確信に触れる ⑷
「リズ」
「……?」
不思議に思って振り返る。
そうすると、彼は僅かに柔らかな笑みを浮かべていた。
「今日はありがとうございました。気をつけて帰ってください」
「……ええ」
頷いて、リズは彼の部屋を後にした。
扉の近くで待機していたアンがリズの後ろを歩いてくる。
何か言いたげなアンを無視して、そのままリズは執事に挨拶するとベロルニア公爵邸宅を出た。
なにか、事情があるのでは。
リズはだんだんとそう考えるようになっていた。やはり、信じられない。あの優しいヴェートルがリズを嵌めて、悪魔の儀式の生贄に捧げるなど。
どうしても、信じられない。
いや、信じたくない……のかもしれない。
(彼なら……ヴェートル様なら、私の話をちゃんと聞いて、信じてくれるかもしれない)
リズが過去に戻っていること。
そして、自分が悪魔の儀式の生贄にされることを知っているということ。
それを伝えた上で、死にたくないといえば彼ならきっと──。
(……ヴェートル様は、彼ならきっと……目的のために死んでくれ、なんて……そんなことは、言わない、はず)
ヴェートルが悪魔崇拝者で、悪魔復活のために儀式を行うのだとしても……リズが嫌だといえば頭ごなしに否定することなく話を聞いてくれるはず、だ。
ヴェートルはリズを裏切り、彼女を殺したがリズは彼を信じている。
(信じたい、と思ってしまう)
もし、これでヴェートルに再度裏切られ死んだのだとしても、それはリズの選んだ道だ。
リズが愚かだった、そういう話だ。
(次会う時、彼に聞いてみよう。それで、言うのよ)
私はまだ死にたくない、って。
ぎゅっと胸元のネックレスを握りしめた。
色の変わった石。それが何を意味するのか分からない。
リズがリーズリーの邸宅に戻ると、なにやら忙しそうだった。不思議に思ったリズが近くを通ったオーレリーを捕まえて聞いてみると、まだデストロイは帰っていないようだった。
ロビンが相手をしているようだが、話が弾んでなかなか帰らないらしい。
それどころか酒盛りを始めたとのことで、長く飲んでいるらしい。
(まだ夜には早い時間なのに、お兄様は何を考えているのかしら)
だいたい、デストロイのことは嫌いなのではなかったか。リズはそう思ったが、デストロイに顔を見せるのは億劫だったのでそちらに向かうことなく、早々に自室に戻った。
入浴を済ませてアンの手を借りてデイドレスに着替える。
ベッドに入るにはまだ早い時間帯だったが、リズはデイドレスのままベッドに潜り込んだ。
(次、ヴェートル様に会うのはいつになるのかしら……。一ヶ月は安静に、とのことだったわよね。お見舞いと称して会いに行こうかしら)
彼に話す内容のことを考えると緊張のあまり胸が痛くなる。目を閉じれば鮮明に思い出す。
あの日、あの時。
切り伏せられた床で見た先で。
黒のローブの下、フードが外れた時に彼の後ろ姿を見た。
アリスブルーの髪自体がとても珍しく、その髪を持つ人間は滅多に存在しない。その特徴的な髪を顎下で切りそろえている人を、リズは一人しか知らない。
そのままリズは枕に顔を擦り付けて、うとうとと微睡んでしまったようだ。夕食の時間になり起こされるまで、リズは眠りに落ちてしまった。
リズがヴェートルの見舞いに行ってから数日が経過した。次、ベルロニア公爵邸宅に向かうのはいつにしようかリズが考えていた時だ。
彼女に急な来客があった。
(まさか、デストロイじゃないわよね)
リズは警戒していたのだが、しかし来客は思わぬ人だった。
貴賓室に向かうと、その人はまるで慣れ親しんだ家のようにソファで寛いでいた。足を組み、メイドが入れた紅茶に口をつけている。
悠々自適な様子は相変わらずで、彼はリズが貴賓室に入ってくるのを見て片手を上げた。
「アスベルト殿下……!?」
「久しぶりだな、リズレイン嬢。今日は伝書鳩の役割を果たしに来た」
(伝書鳩!?)
アスベルトのような高貴な人間を使い走りにするなど、一体誰なのだろう。リズは不思議に思いながらアスベルトの対面に腰掛ける。
すぐにリズの紅茶が運ばれてきた。
アスベルトは、用意された菓子の中から一枚のクッキーを指でつまみ、口に放った。王子様にしてはずいぶん乱暴な所作だが、それがアスベルトらしくもある。
彼はクッキーをさくはくと咀嚼すると満足そうに頷いた。
「うん、リーズリーの菓子は美味いな」
「……ありがとうございます。本日はどのようなご用件で?」
「ああ、そうそう。それだったな。……俺が今日きみを訪ねたのは、ヴェートルに頼まれたからだ」
「ヴェートル様に……?」
リズは眉を寄せた。
アスベルトは足を組み替えると、大仰に頷いた。
「しばらく不在にするから、きみを見ていてくれ、とのことだ」
「不在?でもヴェートル様は怪我をされて療養中と聞きました」
「そう、療養中。そのはずなんだけど、今魔術師団で動けるのはヴェートルしかいない。事は一刻を争う自体ということで急遽、彼は王都を離れている」




