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第六章

 その研究機関はとある研究を進めていた。

 その研究は、簡潔に表すと三つの異世界の法則を用いた“融合”である。

 異なる物同士を掛け合わせて、新たなる存在を産み落とす所業。

 その研究についてだが、実のところ上手くは行っていなかった。

 ある研究員は言った。

 「相反する異物同士を混合するには基底となるこの世界の特殊性を利用しても極めて困難だ」

 加えて、数ヶ月前に起きた実験体であるワイバーンの輸送事故の影響もあって異世界同士が繋がった時とほぼ同時に設立されたその研究機関は裏の世界における権威を失墜させていた。

 機関設立時には湯水のごとく溢れていた研究費と資材も現在では雀の涙であり、研究は暗礁に乗り上げて終焉を迎えるかに見えた。

 彼女が、小川 晶子の存在が確認されるまでは。


 「被験体の適合率、240%を維持」

 「これまでの実験では精々80%が関の山だったのに、凄まじい数値です」

 「魔素粒子、刀装、超能力因子の全要素が最大効率で稼働しています」

 「素晴らしい。やはり彼女は最高だ」


 そこは研究施設のラボ。

 日夜辛酸をなめながら働いていた研究員たちは、これまで積み重ねた研究データを用いて至極の境地に至っていた。

 誰でも自分の行ってきた行為が報われれば、少なからぬ歓喜の祝福に包まれる。

 その至福の時間が今であり、そして同時に彼らはまさに今世紀最大の瞬間に立ち会おうとする感慨にも満ちていた。

 「天草主任」

 刻一刻とこれまでの研究において最高レベルの変化をするモニターの数値に対して喝采に沸く研究員たちの中で、僅かに冷静な一人がこの研究施設で最高峰の頭脳を持つ人間の名前を呼ぶ。

 名前を呼ばれた研究者──天草は自分達の所業の推移を正確に把握しながらその最大要因を語り始める。

 「彼女は自身のことを普通や平凡と表現するが、それは間違っていないが適切でもない」

 陣頭で指揮を取る主任の天草と、率いられた研究員が現在進行形で進めている行為を表現すると“神降ろし”と呼べるだろう。

 遥か過去の、神話の時代に失われた超越存在を今まさに復活させようと言うのだ。

 晶子と言う最大の触媒にして最高の巫女を依代として。

 「柳生 兵庫、神崎 伊織、ジークフリート・ノヴァクルセイドがそれぞれの異世界の代表格であるならば彼女こそ、小川 晶子こそが我々の暮らすこの世界──基底世界が産み出した原石なのさ」

 現在、モニターで表示される晶子の状態は深い睡眠状態を維持している。

 晶子は今、高度な科学と魔法を用いた施術カプセルに収容されている。

 そしてその肉体には、三つの異世界から極秘裏に取り揃えられた特別な素材が組み込まれていた。

 それは緻密にして精密なパズルのように、一つの偉大なる存在を形作ろうとしていた。

 「何故三つの異世界の孔がこの世界に開いたのか? それは我々の暮らす世界は、あらゆる異世界を繋げる土台だからだ。プラスでもマイナスでもないゼロの概念がこの世界にはあるのさ」

 「ゼロですか……」

 「ああ、概念の許容と捉えても構わない。この宇宙において、彼女はそれぞれ三つの異世界においても自由に活動可能な特異点。ただ普通であるのならば彼女は【ラ・グース】滞在時に存在する魔素粒子の影響で体調が悪化していた筈だ。だが報告では、そんな素振りは一度も見せていない」

