死に戻り姫は冷酷公爵の生贄に捧げられる
目が覚めると、眩しい朝陽が目に入ってきた。
「ん……」
今日は随分とぐっすり眠れた。ここ最近では珍しいほどの快眠だ。リズが伸びをしようとした時、ふと違和感を覚えた。
天井も、壁紙も、彼女の知っているものではない。
「え………」
目を見開く。
ハッとして隣を見ると、眩しそうに腕で目元を覆うヴェートルがいた。
リズは悲鳴をあげそうになったが、寸前でこらえた。
昨日の記憶を思い出したからだ。
(そ、そうだわ……私、確かベルロニアの邸宅でお世話になっていて)
ヴェートルが連れ出してくれたのだ。
不安を覚えるリズが、朝を迎えられるように。
「あ………」
リズは気がついた。
朝だ。朝を迎えている。
ということは………
(あの日は、終わった)
リズが死んだあの日は、もう昨日のことだ。終わったのだ。昨日は。
リズは新しい一日を迎えることが出来た。それに気がついた時、リズは知らないうちに涙を零していた。
思った以上に、気に病んでいたのかもしれない。
一筋の涙を零した彼女を見て、ヴェートルが眩しそうにしながら体を起こす。
サイドチェストの引き出しを開けて手巾を取り出すと、彼はリズの目元にそれを当てた。
「泣き虫ですね」
「泣き虫に……っなっちゃったの!」
涙声になりながらもリズは言った。
ヴェートルは苦笑して、彼女の肩をそっと抱き寄せる。
「あなたに……幾度危機が迫ろうとしても。必ず私があなたを助けます」
「ヴェートル様……」
彼の声はとても優しく、慈しみに溢れていた。
「そのネックレスがある限り、必ず私の魔法はあなたを助ける。……リズ、私はあなたが大切です。何よりも大事に思っている。……だから、諦めないで欲しい」
リズは顔を上げた。
ヴェートルは真っ直ぐ彼女を見ていた。
まるで、何かを訴えかけるように。
「幾度過去に戻ろうとも、私があなたを大切に思うことは変わりない。だからあなたも……逃げないで。私を信じて」
「……ええ」
リズは固く頷いた。
もうこんな危機は二度とごめんだが、もし次……リズに危険が迫ったとしても、その時に何が起きても。
彼女はもうヴェートルを疑う真似はしないだろう。
もし、ヴェートルが本当に彼女を殺そうとしても、彼女はヴェートルを疑わない。彼が自分を殺すはずがないと、リズは知っているから。
だけど彼が彼女を殺すはずがないのだ。殺そうと思うはずがない。だから、その『もしも』は訪れない。
リズの言葉にヴェートルは安心したようだった。ほ、っと息を吐き、彼はリズの額に口付けを落とした。
「愛しています、誰よりも」
リズもまた、彼を抱きしめて自身の素直な気持ちを言葉にした。
「私も……いや、私の方がずーっとあなたを愛してるわ!」
なにせ、彼に一目惚れしたのはリズなのだから。
先に心を奪われたのは、きっとリズの方。
***
それから王都では、ある噂が流れた。
ベルロニア公爵と、リーズリー公爵令嬢についてだ。ふたりは婚約を結び、婚約期間は一年と定められた。通常の婚約よりも短い期間だ。
それを聞いて、冷酷公爵の噂を知っている王都の人々は口々にこう話した。
「リーズリー公爵といったら、権力者じゃないか。それがどうしてベルロニア公爵と」
「可哀想に。リーズリーの令嬢はベルロニア公爵の生贄だな」
「冷酷公爵に捧げられた生贄令嬢か」
──と、リーズリー家の令嬢、リズレイン・リーズリーは王都の人々の同情をひいた。
その噂は王都の人々だけでなく、社交界にも広がり、リズレインは冷酷公爵に捧げられた生贄として哀れまれた。
だが──社交界に連れ立って現れたリズレインと冷酷公爵と名高いヴェートルのふたりを見て、彼らは考えを改める。
寄り添うようにしてなにか話し合うふたりの様子はあまりにも親しげで、楽しげで、そして、愛に溢れている。
ふたりを一目見た人々はすぐに意見を改めた。
リズレインはヴェートルに捧げられた生贄などではなく、幸福の元、結ばれた令嬢なのだ──と。
【完】




