隣の席の辛辣な毒舌系美少女、実は俺にベタ惚れらしい
平日の朝、今日は朝早く学校に来ており教室には一人。
別に用事が何かあるわけでもないが早く来たいから来ていた。
朝から隣の席の人と騒がしい会話をするためである。
さて、何をしようか。
窓をあえて開けて風を浴びながら読書をするのも良いかもしれない。
窓は開けずに一人窓の外をじっと眺めて戯れるのも良いかもしれない。
風原 三波はそんなことを考えながらカバンを机の横にかける。
そして悩みに悩んだ挙句、出した答えは窓を開けて風を浴びながらスマホをいじることだった。
致し方がない、ゲームのログインをし忘れていたからである。
そんな風にスマホを触ること数分、教室に一名人がやってきた。
久遠 綾乃、三波の隣の席の人物である。
「おはよう、久遠。今日も元気そうで何より」
「......朝からゲームとは関心しないわね。一体何をしているの?」
久遠はそう言って挨拶も返さず三波のスマホを取り上げる。
三波は反応する時間すら与えられず大人しくスマホを奪われてしまう。
(あ、やべっ......久遠が見たらどう思うんだろ)
先程までゲームのガチャ画面でキャラのピックアップを見ていたのだがそこに少し際どいキャラがいるのだ。
「......あ、あなた、こんなもの見てるの?」
案の定、久遠はそのキャラを見てしまい顔を真っ赤にした。
そんな久遠の顔を見られるのは俺だけかもしれない。
「何やろうと俺の自由なんでね」
そう言って三波は久遠からスマホを奪い返した。
いつも通りの朝のやり取り、もはや恒例行事になりつつある。
「ゲームの何がそんなに面白いのか分からないわ」
「ゲームは最高の娯楽でっせ、姉貴」
「......その喋り方やめて、すごくイライラする」
「あはは、とはいえ久遠は家で何してるんだ? ゲーム以外することないだろ?」
「勉強しなさいよ、勉強......」
「久遠さんは勉強してるので?」
「もちろんよ。あとはそうね、料理とか裁縫とか......裁縫は最近始めたけれど、簡単な服とかも作ったりしてみたいなと思っているわ」
「ふーん、じゃあこのキャラの服作って着てみてよ」
「無理だわ......そもそもそんな服作れないし」
「じゃあもしこのコスチュームあったら着てくれるのか?」
「......死ね」
三波が多少いじると久遠はどストレートに暴言を吐いてくる。
清楚で整った顔立ちをしている綺麗な人にストレートに暴言を吐かれると笑えてくる。
とても辛辣で毒舌な性格をしている久遠だが他人によっぽどの暴言を言うことはない。
しかし何故か三波にだけそう言った暴言を吐いてくる。
何故だろうか、心当たる節しかないが、それを加味してもある意味心許されていると言えるだろう。
「よく暴言吐いてくるけどさ、俺にだけだよね。もしかして......ツンデレ?」
「......本当に一回、目の前から消えて?」
久遠は顔を赤くして、三波の頭を手刀で叩いた。
***
「久遠さんって本当綺麗だよな」
昼休み、友人である東雲 悠木と教室で昼食を共にしていると悠木がそんなことを呟く。
三波は悠木の視線につられて同じく久遠の方を見る。
やはり本当に綺麗な顔立ちだ。
長い眉毛に、パッチリとした目、美しいフェイスライン。
悠木がついうっとりと見てしまうのも致し方ない。
それに加えて成績も優秀でスポーツもできる、その上に頼もしい。
故に女子からの人気はものすごく高い。
しかし問題点もある。
「でも久遠さんって男子には厳しいんだよな......先輩には敬意払ってるけど同級生相手だと毒舌だし」
男子に対してはものすごく厳しいということだ。
久遠からしてみれば子供みたいなくだらないことで騒いでいる男子高校生が苦手なのかもしれない。
久遠自身は賢い上に落ち着いているのでそう言った性格の人が嫌いなのだろう。
「たしかにな......前、誰か告ってただろ? A組のあのイケメン」
「あー、あれフったらしいぜ。あなたのこと詳しく知らないし面識ないからでバッサリ言い切ったらしい」
「やっぱりか、なんかあいつなら言いそうだな」
「そういえば、お前久遠と仲良いよな......いや、仲良いっていうか、お前から絡んでるっていうか」
「意外に久遠、面白いんだぜ? たしかに毒舌で辛辣だけど人間味はもちろんあるし、こっちがいじってくるとたまにいじり返してくる」