 語られる晶子自身が知らぬ彼女の秘密。

 「政府の研究機関は、以前から目を付けていた。そしてこう考えた。誰でもない彼女だからこそ、三つの異世界の技術の融合が可能になると」

 全ては晶子の存在が鍵となると天草や他の研究員たちは考えていた。

 故に彼らは強引でも、晶子から了承を得る必要があった。

 三つの異世界の“融合”に関する研究において、知性体の持つ意思の力が成否を分けると発覚していたからである。

 特に、人間の持つ変わりたいと言う気持ちは何物にも勝る最高の触媒なのだと研究データが証明していた。

 例え誘引したとしても、晶子は今の己以上の力を欲した。

 その意志が、決意が、変革には必要不可欠。

 そうしてもう後がない天草を含む研究員たちは、この乾坤一擲のチャンスに賭けたのだ。

 そしてその博打にも似た行為は、彼らの望み以上の結果を導きだそうとしていた。

 「目覚めるよ──天逆鉾(あまのさかほこ)を携えた、人の造りし雷の【英雄伴侶(ワルキューレ)】が」

 これから生まれようとする己の最高傑作を天草が言い表す。

 その時だ。

 耳をつんざく警報音がラボ内に響き渡る。

 「どうしたこんな時に!?」

 すぐにラボ内のモニターに、異常を検知した施設内の情報がリアルタイムで表示された。

 映像で写し出されたのは、粉塵混じりに煙を上げながら盛大に破壊された正面入口。

 特殊な合金製の巨大な扉が、外部からの凄まじい力によって粉砕されていた。

 他には警備用のロボットがことごとく電子回路を破壊されて行動不能へ陥っていた。

 以上の情報から導きだされる答えを、モニターの監視映像を精査していた天草の部下が戦々恐々に口にした。

 「この研究施設が、何者かに襲撃を受けています!?」



 『お~~い晶ちん返事プリーズ』

 ひしゃげて、破壊された壁面をコンコンと手に持つ日本刀の(みね)で小突きながら鋼鉄の巨人と化した兵庫が小首を傾げる。

 『ここに居るのは確かなんだけどなあ~~』

 その場所は、葦原の地下に存在する謎の施設。

 数多の障害を、異世界の兵器と鍛え抜かれた武力によって審神者は踏破していた。

 そしてそれは兵庫一人だけではなく、

 「バカ女」

 兵庫の背中を守りながら戦っていたのが紫電を纏う伊織であった。

 今の伊織は、静かな怒りに満ちていた。

 その憤怒が、行方知れずの晶子が何者かによって拉致された事実に起因するのは不良少年が破壊した警備ロボットの破片を無造作に蹴り飛ばす様子からも理解が及ぶ。

 「誰だ俺の晶子を奪ったのは」

 この場所に攻め入る前に、伊織が武装した兵庫と顔を合わせた際に真っ先に言った言葉がそれであった。

 尽きぬ怒りを表すように、施設の奥深くへ通じる合金製の隔壁を伊織は片手から放たれる電流によって焼き切った。

 飴細工のように溶けて出来た大穴を伊織は通り抜け、少年に続いて巨体の兵庫が(くぐ)って進む。

 「向こうから晶子の生体電磁場を感じる」

 『アタシの視聴覚(センサー)もビンビンに反応してるぜ!』

 二人の耳に響く警報音。

 まだまだ兵庫と伊織を阻む障害は数知れぬことが容易に予想できる。

 『さーてと、ここからどう攻略しますか』

 状況は、晶子が連れ去られたと言う緊急事態。

 その刻一刻を争う直中(ただなか)で、

 「おい、聞かせろ」

 伊織のその言葉によって警報音の中で、足を止める兵庫と伊織。

 『なぁにぃ?』

 「どうして晶子から目を離した。いや、どうして奴らの接近を許した」

 『えええ、その話、今する~~?』

 「お前なら寸前で阻止できただろ」

 『う~~ん、そうだねえ』

 これまで協力していたのに、二人の間にある空気は一変する。

 まるで相容れない敵対者を相手にするような感情の色が会話の端々に滲み出す。

 『晶ちんが望んでいたからじゃ、ダメ?』

