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変わるもの、変わらないもの


突然引きこもるようになってしまった娘を、父公爵と夫人は心配していたようだ。

リズはそれを理解していたが、邸宅から出る勇気はなかった。

過去に戻ったとはいえ、リズは何をどうすればいいか分からない。

殺されるのは嫌だ。あんな死に方はしたくない。

それは確かなのに、ではそれをするための具体的な対策を立てよう、と考えるととたん、彼女の気持ちは萎んでしまう。


(ヴェートル様から逃れるなら……逃れたいと思うなら、ほかのひとと結婚してしまうのがいちばん手っ取り早い)


それはわかっている。

わかっているのに、どうしてもその手段は取りたくないと思ってしまうのは、リズが愚かだからだろうか。それとも、三年かけて育んだ恋心ゆえなのだろうか。

リズはまだ、彼に裏切られた、と思いたくない──いや、信じたくないのだろう。


リズの記憶通りなら、この時期は既にヴェートルと彼女は婚約を結んでいた。

だけどリズは頑なにヴェートルと会うことを拒否したし、そもそも邸宅から出ようとしないので、婚約が結ばれるはずもない。


(お父様は私がヴェートル様を慕っていたから婚約を進めたのであって……政略でもなんでもなかったもの)


もしかしたらリズが知らないところでリーズリー公爵家とベロルニア公爵家の間で何らかの契約が結ばれていたり、利害関係が一致していたりするのかもしれない。

だけどリズは父からそういった話を聞いたことがなかった。

わざわざリズにする話でもないと父は考えたのかもしれなかったが。

どうあれ、リズが部屋から出なければ婚約はまとまらない。

こうしていれば、ヴェートルと婚約することもなく、リズはあの『悪魔の日』を迎えずに済むかもしれない。


(でも、それでいいの?)


ただ、逃げるだけでいいのだろうか。


(私は……ずっと知りたいと願っている。思っている)


なぜ、彼がリズを殺したのか。

彼を凶行に陥れたのは、一体何なのか。

そして、悪魔の生贄とは何を意味するのか。


リズはくちびるを噛む。

戻ってからずっとこうだ。

リズは本来、こうしたうじうじとした性格ではなかったが、忘れることの出来ない恋心がじくじくと彼女を苛んでは身動きを縛った。


「会って聞きたいのに、会うのが怖い……」


ぽつり、本心をこぼす。

彼女が過去に戻り、時が巻き戻ったと気づいた時からそれは始まった。

彼女は最初それを夢かと思った。

ずいぶん生々しい夢だな、とすら感じた。

しかし、彼女が知りうる出来事が立て続けに起こったり、見知った場面を何度も目にして彼女は確信した。


──あれは、決して夢なんかではない、と。


王都と隣街アデロンの間で、未曾有の洪水が発生した。

南方の伯爵領で蝗害の被害が起きた。


辺境を中心に、原因不明の病死が相次いでいる。治療法が確立されていない未知の病──通称、『悪魔病』はここ二、三年で広がったものでは無い。それこそ、リズが生まれるずっと前からその治療法を探して国内の医者が心血注いで研究を重ねていると聞くが、未だに特効薬の発明には至っていない。

この国、デッセンベルデングの周辺国は、特に辺境で多発する謎の病を恐れ、デッセンベルデングを訪れることはない。

事実上、デッセンベルデングは閉鎖的な環境下にあった。

それは昔からのことだ。ここ最近に始まったことではない。


だけど、それでも辺境での感染率が例年より高く、王都でも不安に思うひとは多数いた。社交界デビューしてすぐの頃、リズはそうした話を聞いたことがある。

そして、リズが過去を未来だと思っていた頃。

全く同じ話を彼女は聞いた。

友人のアマレッタ・アーロン伯爵令嬢が眉を寄せて、リズに囁いたのだ。


「悪魔病、去年よりも感染者が多いみたい。今月だけで数百人亡くなったと聞くわ」


その言葉を聞いた時、リズは鳥肌が立った。

アマレッタの言葉にではない。

なぜなら彼女はその言葉を聞くのは二回目だったからだ。

一回目に聞いた時は、彼女のその言葉に恐れ、リズも不安に思った。

しかし二回目に聞いた今はただ、同じことが二回繰り返されていることに恐怖した。


さらに、彼女が夢だと思った世界の中で婚約した者同士は、彼女の記憶通りの時期に婚約し、ほかのものも同様だった。

突然駆け落ちしたものもいた。離縁を選んだ夫婦もいたし、病に倒れ帰らぬものとなったひともいた。


それらが続き、ようやくリズは確信したのだ。

あの夢は、ただの夢ではない。

彼女がこの先の未来で体験したことなのだ、と。


それから彼女は、その夢に苦しめられるようになった。

眠れば、必ず悪夢のように刺された時のことを思い出す。

悪夢は、いつも決まっていた。

土砂降りの雨。手持ち無沙汰に用意した糸と針を手にしたところから始まり、終わりはいつも胸を穿たれ、婚約者の後ろ姿を目にしたところで途切れる。

そんな日が何日も続き、すっかり彼女は現実を恐れる怖がりな娘となっていた。

今では、部屋の外に出ることすら恐れる始末だ。

このまま、何も起きなければいいとそう願うのに、その日が来ることを恐れている。





運命の日まで、あと一年。

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