「ほーん、そんなの三波しか言えないだろうな」
悠木と話しながら久遠の方をそのまま見ていると久遠と目が合う。
そしてそのまま見ていると思いっきり睨まれてしまう。
三波は笑ってから久遠の方から目を逸らした。
「やっぱりお前すげえな......そういうところ」
「ありがと」
「見習いたくはないけどな。で、そこまでして絡むってことは好きなの? 久遠のこと」
「いや、別に。ただ単に一緒にいて面白いだけ」
久遠と一緒にいるのは普通に楽しい。
ただそれだけのことである。
その中に恋愛感情が入っているわけでもない。
ましてや付き合えるわけがない。
「なるほど。あいつもあいつでもう好きな人いるらしいしな」
「え、そうなのか?」
「ああ、誰だかは知らないけど好きな人はいるらしい」
「ふーん、そいつの顔見てみたいな」
三波は再度久遠の方を見る。
久遠を惚れさせた男が誰なのか普通に気になる。
直で聞いてみるのもありかもしれないが教えるわけないでしょと一蹴されそうなのでその考えを取っ払う。
しかし久遠と仲良くしている男子は三波以外いないはずだ。
男子のほとんどは久遠に話しかけようとすらできない。
となると、他校の可能性も否めなくはない。
考えても考えても分からないので直で聞く以外になさそうだ。
「あー......とりあえず可愛い彼女欲しい」
「彼女欲しいって言ってるうちはできないけどな。悠木」
そう言って三波は机に置いたコーヒー牛乳を手に取って一口飲んだ。
妄想を繰り広げ始めるのだろうと身構えていたのだが今日の悠木の目は違った。
「うっせ、俺にはプランがあるんだ」
「ん? ついに本気出し始めたか?」
「ああ、まずはもうすぐです二学期の中間テストがあるだろう? そこで本気で頑張る」
「......あー、なるほど、順位表に乗ってやろうっていう魂胆か」
「そういうことだ、三波くん。つまり言いたいことわかるよね?」
「俺がお前に勉強教えろと」
「そういうことさ! 前回順位一位の三波くんに勉強を教えて欲しい。どうやったらそんなに高得点を取れるんだ?」
「いや......授業真面目に聞いて課題の丸つけと直ししっかりやればある程度取れるだろ」
「だからそれができないの!」
勉強は今まであまりしてこなかった。
授業と課題さえしっかりすればある程度取れるものだと考えているからだ。
しかし今回もいつも通り『勝負』をするかもしれない。
挑まれたら全力で倒さなければならないので早いうちに勉強しておく方が吉だろう。
***
「勝負よ、風原くん」
期末の範囲が配られたホームルーム後、予想通り久遠から中間テストの点数勝負を仕掛けられる。
相変わらず負けず嫌いだなと三波は思う。
もしかしたら久遠が三波に対してさらに辛辣な理由がテストの点数が久遠より良いからかもしれない。
久遠は基本器用でやろうとすれば基本何でもできてしまう。
もちろん勉強もそうだ。
だから努力家な久遠から怒りを覚えられてしまっても仕方がない。
「ああ、いいぜ、何かける?」
「この前みたいにジュース一本にする?」
「いや、でもそれだとつまらないわよね......」
そう言って久遠は少し考え込む。
たしかにジュース一本だとつまらないが他に何があるのだろう。
あまり重いものはかけたくない。
すると、久遠は予想外のことを言い出した。
「そうね、じゃあ負けた方が相手のことを名前呼び、とかどうかしら? 私が勝てばあなたが私のことを名前プラスちゃん付け、あなたが勝てば私があなたの名前プラスくん付けで呼ぶことにするわ。どう?」
思ったよりもしょぼい罰ゲームだった。
というより罰ゲームにしてしまうということは向こうは名前呼びするのが嫌なのだろうか。
嫌というより恥ずかしいという場合もある。
しかしどちらにせよ面白いことを思いついてしまった。
これは勝っても負けてもどちらにせよ三波的には面白い展開になること間違いなしだった。
「ああ、ありかもな。ていうかそれで良いのか?」
「ええ......一度くらいあなたが恥ずかしがった姿を見てみたいわ」
「そうか、後悔しても知らないぞ」
「ふふ、今回こそ私が勝つもの。あなたこそ後悔しても知らないわ」
久遠が不敵な笑いを浮かべる中、三波は腹から込み上げてくる笑いを抑えるので必死だった。
***
「ふふ、勝った、やった! 勝ったわ!」
テストの順位発表当日、三波は久遠に三点差で負けていた。