 「ダチなら、止めてやるのが筋ってもんだろ」

 『それが晶ちんの決断なら、アタシはそれを尊重する』

 これから晶子を助け出そうとする二人なのに、否、むしろだからこそこの問答は必要なのかもしれない。

 この先で、どんな敵が待ち構えているかは兵庫にも伊織にもわからない。

 それはもしかしたらとんでもない強敵かもしれない。

 場合によっては命懸けの死闘を強いられる可能性すら存在する。

 そんな状況では少しでも、些細な意見の相違ですら致命的な隙を生じかねない。

 『だって人間関係は自由気儘なフリースタイルが一番じゃん』

 「何が自由気儘だよ。一番しがらみで雁字搦めじゃねえか。自分で自分を騙して、大切なモノを遠ざけて」

 『もう~~黙ってよん』

 「そんなんで本当にアイツの、晶子のことをダチだって呼べるのかよ」

 『黙れっつってんだろ』

 二人は己の考えを、胸の内にある思いを戦場の真っ只中でぶつけ合う。 

 そして普段とは異なる極限状態だからこそ見えてくる感情もあった。

 何時もなら軽い口調でのらりくらりと言葉を交わす審神者ギャルの兵庫が、通常はほとんど見せない怒気を垣間見せたのも現在の環境が原因である。

 そんな自身の怒りにハッとした様子で息を飲んだ兵庫はすぐに、

 『ごめん、アタシもちょい焦ってる。アハハ、すまないなりでござる~~』

 日常生活で普段見せている軽やかな口調で謝罪を口にする。

 この時、伊織は特に何も言わなかった。

 それは伊織も実は兵庫と同じ気持ちで、それが理解できたからなのかは本人のみが知る。

 そんなこんなで兵庫と伊織は止めていた歩みを再開させる。

 そして十数分後。

 兵庫と伊織は細長い通路から広い空間に出る。

 二人が辿り着いた空間はとても広く、巨体の兵庫でも自由に動き回れるほどの広大さであり、まるでそれ以上に巨大な何かを暴れ回せたような傷が壁や床の至るところに刻まれていた。

 「そろそろ近い筈だが」

 『よっしゃーこのまま進軍じゃあああ』

 そんな場の雰囲気をまったく気にせずに進もうとする兵庫と伊織の前に、

 『──邪魔しないで頂こうか』

 二人の進行方向の前方に、半透明の人影が忽然(こつぜん)と空中へ出現した。

 地面から数メートルほど空中へ浮かび上がっているその人影は、ここではないどこかから投影された立体映像。

 具体的には研究施設の内部にあるラボから写し出されるその姿は、兵庫と伊織にとっても見慣れた人物であった。

 『あ、天草ちんじゃん。おいっす、こんなところで何してんの?』

 「バカか、そんなの晶子を(さら)った張本人に決まってるだろ」

 『その通り。私こそがノヴァクルセイド学園の養護教諭にしてこの研究所の主任を任されている天草(あまくさ) (かなえ)だ。そして簡潔に述べよう、君たちは邪魔だ』

 立体映像で写し出された天草が、静かな害意を露にする。

 『今は重要な時でね……万が一、被験体が心変わりするようなことがあれば台無しだ。よって君たちにはここで消えて貰う』

 パチンと立体映像の天草が指を鳴らす。

 すると地下空間の床面の一部がせり出す。

 そして床面の中心に線が走ったかと思うと、地響きを立てながら大きく開かれていく。

 まるで空母から戦闘機が発進するように、その研究施設で調整された実験体が姿を表す。

 翼ある竜が鋼鉄を纏っていた。

 その姿は、どこか兵庫が審神者として装着するそれに似ていて、

 『あああ! 刀装じゃんそれ!!』

 驚く兵庫の声が、今から彼らに襲い掛かろうとする脅威の一端を(つまび)らかに明かす。

 「バカ女の世界のポン刀のことか」

 『いやいや刀装は何も刀だけじゃなくて、ほら葦原の駐在部隊の審神者たちが使ってるのは拳銃の刀装だし~~剣でも玉でも鏡でも八百万(やおよろず)の神様は何にでも宿るのですねん』

