雪解けを待つ ⑶
リーズリー領で今何が起きているか分からない。であるのなら、直接見に行けばいいだけの話だ。
リズの言葉にアスベルトは虚をつかれたようだった。
しかし、リズはアスベルトの返答を待つことなく席をたち、父公爵の書斎へ向かう。
慌ててアスベルトもついてきた。
「リズレイン嬢、本気で言ってる?」
「もちろんです。このようなこと、冗談では言いません」
道すがらアスベルトが尋ねてきた。
「危ないよ。ヴェートルに知られたら僕がキレられる。きみはここで大人しくしてなさい」
「嫌です」
にべもないリズの返答にアスベルトが戸惑ったのが気配でわかる。
だけどリズは足をとめなかった。
突然書斎に現れた娘と、第二王子の姿に父公爵は困惑していたようだったが、リズの言葉を聞いて彼はぴしりと石のように固まった。
「リーズリー領には私が参ります」
父公爵の説得には骨が折れた。
何せ父は、リズに危ないことをしてほしくない。昔から利かん気な、一度言い出したら聞かない娘ではあったがこれだけは彼も許可できなかったのだろう。
許可できない、と言う父公爵にリズはひたすら理詰めで許可を求めた。
今回の件はリーズリー領地の窮地だとリズは判断している。情報が不足しているため、何が起きているかは不明。でも、だからこそ情報精査のために現地を知る人間が向かうべきだ。
そしてそれは、リーズリー領地の指揮権を持つリーズリー公爵家の人間でなくてはならない。
しかし、なんと言っても今は情報がない。
その中でリーズリー領主である父公爵が向かうのは危険が伴う。父公爵に何かあれば、次の当主はロビンだか、彼はまだ勉強中の身である。
そして、ロビンもまた失われてはいけない立場だ。公爵家には男児はロビンしかおらず、女のリズでは爵位を継ぐことは叶わない。
そのため、今はリズが向かうのがいいだろうとひたすら冷静に彼女は話した。
リズの言葉を崩せなかったのだろう。
僅かに呻いたものの、最終的には父公爵から許可が降りた。
リズは許可を貰うとすぐに旅支度を整えるようメイドに言いつけた。
それを見てアスベルトが呆れたような、驚いたような顔をしていた。
「きみ、めちゃくちゃだね……。あの公爵を前に結局、自分の意思を通してしまうし」
当然のようにリズの部屋にいるアスベルトは、壁に背を預けて彼女を見ていた。
突然の旅支度の用意に追われ、部屋には入れ代わり立ち代わりメイドや侍従が訪れる。自然、部屋の扉は開いたままだった。
だが、リズは胡乱げな目でアスベルトを見た。
「殿下はいつまでこちらにいらっしゃるのです?着替えたいのですけど」
リズの服装は初夏に相応しい薄い生地で出来たデイドレスだ。
しかし、今から向かうのは北方のリーズリー領。暦上は春を迎えたとはいえ、北方はまだ雪解けすらしておらず、気温は王都の真冬と変わらない。
「ああ、ごめんごめん。だけどまさか、本当にリーズリー領に行くとは思わなくて」
「……だって、それが適任でしょう?少数精鋭で行くべきだと殿下は仰いました。意味もなく私兵を動かせば周囲から怪しまれますが、リーズリー公爵家の娘が羽休みのために領地に戻るだけであれば、何もおかしなことはおりません。令嬢の一人旅に護衛がつくのも当然のことでしょう?」
「……僕がヴェートルの話をきみにしたのは、確かにきみを怪しんでいたのもある。以前きみは、妙なことを口にしていたからね」
(……悪魔について尋ねた時の話かしら)
リズは目を細めた。
それ以外心当たりはない。
あの夜会でリズはアスベルトから思わぬ情報を得たが、その反面、彼に怪しまれてもいたのだろう。
「だけど今は、きみのことを信頼しているよ」
「……ありがとうございます」
その言葉は喜ばしいもののはずだ。
アスベルトは間違いなく、何かを知っている。
悪魔の儀式についても彼に尋ねれば何かしら知り得ることは可能だろう。
だけど、アスベルトが敵か味方か分からない以上、以前のように突っ込んだ質問をするのは危険だ。
アスベルトは喜んだ様子を見せないリズの本心を探るように彼女を見ていたが、やがて壁から背を離した。
「さて、お姫様の準備が整うまで僕は待つとしようかな」
「え……」
帰るんじゃないのか。
驚きに目を見開くりリズに、アスベルトが笑った。
「僕も行くに決まってるでしょ。きみひとり行かせたら、あとが怖い」




