いに困惑していた。
何故、こんなことになったのかハーゲンにもわからない。
一つ判明しているのは、ハーゲンはその人物を止めねばならないと言葉を尽くしているということ。
こんなハーゲンの態度は、彼の主人であるジークフリート国王以外に一人しかいない。
つまり国王の身内である。
その人物は、美しい銀髪を靡かせる幼い少女であった。
「いいえ、止まりませんわよハーゲン。私は決めましたの。ええ、絶対にそうすると決意したんですのよ」
「クリームヒルト姫様!!」
国王不在の玉座の間で、銀髪の少女が背中の翼を広げる。
竜の翼と瞳。
それこそが国王に、竜の騎士王と連なる血族の証。
「このクリームヒルト・ノヴァクルセイドが品定めしましょう。そのショウコという女性が真に私の母君に相応しいのかどうか。おほほほ、お~ほほほほほほっ!!!!」
こうして次なる難問が、晶子に迫ろうとしていた。