 「それがあのトカゲ野郎の全身を覆っていると」

 そうこうしている内に、ワイバーンの纏っている刀装の正体が判明する。

 全身に装着された重火器に、鋼鉄でコーティングされた両翼のパイロンに装着された最新鋭のミサイル。

 ワイバーンを審神者にした爆撃機の刀装。

 それが現在、機関砲で唸りを上げている危険生物の正体であった。

 「具体的に戦力はどのくらいだ!?」

 『えとね、一般的な成人男性の審神者が刀装を纏ったとしたら、一時間掛かる道のりをおおよそ二十分で踏破可能に~~』

 「つまり最低で四倍以上ってことか!!」

 激しい銃火の中を駆け抜けながら兵庫と伊織は最低限の情報交換を済ませると、叫ぶ鋼鉄竜を正面にして左右にバラけた。

 これで敵は左右の兵庫と伊織のどちらかに火力を集中せねばならない。

 そして敵意が左側の兵庫へ向いた。

 『さしずめ刀装翼竜(アーマード・ワイバーン)と呼ぼうか──な!!』

 無限の銃撃によって逃げ場を失った兵庫に、刀装翼竜は両翼を広げて最大火力であるミサイルを二発同時に発射する。

 蜂の巣を逃れる以上は不可避のミサイル直撃コースに対して、

 『おっと、ここで兵庫選手の飛び道具が登場だあっ!!』

 それは一瞬の納刀(のうとう)にして、瞬きの斬撃。

 鞘走りを超加速に利用した黒き巨人の一閃(いっせん)が空間に漆黒の軌跡を生む。

 『──かきむしれ無影(なきかげ)