別に手を抜いていたわけではなく、コツコツと家で勉強を重ねていた。
しかし久遠の努力がそれよりも質が高く量が多かったと言わざるを得ない。
ただ、むしろ負けた方が個人的に良かったので結果オーライだ。
「俺の負け......だな、初めて負けた」
「油断していたのか知らないけれど私の勝ちは勝ちだわ」
「ああ、一位おめでとう」
久遠は満面の笑みを浮かべている。
おそらく長い間、三波に勝つことを目標にしていたのだろう。
素直に久遠には賞賛の拍手を送りたい。
しかし勝負に勝って試合に負ける、と言った言葉もあるわけだ。
「さて......罰ゲームの内容覚えているわよね」
「今日一日中は名前呼びプラスちゃん付けだろ?」
「ええ、なあなあとかは無しよ。呼ぶ時はちゃんと名前で呼んで」
「わかった」
「では今から言ってみましょうか? 風原くん?」
久遠はニマニマと笑ってこちらの方を見ている。
三波は久遠以外の女子と話す時はいつもさん付けでましてや名前で読んだことがない。
故に久遠はそこを見て三波が恥ずかしがると思っているのだろう。
事実そうだ、久遠以外の人は名前で呼ぶことができない。
そう、久遠以外の人は。
この時のために綾乃ちゃんと呼ぶ練習をしてきたのだ。
家で一人練習をするのは流石に自分に対する羞恥が大きかったがそんな羞恥を乗り越えたのだ。
今更呼ぶくらいわけない。
「ふふ、早く言ってくれる?」
三波はあえて久遠から目を逸らす。
しかし久遠にすぐに目を合わせて言い放った。
「綾乃ちゃん」
「ふえっ......!?」
「綾乃ちゃん、これで良いか?」
「え、ええ......」
練習したから余裕とは思っていたが意外に羞恥が出てきた。
しかし三波はポーカーフェイスを貫く。
すると、段々と久遠の顔が赤くなっていく。
「綾乃ちゃん? どうかした?」
「えっと......」
「綾乃ちゃん?」
「あう......」
みるみるうちに顔が赤くなっていく。
やはり予想通り、名前呼びされることに慣れていないらしい。
それもそうだろう、多くの男子からは久遠さんと呼ばれて名前呼びなどおそらく小学校以来されていない。
「と、とりあえず今日一日はそれで過ごしなさい」
そう言って顔を赤くしたまま久遠は教室を出て行った。
そしてその一日はひたすらに久遠の名前を呼び続けた。
「綾乃ちゃん?」
「ひえっ、な、何?」
「何でもない」
「......うざい」
耳元で言ってみたりと、久遠の反応を見るのは楽しかった。
その度に辛辣な言葉を吐かれる訳だがそれも面白く思えた。
そして次の日は丸一日口を聞いてくれなくなった。
***
「そのゲーム流行ってるわよね。友達もやっていたわ」
朝、いつも通り学校に早く来て風に吹けながら動画を見ていると登校してきた久遠が覗き込んできた。
久遠はゲームを毛嫌いしていると思っていたので意外な言葉に少し驚く。
久遠もこのゲームに興味があるのだろうか。
「ん、たしかに今流行りのゲームだな」
「......なんか可愛いわね、このキャラ」
そう言って久遠は画面のキャラクターを指差す。
久遠が指差したキャラクターはピンクの物体で丸っこく、可愛らしいキャラクターだ。
「このゲームどんなゲームなの?」
「ステージ探索したり、敵倒したり......」
「なるほどね、ゆるふわそうな見た目なのに」
「歩き姿も普通に可愛い」
「へえ......」
久遠はそう言って画面をジッと見つめている。
このゲームに興味があるらしい。
「久遠さんはこのゲームに興味がおありで?」
「っ......い、いえ、そんなことないわ。またあなたを負かして次こそはあんたを恥ずかしがらせるためにも次の期末のために勉強しなきゃいけない訳だし、そ、それに他の習い事もある訳で」
久遠は早口で言葉を並べていく。
そして言い終えた後、久遠は三波の見ていた画面から目を逸らした。
何となくわかりやすい。
本心ではこのゲームをやりたいと思っているのだろう。
しかしゲームをするのは時間とお金の無駄という思考が邪魔している。
「そういえば俺、このゲーム持ってるんだよな」
「へ、へえ、それがどうかしたの?」
「週末、俺の家で一緒にやらない?」
三波は久遠にそう提案する。
その提案に久遠は動きを止めてこちらの方を見た。
「どう? 来る? 一緒にゲームするのも楽しいと思うぞ」
