約束の日 ⑵
あの後、リズは王都に戻った。
デストロイからレドリアスの企みを聞き出したアスベルトは、王太子と王妃を粛清するために一刻も早く王都に戻る必要があるといい、リズもそれに同行する形となった。
国王は関係ないのかとリズが尋ねれば──。
『陛下は、ああ見えても最低限、国主としての分別はある。悪魔崇拝者に肩入れするような真似はしないだろう』
とアスベルトは答えた。
その回答にヴェートルとも同意していたので、国王は今回の件について無関係──あるいは、ことの全貌は知らされていないのだろう。
悪魔崇拝者は、悪魔を復活させることを目的としている。そのために、瘴気に生贄を捧げ、瘴気を成長させている。瘴気が増えれば、当然悪魔病も増えていく。
悪魔病の罹患者が増えれば、当たり前だが隣国をはじめとした他国はデッセンベルデングと関わりを絶とうとするだろう。
他国との貿易を断ち、自国の力だけで運営していくのでは、技術も知識も発展しない。
国王は他国との貿易を再開するために尽力しているところであり、その彼が悪魔病の感染者を増やすような真似がするとは思えない、ということだ。
アスベルトはこうも続けた。
『今まで、確信はなかったから手が出せなかったが……レドリアスが悪魔崇拝者であることに間違いないのであれば、強制的に彼の身辺を洗い、部屋を探せば必ず証拠が出てくるはずだ。今までは何も出てこなかった場合、こちらの分が悪くなるから行動には移せなかったが……必ず何か出てくると分かっているなら、話は別だ』
アスベルトはレドリアスの部屋を捜索し、証拠を見つけると話した。今回の件は、リーズリー領で起きたことであり、レドリアスの目的はリズだ。リズもまたなにか出来ないかと彼に尋ねたところ帰ってきた言葉は。
『これは王家の問題だ。気にせずともいい』
とのことだった。
急ぎ王都に戻るアスベルトに合わせ、リズも彼と共に戻ってきたのだ。
ビビアンひとり残しておくわけにもいかないので、彼女もまたアスベルトに無理やり駐屯地を連れ出され、伯爵家に戻ったという。
王都に戻ってから一ヶ月が経過する。
その間、リズはヴェートルと手紙を交わしていた。
ヴェートルは未だ、リーズリー領から戻ってきていない。瘴気に侵された大地は簡単には浄化できる状態ではなく、浄化活動を続けるとのことだ。
リズが王都に戻ってきて一ヶ月が経過した頃には、色々な変化があった。
例えば、王太子の部屋から悪魔崇拝者との手紙が押収され、彼が悪魔崇拝者だとわかったことや、謹慎処分を受けた王太子に王妃が乱心し、王の前で悪魔の儀式を執り行うよう発言し、精神的な問題から離宮に移されたこと。
王妃と王太子が、リーズリー領を舞台にして悪魔の儀式──悪魔を復活させるためにリズを生贄にしようと企てていた計画書も明るみになり、彼は一夜にして名声を失った。
今や名ばかりの王太子に、その不相応な肩書きを問題視する声も出始めているとリズはロビンから聞き及んでいた。
悪魔病の真相や、魔術師の全貌などは公にされていないものの、悪魔を崇拝するということで、王太子と王妃は異端者のように見られているのだとか。
そして、その王太子の代わりに、第二王子が精力的にその尻拭いを行い、現在もリーズリー領で浄化活動を行うヴェートルたち魔術師を支援し、国王の名代として魔術師団の指揮を執っていると、それはヴェートルから手紙で聞いたことだ。
第二王子こと、アスベルトだが──彼は王太子、レドリアスが謹慎処分を受け、社交界に現れなくなってから、仮面を外した。驚いたことに、アスベルトの顔はレドリアスととてもよく似ていた。違うのは髪の色と目の色くらいだ。アスベルトは白金の髪に、琥珀色の瞳をしているが、レドリアスは黒髪に青の瞳をしている。だけど色彩さえ同じであれば、双子と言っても差し支えないほどに似ていた。
初めてアスベルトの素顔を見た時は驚いたものだ。
(アスベルト殿下は、レドリアス殿下と顔が似ているから仮面をしていたのね……)
レドリアスの指示か、アスベルトが自主的に仮面を付け始めたかは分からないが、レドリアスが表舞台から去ってから仮面を外した、ということはそういうことなのだろう。
彼からの手紙は祈りの魔法についても触れられていた。
彼がバロラリオンに手紙で尋ねたところ、バロラリオンもまた、祈りの魔法の全貌は知らなかったという。バロラリオンは祈りの魔法を使ったことがなく、今後も使う予定がないので、深く調べることがなかったようだ。
ヴェートルの手紙はこう締めくくられていた。
『師にははぐらかされたような気もしますが、あなたが過去に戻った要因は、あの石にあるように思います。
古い魔法なので文献にも載っていないかもしれませんが、王都に戻ったら調べてみます。
夏の終わり、秋の始まりにはそちらに戻れるかと思いますので、その時はリーズリー邸まで向かいます。あなたに会えるのを楽しみにしています。
ヴェートル・V』
ヴェートルの手紙を胸に抱き、リズは彼に会える日を楽しみに待った。初夏が過ぎ、今は夏日が続いている。彼と初めて会った時のような、茹だるような暑さだ。
早く、夏が終わればいいとリズは思った。
夏が終わる頃、またひとつ新しい話題が社交界をさらった。