 黒の斬光が、空中を直進するミサイルを先端から断ち割る。

 刀装翼竜と兵庫の間で、真っ赤な爆炎が生じる。

 殺意にまみれた攻撃は無意味に終わり、そしてそれは、

 「電力チャージ完了」

 ミサイルを迎撃した兵庫とは反対側から高速で刀装翼竜の懐へ潜り込んだ伊織に対して無防備を(さら)す結果となった。

 刀装翼竜は知らなかったのだ。

 この世に光と同等の速度で動ける人類が存在することを。

 弾ける、(まばゆ)い紫電の閃光。

 「百億ボルト・ストライク」

 轟音を響かせて刀装翼竜の巨体が横転する。

 叫び、雄叫び上げる刀装翼竜からの攻撃が止んで再び兵庫と伊織は肩を並べ合う。

 「やったか」

 『いやん、そう言う台詞(せりふ)を言っちゃう時は大抵、ほらねん』

 兵庫の予想通りに、刀装翼竜が再度立ち上がろうとしていた。

 数枚の装甲は剥げたが、刀装翼竜の本体にダメージは無し。

 『あちゃ~~カチカチのカッチンコウじゃん』

 「きりがないな」

 『ねえねえ、あのさあのさ』

 相手が体勢を立て直す前に決着をつける。

 それが口にせずとも通じ合う戦巧者(いくさこうしゃ)二人の共通認識。

 その上で兵庫が口にする提案は、

 『がっ・たい・わざ~~やってみようぜ⭐』

 「やれやれそれは──面白そうじゃねえか」

 ゾクリと刀装翼竜の感覚に悪寒が走った。

 それは本能が警告する死神の鎌の到来。

 未だ横倒しの刀装翼竜の視界の中で、膨大な電力と極大の磁力が最強の超能力者の両手に集まる。

 そしてその力は、塗れ羽鴉色の鞘に納められた兵庫の刀──三池典太光世(みいけでんたみつよ)へ籠められた。

 「【無影(シャドウ)──」

 抜き放たれるは超速を越えた神速の一撃。

 『──電磁投射(レールガン)】!!!!』

 即興ながら抜群のコンビネーションで繰り出される荒ぶる二つの旋風は、黒鋼と雷の二重螺旋。

 絶命の大絶叫が切り裂かれる鋼鉄の破壊音と共に鳴り響く。

 後に残されるのは勝者である兵庫と伊織が互いの拳を長年の相棒のように打ち付け合う様子。

 さらに合体技は、研究施設そのものに甚大な被害を及ぼした。

 兵庫と伊織の行動が未来を左右していた。

 そうやって現在は並べられたドミノを端から押し倒すように進んでいく。

 そんな二人の影響が形になる寸前。

 物言わぬ筈の亡骸が、風船のように一瞬で膨張した。

 刀装翼竜の心臓が内部から爆発したのだ。

 溢れ出す熱量。

 空間を埋め尽くす大火炎に、兵庫と伊織は飲み込まれた。



 紅蓮の業火で焼き尽くされたモニターの映像を眺めながら、その研究員は目線を他の映像に変えて現状の功労者へ言葉を尽くす。

 「まさか竜騎士王の第一の側近である貴方に協力を頂けるとは」

 『全ては我が国の為に』

 異世界同士を繋いだ通信によって交わされる会話で、その人物はあくまで利害が一致したが故の行動と断言した。

 男に、ハーゲンの行動に曇り一つない。

 「ワイバーン試験体の爆裂魔法にしてもそうですが先だって天草主任が用いた【ラ・グース】産の秘薬にしてもノヴァクルセイド王国第一執事殿のご尽力がなければ私たちには手が出せなかった。それにしても相応しくない人間には消えて頂くと貴方は仰ったが当てが外れましたね。貴方にとって消えて欲しかった少女は最高の素体ですよ。本当は失敗して欲しかったんでしょうが、彼女を消そうと(はか)った今回の実験は順調に進んでいます」

 『ふん、その時はその時だ。あの娘が気に喰わんなどと言う私の感情程度は二の次にもならん。何度も言うが、全ては我が国の為に。そして我が敬愛する王が為に。あの小川 晶子が利になるならば……』

 「その為に主の友人を亡き者にしてもですかね?」

 『それが必要ならば、死んで頂くまでのこと。だがな異世界人よ。十分心しておけ』

 「──生体反応、健在です!!」

 それは爆裂魔法で燃やす尽くされた実験フロアをつぶさに監視し続けていた他の研究員の口から漏れた驚愕の声。

 紅蓮の業火の中で、存在し続ける何かがモニターに写し出される。

 『彼らはあの方と同じ……我が世界最大の英雄と肩を並べし人間だ』

 画面の中でハーゲンは何の迷いもなく言いのける。

 『この程度で終わってたら、彼らは英雄などと呼ばれていない』



 燃え尽きた実験フロアにて。

 『そんなシールドあるんなら、最初から使ってプリーズよんだし~~』

 「疲れるんだよこれ。お前だってあの影飛ばす技にカロリー消費してるだろ」

 『だって、カッコいいはエネルギー喰うもん』

 「もんじゃねえよ。それにしても自爆とは……賢いやり方じゃねえか」

 磁気の防御シールドによって自身と兵庫の両方を爆炎から守り通しながら伊織が焼け焦げた空気に咳き込む。

 シールドを解くのが早かったかと思いながら伊織が背後に庇った兵庫に毒づきながら前を向いていると、

 「アイツ、様子が変じゃないか?」

 燃え散る灰が舞う視線の先には、立体映像の天草が今も健在。

 この場に存在しない虚像故に無傷なのは変わらず。

 しかし、その表情は激変していた。

 『──そんな、まだ、早すぎ』

 何かに驚愕する様子の天草。

 するとその天草の立体映像が瞬時に消失した。

 次の瞬間。

 一瞬前の爆発以上の破壊力で、研究施設全体が両断(・・)された。

 それは研究施設の存在する地下空間を丸ごと切り裂き、地面深くの施設の内部が地上へ大きく地盤(くち)を広げて露出するほどの大破壊。

 その破壊の影響は研究施設内の全員が、侵入者である兵庫と伊織も受けていた。

 「おいここ地下だろ。何で星空が見える」

 地盤を切り開かれて、夜中の外部(そら)と直結した元実験フロアで困惑する伊織だったが、すぐ隣にいる兵庫はそれに答えられなかった。

 伊織の言葉よりも重要な現実(こと)が眼前に広がっていたからである。

 『晶ちん?』

 それは地上の星。

 闇深き地下空間の奥底で、まるで今生まれたばかりの(まばゆ)さで輝く光。

 生身の伊織は、その光が人の形をしていると辛うじて判別出来た。

 審神者として刀装を纏った兵庫だけが、鋼鉄の視聴覚(センサー)でその光の正体を詳細に把握していた。

 ドンッ──!!!! とロケットを打ち出すように、その人型の光──晶子が崩壊した研究施設から夜空へ飛び立った。

 激震する世界。

 そして宇宙の法則が書き変わろうとしていた。

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