「え、ええ、そうね。い、一緒にゲームをすることに対してはこれっぽっちも興味がないけれどあなたの部屋には興味があるから行かせてもらおうかしら。そのついでにゲームというものをすることにするわ」
久遠は顔を少し赤ながら早めの口調でそう言う。
相変わらずわかりやすい。
やはり自分の気持ちに素直ではないようだ。
***
「お、お邪魔します」
日曜日の午後、約束通り久遠が家にやってきた。
三波は久遠を中に入れて部屋まで案内した。
「へえ、案外整ってる部屋ね」
久遠は部屋に入って一通り見渡したあと、そう呟く。
意外に、ということはもう少し汚いと思っていたのだろう。
普段の日常生活では少しだらしない部分があったりするのでそう思われても仕方がない。
「部屋は綺麗にしてるからな。ゲームとか漫画結構買ってるからどこにもの置いたかわからなくなるし」
「なるほどね、しっかりとテレビもあるのね」
「ああ、ほぼゲームやる用だけどな......さて、早速やるか」
そう言って三波は久遠にゲームコントローラーを投げ渡す。
久遠はそれを上手くキャッチした。
そして電源をつけてゲームを起動する。
「これ、どうやって操作するの?」
「んー、見てもらう方が早いかもな」
そう言って三波は操作方法を教えながら手本を見せていく。
少し慣れるまでに時間がかかるかもしれないが久遠が楽しめたら良い。
「久遠、ゲーム一切やったことないのか?」
「ええ、まったくないわね」
「じゃあもしかしたら今回でハマるかもな」
「そんなに面白いの?」
「ものは試しだ、一回やってみてくれ」
そう言って始めたは良いものの、久遠はやはり操作に慣れないようだった。
少しずつ教えながら一緒にゲームをプレイしていく。
「やった! クリア! クリアできたわ!」
そしてクリアできた時、久遠は盛大に笑った。
嬉しそうにはしゃぐ久遠は間違いなく学校では見られないもので三波も笑顔を浮かべてしまう。
「すっかりハマったな」
「ええ、面白いわね、このゲーム。やりごたえがあるわ」
それからというものずっとゲームをしていた。
笑ったり、顔をしかめたり、嬉しがったり、楽しそうにゲームをする久遠を見てこちらも嬉しくなった。
気づけば時刻は午後十六時になっていた。
「コントローラーの充電少ないし、一回休憩するか」
「ええ、そうね、通しでやって少し疲れたわ」
久遠は一度コントローラーを机の上に置き、体の体勢を変える。
そして背伸びをして、息を吐いた。
「そういえば全然関係のない話なのだけれど......」
「ん、どうした?」
「......風原くんって好きな人とかいるの?」
「好きな人か......」
突然の質問に三波は少し困惑する。
恋愛に興味がない人だと三波は思っていたのでそういったことを聞いてくるのは意外だ。
事実、好きな人はいない。
そもそも誰かに恋をしたことがないので恋愛感情がどういった類のものかわからない。
「......いないな。過去にもいないし、恋とかしにくいタイプの人間なのかもな」
「ふーん、たしかに興味なさそうだものね」
「久遠の方はどうなんだ? 好きな人とかいるのか?」
「私は......いるわ」
久遠は視線を逸らしてそう言った。
少し意外に思ったが久遠も一人の女子高生、好きな人がいても何らおかしくはない。
思い返せば悠木もそんなことを言っていた。
「ふーん、ちなみに誰?」
「......ここにいるわ」
「え、それって......」
久遠は目を逸らして頬を赤くしている。
三波は何を言われたか分からずに少しだけ思考が止まった。
そして理解し始めると同時に三波の胸の鼓動は早くなり、体が熱くなっていく。
「な、なーんてね、冗談よ、冗談。好きな人なんていないわ」
「......さ、流石にな」
「か、顔赤くなってるわよ。とりあえずドッキリ成功かしら」
「いや......可愛い女友達にいきなりそれ言われたら誰でもドキッとするだろ」
「なっ......あう......」
三波のドキドキは止まることなくむしろ加速していく。
顔がこれでもかというくらい熱い。
「......と、トイレ行ってくる」
どうして良いか分からず、三波は席を外すことにした。
***
「......どうすれば良いのだろう」
昼休み、三波は机にもたれかかりそんなことを呟く
次の日から三波は久遠と話すたびに胸のドキドキが収まらなかった。
三波からいつも通りに接することができずに、視線も逸らしてしまう。
