真実の欠片
次の日。
起きると既に、アスベルトとデストロイはリーズリーの別荘で作業中とのことで、ヴェートルもまたバルセログと話し合いをしているとのことだった。
リズが目を覚ましたのは朝の七時頃だったのだが、他の人はみな既に行動していたのだ。
(私ももう少し早く起きるべきだったかしら……)
とはいえ、眠りについたら夢も見ないで朝までぐっすりだったので、リズひとりの力で早起きは難しかっただろう。やはり、箱入り娘のリズは他の人間と比べて体力が劣る。
慣れない馬車旅でとても疲弊していたのだろう。
リズは伸びをすると、ベッドから降りた。
いつもなら朝の紅茶から彼女の一日は始まるのだが、食糧不足の駐屯地でそんな贅沢は望めない。朝食は食堂に用意されているとアンから聞いていたので、リズはまず朝の支度を整えることにした。
駐屯地には女手がいない。
メイドのアンは、厨房の手伝いから、外の掃き掃除、食堂の整頓など、本来レディースメイドである彼女の職務外の仕事まで手伝っていて忙しい。元々キッチンメイドだったアンなら勝手が違えども手馴れているだろうが、本来の職務から離れた仕事をさせていることにリズは申し訳なさを感じた。
(戻ったら労って、王都に戻ったら特別手当も出さないと)
そういうわけで、今リズはひとりだ。
アンはリズの支度を手伝うと申し出てくれたが、人手不足の駐屯地ではアンの存在はたいへんありがたいはずだ。
生まれてから一度も働いたことの無いリズは役立たずだが、ひとりで支度を整えるくらいはできる。
枕元に置いたままの銃をストッキングと靴下留めの間に挟むと、ひとりでも着れそうなデイドレスを探す。旅行ということもあって、着脱に時間がかかるようなドレスは持ってきていなかったが、それでもひとりで着るのは難しいものばかりだ。
悩んだリズは、手持ちの服の中からワンピースドレスを一着手に取った。
リーズリー領に入るまで、身元が分からないように着ていた町娘風の服のひとつだ。
ワンピースドレスはシンプルな構造なので、ドレスに比べて断然着やすい。リズはアリスのようなワンピースドレスを着て食堂へと急いだ。
食堂はぽつぽつと人がいたものの、みな魔術師の服装をしている。丈の長い白のチュニックに、紺のサーコート。
その中でひとり魔術師の正装ではなくワンピースドレスを着ているリズはとんでもなく目立つ。
(……あとでヴェートル様かアスベルト様に魔術師の服を借りれないか聞いてみよう)
大変な状況な時に遊興にきた令嬢のようでいたたまれない。リズがそう思った時だった。
「いやー、朝のご令嬢は酷かったね」
「ああ、確か伯爵家の」
見れば、少し離れた先で、魔術師ふたりが食事を取っている。目が合ってまずいと咄嗟にリズは視線を逸らした。
ひとりは女性で、ひとりは男性のようだ。
ふたりはリズに気がついていない様子だった。
「そうそう、食堂の椅子は硬いから自室に運べってうるさいし、なによりあのドレスじゃどこも行けないだろ」
「あの幅広のドレスね。ヴェートル様が懇意にされているご令嬢らしいけど、どうなのかしら」
「追っかけだろ?今朝も置いてかれて涙目だったじゃないか」
「そうかもしれないけど……お貴族様の考えは分からないわね」
「………」
リズはふたりの会話を聞きながら、もしかしてビビアンは王都流行りのクリノリンドレスを身につけたのではないかと考えた。クリノリンドレスは鯨髭や針金を用いて輪状に整えた矯正下着だが、座る際にそれが膝や尻にぶつかり痛みを覚えるのだ。食堂の椅子は木製だし、クリノリンドレスを着ては座れないだろう。物理的に場所もとるし。
(昨日はバッスルドレスを着ていたように見えたけど……ほかに手持ちの服がないのかしら)
であれば、ビビアンの分も魔術師の服を頼んであげるべきか。リズは考えたが、あの女のことだ。リズが何を言おうと、捻くれ者の彼女が素直にリズの言葉を受け入れるとは思えない。
簡素な食事を終えてリズが部屋に戻ろうとしていた時だった。
昨日、報告書を届けに来た初位魔術師がリズを呼び止めた。
「ああ、リズレイン様。ここにいらしたんですね」
「どうかされましたか?」
「ヴェートル様がお呼びです。会議室まで来て欲しいのとことでした」
会議室とは、昨日リズ、アスベルト、デストロイが通された椅子が六脚あるだけの殺風景な部屋のことだ。
「分かりました、すぐ向かいます」
「はい、急ぎの用とのことです」
リズは頷いて、方向転換して、階下の会議室をめざした。




