約束の日 ⑶
何でも、ビリー伯爵家の令嬢が悪魔崇拝者だったらしい。リズはそれを聞いた時とても驚いた。
ビビアンが悪魔崇拝者だとは思わなかったからだ。娘が異端者であることを知ったビリー伯爵は、すぐに娘を修道院に入れてしまったらしい。
ビビアンは取り乱して、レドリアスに騙されたと泣きついたらしいが、ビリー伯爵は娘の訴えを聞かなかったという。
リズはそれを聞いて、うすらとビビアンとレドリアスの関係を想像した。
過去、リズはレドリアスに殺された。悪魔の儀式に捧げるためだ。リズが死ねば、ビビアンには都合がいい。
リズの推測に過ぎないが、ビビアンの思いを利用して、レドリアスは悪魔の儀式に協力させたのかもしれなかった。
実際、ビビアンが悪魔崇拝者だと知れたのは、レドリアスの自室から押収された手紙が理由だという。
今年の夏は、例年と違わず暑かった。
だけどその夏も、もう終わりに近づいている。
秋が近づくにつれ、リズは恐れを抱くようになった。
リズが過去、レドリアスに殺されたのは秋の始まりの日だった。
今でも覚えている。
夏の終わりを示すような嵐の夜。
そんな夜に、リズは殺された。
夏が終わりに近づくにつれ、リズはまたあの日の夢を見るようになった。最近は見なかったのに。
ふと気がついたら、室内に入り込んでいる見知らぬ人間。彼らは黒のローブをまとい、顔が見えない。
思わず、リズは糸を落とす。
逃げようにも、安楽椅子が邪魔で身動きが取れない。
近づいたローブの人間の手によって、切りつけられる。熱いくらいの痛みと衝撃、燃えるような熱を感じた。
呻き声を上げながら、仰向けに倒れる。
白い天井。
男が咳をする。
フードが外れ、アリスブルーの髪があらわになった。
『公女を早く連れ出せ』
『心臓を捧げよ』
『悪魔の儀式の生贄とするために』
その言葉がぐるぐると頭を巡る。
男がひとり、寄ってきた。
手には剣を持っている。
『悪く思うな、リーズリー家の生ける女神の依代よ。お前の死は無駄にはしまい』
何を言っているの?
どうして剣を持っているの?
リズはその理由を全て知っているはずなのに、夢の中の彼女は何も知らずにただ恐れるだけだった。
いや、やめて。
その言葉は、声にならない。
純色が閃く。
胸を突き刺され、赤が舞った。
衝撃で体が反れた。
痛い、いたい、いたい、いたい、
くるしい────
は、として目が覚める。
気がつくと、真夜中だった。
ほー、ほー、とどこからか梟の鳴く音が聞こえてきた。
王都に戻ってからは見なかったのに。ここ最近、夏の終わりを感じ取る度に夢を見るようになってしまった。
今日の夢はまだいい。酷い時は、そのまま石の記録で見たその光景が続く。
王城でヴェートルが王の前に跪き、魔力封じの腕輪を外されると、炎を放つ。
レドリアスを殺し、最後には彼は自殺する。
そこまで見てしまうといつも、リズは悲鳴をあげて目を覚ます。
悲鳴を聞き付けた騎士やメイドにリズはいつも申し訳なく思っていた。
今日は悲鳴をあげることなく目が覚めた。それが救いだ。
体を起こしたリズは、そのまま窓辺に向かった。
窓を開けると冷たい風が吹き抜ける。
夜ひとりになると、つい考えてしまう。
ヴェートルは無事なのか。
本当にあの日が来ても、リズは殺されないのか。
悪魔の日が来ても、リズは生きていられるのか。
レドリアスは謹慎処分となり、廃嫡されるのも時間の問題だとロビンから聞いたし、デストロイは牢に捕えられているという。
レドリアスの手紙を伝い、確認できた悪魔崇拝者のほとんどを捕縛することに成功したとヴェートルから聞いている。
だから、不安に思うことはないのだ。
………ない、はずなのに。
どうしてこんなに怖いのだろう。
恐怖を感じるのだろう。
リズはネグリジェの胸元をぎゅっと掴んだ。胸元では、ヴェートルから貰ったネックレスが揺れている。その輝きを見る度にリズはいつも、ほんの少し安心感を取り戻す。
……大丈夫。
……大丈夫だ。
だって、これがある限り、リズは過去に戻ることができる。祈りの魔法で作られたこの石が、リズを助けてくれる。
………だから。
大丈夫。そのはず、なのに。