一日だけかなと思ったがそれが何日も続いてしまっていた。
久遠の仕草、表情、佇まいに意識してしまっている自分がいる。
「ん、どうした? 話でも聞こうか?」
「悠木......もうわかんねえ」
三波は悠木に最近あったことを全て伝えることにした。
悠木は最後まで話を真剣に聞いてくれた。
そして言い終えた後に悠木は一言言い放った。
「いや、もう付き合っちゃえよ」
「え? 付き合う?」
「おう、だってお前それ久遠に対して恋愛感情あるってことだぜ?」
「恋愛感情......いや、あの時のこと引きずってるだけで......」
「違う、それは恋愛感情ってやつだ。目も合わせられないし、意識しちゃうんだろ?」
「......たしかにそうだけど」
もしかしたら久遠のことが好きなのかもしれない。
意識し始めたのはあの一件以降、だから引きずってしまっているのだと思っていた。
しかし恋愛感情だとしたらどう接するか考えなければならない。
このままでは前のような距離感ではなくなってしまう。
「しかも久遠も三波のこと多分好きだぜ?」
「......まじ?」
「まじ、向こうも多分意識してる。お前はどうしたいんだ? 付き合いたいとか思ってるのか?」
「付き合いたいかどうかはわからない......けど、もっと一緒にいたい......久遠と一緒にいるのは楽しいし」
久遠のことを考えるとまた心拍数が上がっていく。
もっと一緒にいたい、もっと一緒に話したい。
久遠といるのは何より楽しい。
「なら、まずはその気まずい雰囲気無くさないとな。頑張れよ、恋する少年」
そう言って悠木は去って行った。
***
「えー、であるからして、ここは図八に書かれている通り......」
授業中、三波は話を聞きながらも机を漁っていた。
教科書がないからである。
ノートはあったので教科書もセットであるだろうと思い、くまなく探していく。
しかしどれだけ探しても見つからないのでやはり家に忘れたようだ。
教科書なしには授業は理解できないので久遠に頼もうと思い立つ。
ただ、最近少し気まずいので話しかけづらい。
「......なあ、久遠、教科書見せてくれんね?」
「忘れたの? しょうがないわね」
「ありがとう」
少し渋ったが三波は久遠に話しかける。
今まで通りの空気に戻すためにもあくまで平然を装って話しかけたのでスムーズに会話ができた。
また胸の鼓動が早くなり始めているが意識せずに机をくっつける。
そして授業に集中することにした。
しばらく授業を聞いていると、横腹にくすぐったい感覚を覚える。
その感覚に思わず笑いそうになってしまう。
横を見てみれば久遠がペンの書く方ではない先端で三波の横腹を突いていた。
そしてニマニマと笑っているー
「ふふ、横腹弱いのね」
「......やったな」
「ちょっ、やめっ、ぷふっ......」
三波も負けじと久遠の横腹を突くことにした。
そんな戯れが少し笑えてくる。
「おーい、三波、教科書忘れて久遠と席くっつけたからって久遠にちょっかい出すなよ」
「はい、すんません」
そんなことを続けていると先生に指摘されて三波は前を向いた。
クラスメイトはこちらの方を向いて笑っている。
「怒られてやーんの」
「先にやったのどっちだよ」
「ふふ、私ね」
久遠は頬杖をついていつもとは違う子供っぽう笑みを浮かべた。
その笑みにドキリとしてしまい、三波は視線を逸らす。
流石にこれ以上先生に注意されるわけにもいかないので真面目に授業を受けることにした。
板書の言葉を写して教科書もしっかり読み込んでいく。
そうしていると久遠の消しゴムが机から落ちた。
下を見てみれば微妙に三波側に消しゴムが落ちている。
「いいよ、俺拾うよ」
拾うとする久遠を止めて三波は消しゴムを取ることにした。
椅子から降りて屈み、消しゴムに手を伸ばす。
しかし消しゴムを手に取ってあげた瞬間、消しゴムのカバーが落ちてしまう。
「ああ、すまん、カバー外れ......」
そして消しゴム本体とカバーを拾った時、消しゴム本体に何か書いてあるのが見えた。
少しボヤけていて見えにくい。
しかし読めるくらいにはマーカーで書かれていた。
『三波』
昔からよくあるおまじないの一種。
消しゴム本体に好きな人の名前を書いて使い切る。
見つかることなく使いきれれば好きな人と両想いになれる。
そんなおまじないが流行っていた時期があった。
