変わるもの、変わらないもの ⑸
リズはアーロン侯爵家を後にすると、その足で王都の王立図書館へと向かった。
なぜ、彼が凶行に走ったのか。リズをどうするつもりだったのか。それを彼に尋ねずに知るためには、情報が必要だ。そして、その情報の収集場所としては王都でいちばん大きな王立図書館へ以外ない。
安直な考えだが、まずは行動。
(ただでさえ私は過去に戻ってから今までの間、ただ思い悩み怖がるだけで無為に時間を過ごしてしまったのだから……)
今いる時間を有効活用しなくては、と彼女は拳を握る。
目立たないよう王立図書館のすぐ近くで馬車を止め、先程同様に御者の手を借りて下車すると
護衛騎士に付き添われながら、彼女は図書館へと足を踏み入れた。
リズ自身、図書館に入るのは巻き戻った過去を含め初めてのことだ。見慣れない景色と、もの慣れない場所に多少緊張しながら玄関扉をくぐる。
(王都一広大と言われるだけあって広いわね……)
リズはあちこち視線をさまよわせると、受付へと足を進めた。
国が管理する王立図書館は、誰もが自在に立ち入れる場所ではない。
平民は、金をかけないと発行できない利用カードが必要だし、貴族は男爵以上の爵位を持つ直系の血を引いた人間のみが立ち入りを許される。
利用カードは、年間単位で支払わなければならず、それなりの金額がするらしい。
リズはティーパーティーかなにかの折で聞いただけなので詳しい金額を知らないが、知識に投資出来るだけの資金を持つ、裕福な平民層のみがカードを手にすることができるようだ
リズはリーズリー公爵家の一人娘なので問題なく入館が許される。受付で自身の名をさらさらと記した彼女は、一部の人間しか入ることが出来ないからか、閑散とした館内を見上げた。
螺旋階段によって、三階まである天井は吹き抜けとなっていて、至る所に本棚が設置され、本が並べられている。
この中から彼女の求める情報だけを探し当てるのは骨が折れる作業だ。
(どうしようかしら……?まさか、従業員を捕まえて尋ねるわけにもいかないし……)
『悪魔について調べている』などと言った日には、次の週には社交界で噂になっていることだろう。リーズリー公爵家の娘は、風邪をこじらせたばかりに頭までおかしくなってしまった、と。そもそも貴族の娘が図書館に足を踏み入れること自体が異例なのだ。
通常、娯楽本の類はメイドを通して市井で買うか、商人を介して購入するのが常で、令嬢がわざわざ足を運び、その上『借りる』など有り得ない。リズが王立図書館に訪れたという事実でさえ、社交界では面白おかしく吹聴されるだろう。
情報を得るためだ。
多少のリスクは覚悟の上。
「……あまり帰りが遅くなっても良くないわよね」
リズはため息をついた。
どうやら、手当り次第、目に付いた場所から探していく他手立てはなさそうだった。
それから三時間。
リズは宗教や建国神話の類が並ぶ本棚を見つけることに成功はしたものの、それらしい本を見つけることは叶わなかった。
護衛騎士は少し離れたところでリズを見ていて、その距離に彼女は大いに助かっていた。
何を探しているのか気づかれるのは避けたいところだ。
リズは、ステンドガラスが嵌められた窓に沿うように置かれた一人がけのライティングデスクに腰掛けると、持ってきた本を数冊机に置いた。
(宗教と建国神話は似通ったところがあるのよね……)
神話によればこの国、デッセンベルデングはその昔、女神が人間の青年に恋をしてこの地に降り、その力をもってこの地にはびこるすべての災難を封印したとある。
女神はすべての不運、天災、悲劇、災いを閉じ込めた箱をデッセンベルデングのどこかに隠し、人々を救った。あらゆる悲劇を招く災いを封じ込めた彼女に国王は深く感謝し、彼女に青年を与え、共に爵位も贈った。
それが今のリーズリー公爵領とされている。
今もその災厄を詰め込んだ箱は公爵領のどこかに隠されているとされているが、神話なんておとぎ話のようなものだし、内容的にも存在しないほうがいいとリズは思っていた。
何冊目かの本を閉じ、リズはため息をついた。
どの本も似たようなことが書かれ、リーズリー公爵領の歴史に纏わる本となっている。
リーズリー公爵領が封建されてからの公爵の働きや、当時の事件、風土に適した食料品、リーズリー公爵家の名産品などの紹介文に変わっていく。どれも、リズが求めているような記載はない。
(悪魔病についても調べてみたけど……どの本を読んでも原因不明、治療法は確立されておらず対症療法しかないという意見に収まっている。めぼしい情報はないわね……)
なにか情報がないかと思い、王立図書館まで足を運んでみたはいいものの空振りに終わってしまった。
もう陽も沈む頃合だし、ここら辺で切り上げた方がいいだろう。
そう思って腰をあげようとした時、ふいにリズの隣に誰かが立った。
(護衛騎士かしら……)
王立図書館にはかなり長居してしまったし、早く邸宅に戻るよう注意されるのかもしれない。そう思って彼女は顔を上げて──硬直した。
「っ………」
そこには、彼女が過去に戻ってからずっと避け、さらには過去の中で彼女を殺した男たちのひとりであるヴェートル・ベロルニアがいたのだから。