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変わるもの、変わらないもの ⑵

怖いものは怖い。

それは生物が死を恐れるのと同じものだった。

圧倒的な死への恐怖が、彼女を縛める。

しかし、ただじっとしているのは彼女の性には合わなかった。元来、彼女はお転婆で無鉄砲、怖がりとは無縁な向こう見ずな性格をしているのだ。

怯えて外に出ることを恐れているとはいえ、部屋の中で大人しくしていられるはずがない。

自然、彼女は物思いにふけるようになった。

だけど、いつだって考えることはあの時のことばかりで、『なぜ』と『どうして』以外の考えが浮かばない。その疑問を解消するには、ヴェートルに会うべきだとわかっているのに、足がすくんでそれは叶わない。


メッセージカードと共にヴェートルが彼女に贈ったのは、鮮やかな洋紅色がうつくしい、薔薇を象った髪飾りだった。

赤色はリズの髪と同じ色だ。

繊細な細工は細部に至るまで美しい。


「………」


リズは、指先で銀細工をなぞった。

塗料を塗られた銀細工はひんやりとしていて、ほんの少しだけ心が落ち着いた。


彼はこれを見てリズを思い出し、その手に取ったのだろうか。

表情が希薄な彼は、おそらく無表情ながらもリズを想って、男性が足を向けるにはいささか場違いな雑貨店か、露天か──店に入り、この髪飾りを手に取り、彼女のことを思い出したのだろう。

それを想像すると、リズは殺しきれない恋心で胸が苦しくなった。

やはり、どうしたって。


(……くるしい)


泣きたくなる。

言葉にできない思いと、自暴自棄になりたくなるような苦しみと、ほんの僅かな希望にすら縋りたいと思ってしまう、ちいさな期待。


「……私は」


リズはちいさくつぶやいた。


私は、何を信じればいいのだろうか。


このまま動かずにいれば、ただ八方塞がりに陥り、膠着状態となる。それはリズにもわかっている。それなのに足踏みしていて──


「私らしくない」


リズが少しばかり自嘲の声で言った時。

扉に応えがあった。


「どなた?」


「アンです。お嬢さま、アーロン侯爵家からお手紙がございます」


アマレッタだ。


(アマレッタからお手紙……)


社交界にも顔を出さなくなった彼女は自然、アマレッタとも会う機会は減っていた。

何の手紙だろうか。

首を傾げる彼女は、不思議に思いつつアンを部屋に招き入れた。


「いいわ、入って」


「失礼します」


アンは入室すると、頭を下げてからリズの元に向かった。

銀のトレイに乗っている封筒には、アーロン家の封蝋が押されている。

アンから手紙を受け取ると、彼女はペーパーナイフを取り出して、さっと開封した。


『親愛なるリズレイン


お体の調子はいかがでしょうか。

さいきん、めっきり会えなくなってしまい心配しています。

春が近く、美しい季節となりましたね。

あなたとのティータイムは私の楽しみのひとつです。

我がアーロン家のタウンハウスは春を迎えるにふさわしい庭園を整えましたが、やはり春の訪れには、妖精が欠かせません。

楽しみにお待ちしております。


あなたの幸せを願う妖精 アマレッタ』


手紙と共に同封されているのは、アフタヌーンティーの招待カードのようだった。

彼女手ずから作成したのだろう。

親しい友人に対するカードだからか、茶目っ気のある絵が描かれている。少し丸っこい動物は、クマだろうか。


リズは手紙に目を通し終えると、ため息を吐いた。もとより、ずっと引きこもっていられるとは思っていない。

社交シーズンはまだ先だが、この先ずっと夜会やお茶会、式典を欠席し続けるわけにはいかなかった。リズは国内でも屈指の名家である、リーズリー家の令嬢なのだから。


「お返事を書くわ。書いたら呼ぶから、下がっていていいわ」


リズの言葉に、アンは頷いた。

アンが部屋を出ると、リズは飾り細工の美しい、見栄え重視のコンソールテーブルへと向かった。

アマレッタの手紙には、誘いが嬉しいということと、ぜひ招待を受けたいという旨をしたためる。

ベルを鳴らしてアンを呼ぶと、リズは父公爵に手紙を持って行ってもらうよう伝えた。

娘の手紙は公爵である父がすべて検閲する手筈となっている。

そして、手紙の内容を確認後、父公爵自らシーリングスタンプとしてシグネットリングを蝋に押すのだ。


アマレッタとのお茶会は三日後。

リズにとって久しぶりの外出となるが、いつかは足を踏み出さなければならないと感じていた。

逃げてばかりではいけない。

現状をどうにかするために、動かなければ、と。


父公爵は夕食の席で、リズの手紙に触れた。

ずっと塞いだ様子で、時にはひどい悪夢にうなされる娘を心配していたのだろう。


「アーロン侯爵家で羽を伸ばしてきなさい」


と父公爵は満足そうに笑った。

その隣に座るリズの腹違いの兄は、優雅な仕草でステーキを切り分けると、呆れたような顔をする。


「反抗期はようやく終わったのか?」


「そんなものではないわ」


兄は、リズの奇妙な行動を思春期特有の反抗期だと思っていたようだ。

腹違いの兄は、リズに良くしてくれるのだが、いかんせん大雑把で、雑なところがある。


「楽しんでらっしゃいね」


最後に母に優しい言葉をかけられ、リズは申し訳ない気持ちになった。

自分はどうやら、家族にとても心配をかけていたらしい。


(もう引きこもるのは終わりにしよう。まだ『悪魔の日』まで時間はあるのだから……。せっかく、時が巻き戻ったのよ。神が与えてくださったせっかくのチャンス。今度こそ違う未来を迎えるの。ただ、殺されて終わりだなんて、そんな終わり方は絶対いや……!)


まだ怖いものは怖いし、ヴェートルに顔を合わせるのは難しいが……それでも、できるところから始めるべきだ。


「お兄様、お父様、お母様」


それぞれ呼びかけると、三人がリズを見た。

リズはできる限り、自然な笑みを浮かべるよう心がけた。


「ご心配おかけしてしまい、申し訳ありません。ですが……もう気を患うようなことはいたしません。今までのように、前を見て、私なりに頑張ってみますわ」


「……空回りするなよ?」


兄のロビンがため息まじりにリズを見た。

呆れたような顔だが、その目はたしかに彼女を心配していた。


「リズ、無理はしなくていい」


「不安なことがあったら、お母様にお話するのよ」


「ありがとうございます」


リズはにっこり笑った。

ただの夢だと思ったものが、自身の体験した過去だと気がついたあの日から、リズは恐れに囚われ身動きが出来ずにいた。

だけど、ただ怖がって震え、うずくまるのはもうやめにしよう。


(今、できることから始めるの)


何よりリズはもう二度と、あんな恐ろしい死を迎えたくない。

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