消しゴムに自分の名前が書かれており、三波はなぜ自分の名前が書かれていたのか疑問だった。
しかしそんなおまじないのことが思い出されて、三波は久遠の方を見る。
久遠は顔を真っ赤にして、三波から消しゴムを奪い取るようにして取った。
「......ごめん、ありがと」
久遠は三波の方から顔を逸らして左手で顔を覆った。
***
『話があるから放課後、校舎裏に来てくれない?』
その日の放課後、三波は久遠に校舎裏へ呼び出された。
直接言われたのではなく、メールでだ。
あの一件以降、残りの授業中と休み時間はお互いに一言も話さなかった。
そして久遠とも目を合わさないようにしていた。
目があってしまえば心臓がおかしくなりそうだったからだ。
三波は先生に用事があったのでその用件を済ませた後、すぐさま校舎裏に向かった。
校舎裏へ向かうと久遠が下を向いて佇んでいた。
右手で左の腕を掴み、ただジッと待っている。
「......お待たせ、先生にちょっと用事あって遅れた」
「えっと、全然大丈夫よ......そんなに待ってないし」
「そっか、ならよかった。それで何だ? 話って」
三波がそう言うと久遠は一拍置いて深く息をする。
その喋らない期間が三波にとっては長く感じられた。
「その、ごめんなさい、風原くん。正直引いたわよね」
「......引いた?」
「ええ、今回の件とか前家に上がらせてもらった時に言ったこととか......気づいていると思うけれど私は風原くんのことが好き。けど、よくよく考えて引かれるようなことばっかりしてたなって。それに私口調強いし......でも風原くんとはこれからも仲良くしたい。その......好きとか抜きにしても一緒にいて楽しいし、もっと遊びたい。だからわがままかもしれないけど嫌いに......ならないで欲しい。友達の関係で居させて欲しい」
久遠は顔を赤くしながらもそう言った。
中々素直に言葉を述べない久遠だがこの言葉は紛れもなく本心。
そして心から久遠は三波のことが好きなのだ。
でも久遠の言った通りに友達の関係のままでいたくない。
ここで了承したくない。
もっと久遠と一緒にいたいし、話したい。
これから言おうと思う言葉を考えると言葉が詰まってしまう。
けれど言わなければ先に進めない。
「ごめん、友達の関係ではいたくない」
「っ......やっぱり......」
「友達じゃなくて恋人として久遠の隣にいたい。俺も......俺も久遠のことが好きだ」
目の前の久遠に目を逸らしそうになりながらもはっきりと久遠の顔を見てそう言った。
自分の好意に気づくのに時間がかかった。
けれども今ははっきりと久遠のことが好きなのだと言える。
「だから......だから俺と付き合って欲しい」
「っ......な、なんで? 私のこと嫌いじゃなかったの? 結構距離取られてたし、気まずかったし......」
「それは久遠のことが好きだからだ。で、どうする? 友達のままの関係でいるか、俺と付き合うか。でも久遠は友達のままがいいんだっけか?」
「......意地悪ね。そんなの分かり切ってることじゃない......私も風原くんのことが好きです。こちらこそ、よろしくお願いします」
そして三波と久遠はお互いの体をしばらくの間、温め合った。
***
「おはよう、綾乃ちゃんじゃないですか」
朝早く、いつも通り誰もいない教室でスマホをいじっていると見知った顔が来たので声をかける。
三波のクラスメイトであり、彼女でもある久遠だ。
「おはよう、相変わらずね......朝からゲームとは関心しないわ」
「俺の趣味だからな」
そうしてスマホをいじろうとすると久遠はスマホを取り上げる。
開いていたのはキャラクターの画面で際どくもないので取り上げられても問題はない。
「......こういうのが好きなの?」
久遠はスマホを見ると少し口を尖らせてこちらを見る。
別に好きというわけではないがビジュはたしかによくできている。
「たしかに好きだけどそれとこれとはまた別。そもそも俺が世界一可愛いと思っている人はもうすでにここにいるからな」
「なっ......ばか」
三波がそう言うと照れたように視線を逸らす。
そう言ったところが可愛いと思ってるし、好きなところだ。
「......本当、これからもよろしくね、三波」
「ん、どうしたんだ急に」
「別に、何でもないわ」
久遠は頬を赤らめながらもニコッと笑った。