あなたのために死ぬ ⑷
「髪を……伸ばしていたのではない?」
「私の嗜好で伸ばしていたわけではありません。ただ、魔術師として生きている以上、髪を伸ばしていればどこかで使えるタイミングが来るかもしれないと思っただけです。魔術師にとって、髪は長ければ長いほど同じように魔力を帯びる。自身が所有する魔力が移るんですよ」
「そう……」
何を言えばいいかわからなくて、リズは言葉を詰まらせた。意味もなく指はシーツを泳ぎ、波を作った。
「……私は、師に、この魔法は相手を守るものだと教えられていました。だから、自分が一番大切に思う相手にのみ、使うのだと」
「………」
「私にとって、一番大切なのはあなたです。リズ」
ヴェートルの声が、優しく響いた。
「あなたが私を避けていた理由は分かりました。なぜそうなるに至ったのかも。私は──私は、決してあなたを傷つけるつもりも、ましてや怪しげな儀式にあなたを捧げるつもりもない。誓って」
「ヴェートル様……」
「だから、リズ。真実を確かめましょう」
ヴェートルは真剣な眼差しでリズの深紅の瞳を覗き込んだ。
涙が滲み、鮮やかな虹彩はぼやけている。
リズはきつく目を瞑った。
そして、ぱっと目を見開いて涙の飛沫をまつ毛から弾いた。
「ごめんなさい。ヴェートル様、私、あなたを信じられなかった」
「……リズ」
「過去に戻ってからは、なぜ、どうしてと……そればかり考えて。あなたと接して、あなたの優しさに触れて、あなたの心の温もりを再度知ってからは……あなたに願えばきっと、あなたは私の希望を掬いあげてくれるだろうと。私を殺さずに済む方法を考えてくれるだろうと……そう、考えた。……私は愚かだわ」
またもや涙が滲みはじめたが、リズは決してその雫をこぼすことはしなかった。瞬きをしたら決壊してしまいそうだから、堪えてじっとヴェートルを見た。
「……あなたが好き」
「………」
「好きなの。……愛してるの。……だから、怖かったの。もし、あなたに……死んでくれって言われたら……すごく、傷つくと、そう、思って」
リズは弱い。自分が傷つくことを恐れて、真実を確かめなかった。自分が傷つけられた時のことを考えたら足がすくみ、彼を信じることが出来なかった。
そんな彼女が彼を愛しているなど、どの口が言うというのか。
分かっている。
分かっている。
……でも、もうこれ以上隠し続けた本心を誤魔化すことは出来なかった。
「ごめん、なさい。ごめんなさい……ヴェートル様、ごめんなさっ……」
嗚咽をこぼす。しゃくりあげながらリズは謝罪した。弱い自分が恥ずかしい。
何も出来ずにただ、逃避を選んだ自分の弱さが情けない。その思いで謝った。
彼の顔を見ることは出来ずに、俯いたまま。
不意に、彼の手がリズの背中に回った。
「!」
びっくりしてリズが顔を上げた時。
唇に触れる柔らかな感触があった。
「…………」
驚きのあまり、リズは目を見開いた。
視界の先には、アリスブルーの髪と、青碧色の瞳が映って、彼の長いまつ毛の一本一本まで見えた。触れたのは、一瞬だった。
リズが泣き止んだと知ると、ヴェートルは体を離した。呆然とする彼女に、苦笑いをうかべた。
「突然の口付けに、謝罪を」
「…………ど、して」
「どうして?好きな女の子が泣いているんです。男なら誰だって、こうしたくなる。それだけです」
「好き……?」
リズはただ、呆然としてヴェートルの言葉を繰り返した。
あまりにもリズが驚いているからだろう。ヴェートルは困ったような顔になって、彼女の髪を優しく撫でた。
ヴェートルに撫でられるの好きだ。彼の手は心地よくて……そして、優しい。
「……私の、魔法があなたを守った」
静かにヴェートルが言った。
リズはまた、目を見開く。
「え……」
「これです」
彼の指先が、ネックレスの先に触れる。
桜色に彩られた石の中は、変わらず純白の白粉が雪のように舞っている。つん、と触れた彼がリズに言った。
「この魔法は、大切な相手に贈るもの。大切な相手を助けるものです。……あなたが過去に戻ったのは、この石の効力かもしれない」
「あ……」
リズは思い当たることがあった。
それは、一度目にもらった石は透明だったのに、二度目の石は薄桃に色づいていたこと。
どうしてだろうとリズも思ったのだ。
リズの声に、ヴェートルもまた頷いた。
「本来、この魔法によって作り出された石は──魔術師本人の魔力を固めて作り上げているからか、そのひとの色になるはずなんです。ですが、この石は赤く色づいていますね」
「そう……ね」
こっくりと鈍い動きでリズは頷いた。
「これはまだ……先生に聞いていないので私の推測になりますが、魔法が発動する度にこれは贈った相手の色に染っていくのかもしれません」
「え……」
「白から、赤へ。おそらくこれが赤に染まりきった時、この石は効力を無くす」
「………」
リズは呆然として視線を下げて石を見た。




